第六話 犯人
鍵もかけずに置いておく、そして無くなったら最後に片付けた人のせい。高価なものにしては管理が杜撰すぎないか。
それで盗んだと言う確証もないのにクビ…。
抑止のために誰かしらを処分しないといけないのも貴族のつらい所なのかもしれないがそんなのは関係ない。
こんな貴族の家の使用人なんて、なかなかすぐ就職できるような所でもないだろう。それがそんな理由でクビにされるなんてたまったもんじゃない。もしも自分だったらと思うと………ってあれ?俺、定職についたことなかったわ。
さぁさぁ、そんなことはいいから引き続き情報収集だ。
「無くなったのってどんなの?」
「えーっとね、%$♯の*〆Åよ」
あー分かんないやつだ。言葉の壁って厚い。
「ごめん。どんなの?」
「あぁ。えっとね。首にかけるの。色は緑色。ちっさくて、キラキラしたのが付いてるよ」
「え?それひとつだけ?」
「そうよ。でもそれがいちばん高いの。ふしぎなチカラがあるんだって」
これで決定的だな。サラは盗んじゃいない。
何個もあるうちの一番高いもの。つまりバレやすい。しかも自分が一番疑われるタイミングで盗む奴もいない。
では何が目的だ?誰か別の奴が盗んだとして、サラを陥れることが目的か?単純にそれが欲しかったのか?
そしてその時、左上に常在しているミニマップが変化を見せた。今映っているのはキッチン横物置部屋。しかしミニマップの端の方に"?"が表示されている。さっきは無かった。今、このマーサと話している最中に現れたはずだ。
俺の予想が正しければ、その"?"はマーサに話を聞いたから出現したのだろう。つまり"クエストが進行した"。という事で間違いないはずだ。
俺はマーサに適当に礼を言って、物置部屋を後にした。
向かうは"?"の方向。距離などは表示されていない。つまり、その方向に歩いてはいるが、どこまで行かされるのかは分からない。
屋敷の外か?と不安になっていた頃、ようやく"?"が表示されている部屋を見つけた。そこは俺でも知っている、母様の自室だ。
必ずこの部屋の中にクエストに関係するものが何かあると確信して、俺はノックをした。
返事はない。好都合。
扉を開いて中に入ると、そこは大人の女性の部屋と言う感じがした。前世の母親の部屋とは似ても似つかない。何が違うのか。匂い?家具?広さ?多分全部だ。あまり生活感は無かった。
"?"の表示は、この部屋に入ると消えてしまった。
この部屋で何かを見つけないといけないのだろう。まずは問題のアクセサリーケースを調べてみるか。
アクセサリーケースは、化粧机の上、鏡の前に置いてあった。
机に近づいて椅子によじ登ると、鏡に映った物に目を奪われる。
俺だ。いや、俺であって俺じゃない。
つまり、俺であって俺ではない姿がそこにあった。まず目を引くのは金髪。顔立ちは日本人ぽくはない。白人系の顔立ち。
唯一の違和感は黒い瞳だ。それだけがたった一つ、前世から見覚えのある自分の顔だった。
悪くない…。と言うより自分で言うのもなんだが、か、可愛い………。クリス兄さんの美形を"あのルックスの両親から産まれたらそりゃそうか"と言ったが、そう言えば俺だってあの両親の子なのだ。
「まぁまだ三歳だしな…これからどうなるかなんて…」
"自分に見とれてるのー?今世のルックスはどう?"
「控えめに言って最高です。本当にありがとうございました。さて、それじゃ、気を取り直して…」
アクセサリーケースを開ける。
しかしそこには、何も入っていない。空っぽだ。
そこでようやく気付いた。
まぁそりゃそうか。一回盗まれたところに何度もアクセサリー置かないよね。それでもこのケースを置いたままにしてるって事は、罠かな?
