第五話 クエスト
「こ、これは…もしや。1000ギル…!?」
"ねぇねぇ!?私にも教えてよー!"
俺の手の中で、銀色の硬貨が鈍く光る。
あのアナウンスでは確か《1000ギルを獲得しました》と言っていた。そしてその直後に、これが現れた。
"そのお金どっから出てきたの!"
それと《経験値を300獲得しました》とも言っていた。つまりこのクエストを達成すれば、経験値を稼ぐ事も出来る訳だ。
"ちょっとおおおおおおおおお!!!"
「うわっ!」
まずい!ロキ様がキレた!
ほったらかしにされて我慢の限界を迎えた女神様が、まるで耳元で叫んでいるかの如く大声を上げた。
もうチュートリアルの音声ガイドと被ることも無くなったので、ロキ様に今あった事と、クエストに関してわかった事を報告する。こんな事で天罰を落とされたりしたらたまったもんじゃない。
"へぇー。珍妙なスキルだねぇ。自分でクエストを作り出して報酬まで貰えるなんてさ?"
魔物と戦ってもないのに経験値がもらえるのは正直ありがたい。ただ、お金に関しては、どっから出ててきるの?とか、誰のお金?とか、そもそも本物?とかの疑問は湧く。
まぁ有難いから深くは考えないでおこう。
「こうやって少しずつ目標をクリアしていく方が達成感を得られるものなんですよ」
あらためてクエスト管理画面を開いてみると、予想通りそこに何のクエストも表示されていなかった。
結局のところ、スキルは二つ。【クエスト管理】と【マップ表示】。攻撃系のスキルは無し。
「本音を言えば、攻撃スキルが欲しかったなぁ…。これだと直接の戦闘は俺の力だけでやっていかないといけないのか」
心もとねぇ。
最初の街で鉄の剣すら手に入らなくて、素手でフィールドに出なきゃいけないような、そんな気持ち。
「あ、そう言えばロキ様!魔法ってどうやって使うんですか!?俺の知力の高さだと、そこそこ使える気もするんですけど」
そうだよ!まだ魔法があった!
直接戦わなくても、剣で切った張ったをしなくても。魔法使いになれば万事解決!
"だめだめ、魔法を使うにはこの世界の言葉をまず覚えないと無理だよ。単純に呪文を唱えればいいわけじゃなくて、構成理論を理解しなくちゃまともに発動しないし"
「えええええ。そんな所までリアルにしなくても…。魔力があって呪文があったらいいことにしましょうよー。何とかなりませんか?女神様?」
"そんな時だけ女神様とか言ってもだーめ無理なものは無理だよー"
やっぱり無理か。
ただ俺が唯一、高校生達にアドバンテージがあるとしたら、これから十五年の時間だ。できる事はしないと。
その時、視界の隅で部屋の扉がゆっくりと開くのが見えた。
狸寝入りも間に合わないくらいだったので、その部屋に入って来た人物とバッチリ目が合う。最初は母様が戻って来たのかと思ったが、その人物はメイドさんだった。
「あ、シュウ様、もしかして起こしてしまいましたでしょうか?」
しかもさっき朝食の前に見かけた、元気のない美少女じゃないか!
歳はまだ十代半ば、つまり高校生くらいではなかろうか?
「だい…えーっと、大丈夫だよ」
日本語で返事しそうになるが、慌てて言葉を戻す。
するとそのメイドさんは、廊下の方をちらりと確認してから忍ぶようにシュウのベッドの近くまでやって来た。
「あのですね。シュウ様。実は私は、ここを出ていかなくてはならなくなりました」
おっと。ちょっとドキドキしたのが検討外れもいいとこの別れ話だ。わざわざ挨拶に来てくれるって事は、俺にも良くしてくれていたのだろうか。
あっ!違うじゃん!