「なに…?そこにいるのはシュウか?」
"おっと、これはちょっとだけまずいわね"
椅子の上でバランスを崩さないように振り向くと、そこにはスペンサー家の現当主、アレックス•スペンサーが立っていた。
やっぱり罠だったか…。誰かが廊下で監視してたのか、もしかしたら魔法の一種ってこともあり得るか。
父様は、普段着とは違って戦闘用と思われる装備を付けていた。と言っても籠手と膝当てを付けて帯剣しているくらい。それでもかなりの威圧感があった。
あとはアクセサリー類もいくつか見慣れないものを付けている。右手につけている空色の宝石が付いた指輪が一際輝いて見える。
父様は片眉を少しだけ吊り上げると、顎ひげを撫でつけながら考えていた。
アクセサリー泥棒の尻尾をつかんだと思ったら、3歳の息子がいたのだ。内心ではかなり困惑しているだろうが、それをおくびにも表情に出さないところはさすがである。
「そこで、何をしている?」
その質問に何と答えればいいのか。なるべく素直に答えたいが、語彙力の低さも相まってなんと言えばいいのか分からない。
そして装備を身につけて剣を持った大人に凄まれると、怖い。おしっこ漏らしそうだ。三歳児にそのセットはだめですよお父さん。
「サラが出て行ったって聞いたんだ」
「それは本当だ」
「ここのみどりのやつが無くなったからだって」
「それも本当だ」
「だから、さがしにきたの」
父様はシュウをじっと見て黙った。
嘘は言ってない。単に事実をそのまま言っただけだ。
"これはダメだわ。おしりぺんぺんね"
ロキ様うるさいですよ。
って言うかなんだよ"?"のヤロウ。クエスト進行するのはいいけど、子供の泥棒を見つけた親、なんて修羅場をさらっと作ってんじゃねぇよ。
何か起こるのは間違いないから、今後は準備も無く無闇に突入しない方がいいか?
「そうか。サラはお前のお気に入りだったな。だが無くなったものはお前が心配することではない。さぁ、体調が悪かったんじゃないか?おいで、部屋に行こう」
父様はそう言ってふっと笑った。父様がそうやって笑うのは珍しい事だ。そこには息子が犯人ではないと言う安堵もあるのかもしれない。なんとか修羅場からの最悪のシナリオは回避できそうだ。
ほとんど情報は手に入れられなかったが。
俺は椅子から不器用に降りると、歩いて行って父様の手を取った。
父様が差し出した左手を握る。
大きくてごつごつしてて、マメがある手。父様も幼少からずっと剣術を嗜んでいるのだろう。
こうやって父様と手を握るのは初めてな気がした。
そもそもこうして二人きりとなるのが初めてだ。そこには、いつも厳しい事を言う父様ではなく、怖がらせてしまった子供に優しさを見せるお父さんがいた。
クエスト………進まなかったな。
何も見れてないし、"?"も残ったままだともう一度ここにこっそり来ないといけないかもな。
ミニマップをちらりと見ると、"?"マークは消えていた。
しかし。
その代わりに、ミニマップの真ん中、俺の位置を表す青い点と、その横にあるもう一つの青い点。そして俺の背後にある赤い点が増えていた。
「………?」
「シュウ?どうした?」
俺以外の青い点はたぶん、父様だ。
ではこの赤い点は………?まさか?
俺はそーっと父様の手を引くと、赤い点の方へ父様の身体を向け、手を離してから父様の後ろにそっと隠れた。
「どうしたんだ?」
「剣を。何かいます」
その言葉に素早く反応して、父様は俺を軽く突き飛ばして剣を抜いた。生まれて初めて見る本物の剣。それは少し細身で、しゃらんと綺麗な音を立てた。
そして父様が剣を構えたと同時。
化粧机の真上。天井付近の空間が歪んだ。
そこから今の俺と同じくらいのデカさの緑色の何かが突如として現れ、目にも止まらぬ速度で父様に飛びかかかる!
「父様!」
その父様の動きはまったくみえなかった。
剣を振ったのかどうかすら、よく分からない。だが緑色の何かは空中で明らかに致命傷を受けてドサッと床に落ちた。
「他には…?」
父様の声でミニマップを確認するが他には赤い点はない。こいつの赤い点も消えている。
「た、たぶんいません」
間違いない。赤い点は敵対者のサインだ。
ただ、俺が部屋に入った時には赤い点なんて無かったはずだが。
「犯人はこいつだったか…」
父様はその緑色の何かの口から出てきたネックレスを剣の先に引っ掛けて持ち上げた。紫色の血液でべとべとだったが、そのネックレスには確かに緑色の宝石が付いていた。
そこから屋敷内は急に騒がしくなり、使用人達が多く部屋に押しかけた。俺もすぐに部屋へと帰され、夕食まではそこに待機するように父様に命じられた。
すぐに母様がやってきて、俺の心配をしてくれた。特に怪我などはしていないと言っても、一度素っ裸にされて全身を調べられた。
そして夕食の席、家族が一堂に会したそこで、父様は皆に事の顛末を説明してくれた。
説明は俺にとっては難しい内容だったので、ロキ様が通訳してくれた。内容としては、
母様のネックレスを盗んだのは、インビジブルシーフと言う魔物だった。この魔物は姿を透明にする事ができ、たまに家屋に紛れ込むらしい。普段は人など襲わない温厚な生き物だが、高純度の魔石(魔物の体内から取れる魔力を内包した石)を見つけると人に襲いかかって奪おうとする。
今回は母様のネックレス、そして父様のつけていた空色の指輪だ。
インビジブル・シーフは透明になっている時はほとんど見つけられない。それで高純度の魔石を見つけたら背後から襲い掛かる。よって状況が揃えば、かなり危険な魔物らしい。
今回は俺が"何故か"先に気づいたと言う事で、父様から褒められた。これには母様もそうだが兄さんも目を丸くして驚いていた。
父様は少し気恥ずかしそうにしながら、俺と目を合わそうとはしなかった。それでも十分だった。
「そうだ。それから…。おい、彼女を」
父様が渋い執事さんに声をかけると、執事さんが連れてきたのはなんと、サラだった。
サラは少し気まずそうにしながら部屋に入ると床に跪き、さらには両手を揃えて床について頭を下げて、よく通る声で何かを言った。その声に怯えなどは感じ取れない。
".スペンサー子爵家騎士団、第一隊、隊長アレンの長女、サラ。参上しました。だってよ。ねぇもう通訳飽きちゃったぁ"
なんと、サラは騎士団隊長の娘だったのか。
使用人も実は何かしら身分のある人達の親族だったりするのかもしれない。
そう言われると確かに、今回みたいな事件が起きないようにしようと思ったら、ある程度は身分がしっかりしてる方が良いもんな。
「頭を上げよ」
父様が厳かに言った。
「サラ、お前を使用人として再雇用する。そしてこれからは、三男シュウの○∞≠とする」
"やったね!専属メイドだってよ!やりたい放題だよ!"
えっ!?
「ありがとうございます!」
サラは満面の笑みで返事をしたのだった。
《クエスト"メイドがクビになった真相を探る"をクリアしました》
おう?
なるほど、これでクエスト達成になるわけね。
《経験値を500獲得しました。20000ギルを獲得しました》
おおうっ!報酬キタキタこれ!
あ、手の中に突如として硬貨が何枚か握らされたぞ?
《レベルが2に上がりました。ステータスが上昇します》
おおおおおお!?
初めてのレベルアップ!きっとステータスも上がるはず!
《職業ゲーマーのレベルが2に上がりました》
きたきたきたきた!!!!!
職業レベルアップ!………ん?レベルと職業レベルって何が違うんだ?そう言えば気にしてなかったけど。
《スキル【スキルクエスト】が解放されました》
なるほどなるほどなるほど。
何を獲得してとか、何が上がってとか、まだ全然分かんないけど。クエストクリアでレベルアップとか、最高おおおぉぉぉ!!!!
怒涛のアナウンスでテンション爆上がりの俺は、きっと、と言うか全然笑顔を隠しきれていなかったであろう。
俺史上、一番爽やかな笑顔で、サラに言った。
「また会えて嬉しいよ、サラ」
こうして、俺の異世界生活一日目は終わった。