この人いつもこっそりお菓子くれるメイドさんだ。
目が合ったら笑いかけてくれて、誰もいない時にはこっそり手も振ってくれる。
シュウも、このメイドが好きだった。
「それはどうして?」
「ちょっと失敗をしてしまいまして…」
「ごめんなさいしてもゆるしてもらえないの?」
赤ちゃん言葉は大目に見てほしい。演技してるとかではなくて、言葉のボキャブラリーが少ないのだ。簡単な言葉でしか伝えられない。
決して趣味ではない。決して。
「これでも許してもらえた方なんです。街にはおりますので、シュウ様の∂¥〻、…シュウ様が大きくなるのを見守っておりますね。運が良ければまた戻ってこれますから。
あと、ここに私が来た事はナイショですよ?バレたらもっとおしかりを受けてしまいますからね?」
少し目を潤ませながらも笑顔を作るメイドさんは、可愛らしくてそして美しかった。
俺にもよくしてくれた人だ。事情は詳しく分からないが、なんとかしてあげられないだろうか。
そう思った時だった。
ピコーンと音が鳴り、頭にアナウンスが流れる。
《クエスト"メイドがクビになった真相を探る"を受注しますか?》
……………。
そう言う事か。なるほどね。
シュウはメイドさんに微笑み返すと、頭を撫でてあげた。
こちとら三歳だからこそ、逆にどんな事をしても恥ずかしくないと言う開き直りすら感じていた。
「だいじょうぶだよ。僕がなんとかするから、ちょっとだけまちで待っててね」
《クエストを受注しました。詳細は管理画面で確認できます》
メイドさんはきょとんとした顔をしたが、次には心からの笑顔を見せてくれた。
「ふふふ。ありがとうございます、シュウ様。でもシュウ様が心配することはないですよ。シュウ様はいっぱい食べていっぱい遊んでいっぱい寝て、大きくなるのが仕事なのですからね。では、もう私は行きますね。またお会いしましょうね」
「うん、すぐにおむかえに行くよ」
メイドさんは来た時と同じように、廊下に人がいないか確認してからこそこそと出て行った。
シュウはクエスト管理画面を開くと、そこには"メイドがクビになった真相を探る"と言うクエストが追加されていた。
報酬は500経験値と20000ギル。
期限は今日中。時間があまりないな。
"わあぉ。面白い事になったわねー"
ロキ様も興味津々で何よりです。
さぁ、行動を開始しようか。
シュウはベッドから降りると、母様がいないか廊下を確認してから、屋敷内を歩き出す。
まずは、そうだな。情報源としてちょうど良さそうな所から行ってみようか。
シュウの足は庭へと向かう。
屋敷の中は広すぎて到底三歳のシュウでは全てを把握できていないが、庭への道なら分かる。
庭もかなりの広さがあり、いくつかに分かれている。
まずは屋敷の南側正門から玄関まで続く二車線幅ほどもある中央通路、その両側には天然の芝や生垣などで幾何学的な模様が造ってある、まるでフランスのお城のような庭園。
そして屋敷の両側には綺麗に植樹が至る所に並べてある自然美を生かした庭園。テラスでのティータイムも楽しめる。
そして屋敷の裏手。わざと砂地にしてあるそこは剣術や魔法の訓練に使われる。
今回向かうのは砂地の訓練所だ。
訓練所が近づいて来ると、木と木が衝突する、カーンやらコーンと言う音が聞こえて来る。
バレないように覗くと、そこにはクリス兄さんと剣術の先生がいた。シュウはまだ三歳だが、クリス兄さんだってまだ七歳だ。そんな子供に剣術の稽古など、と前世の感覚から思ってしまうが、クリス兄さんが木剣を振るう姿は様になっており、昨日今日に始めた事ではないのが分かる。
現に、スペンサー子爵家では五歳から剣術と魔法の稽古が始まる。シュウも例外ではない。
稽古の合間を狙って、遠くから声をかける。
「おーい!クリス兄さーん!」
「お、シュウじゃないか。もう大丈夫なのかい?」
汗だくで疲れているだろうに、クリス兄さんはこちらに手を振りながら笑いかけてくれる。クリス兄さんはハッキリ言ってかなりの美少年だ。金髪に青い瞳。今は前歯が少し抜けている所があるが、あの両親のルックスだ。将来を約束されている様なものだろう。
「クリス様、まだ途中ですよ」
俺が走って近寄ると、剣術の先生に叱られてしまった。
彼はどこからどう見ても、戦うのが仕事の人だ。どこに属していて、何を仕事にしているのかは分からないが、明らかに強そうだ。
つまり素人でも分かるほどの歴戦の戦士のような傷痕、そして分かりやすいマッチョである。
クリス兄さんが本気で打ち込んでもアザすら残らないのではなかろうか。現代でこんなマッチョが子供と木剣で打ち合っていたら即通報ものである。
「少しだけだよ。弟がせっかく僕を見つけてきてくれたんだ。生まれてから初めてのことだよ!ほら、ニーナと言い、どこか他にこんな可愛い子がいるかい?いるわけないよ。天使みたいだろう」
弟を少し甘やかしすぎではないだろうか兄さん。
まぁそれは今は良いとして。
「ありがとう。クリス兄さん。実は、ちょっとだけないしょのはなしがあるんだ。ほかの人に聞かれると恥ずかしい」
びっくりした様なクリス兄さんは、先生に顔だけ向き直ると、少し頷いて見せた。
「ゲイル先生、すみませんが…」
「…分かりました。お父様に見つかっても一緒に叱られてはあげませんからね」
「ありがとうございます」
わあお。クリス兄さん、なんか大人だ。十分に貴族っぽい。クリス兄さんは次男だから、三男の俺とは違って、長男に何かあった場合はスペンサー家を継がなければならない。大変な事だ。そう、三男の僕と違って。頑張れクリス兄さん。
「ねぇ、僕の好きなメイドさんがなんで出ていくことになったのか知ってる?」
さっきまで満面の笑顔だったクリス兄さんの顔が凍りついた。どうやらあまり触れられたくない内容だったみたいだ。
「ど、どこでそれを…?」
「部屋の外でメイドさんたちが話してるの聞いたんだ。ねぇ何があったの?」
「そ、それは…」
今度ははっきりと目を逸らすクリス兄さん。
これは間違いなく知っている反応だ。どうしたら教えてくれるだろうか。
「兄さん。僕はほんとうの事が知りたいんだ。スペンサーとして」
「………わかったよ。あのサラというメイドは、母上のアクセサリーを、無くしてしまったんだ。それはとても高いものだったから…。謝っても許してもらえなかったんだよ」
なるほど。サラは本当に無くしてしまっただけなのかも知れない。だがもしかしたら、サラが盗んだんじゃないかと疑いがかけられた、もしくはその様な事が今後ないように見せしめとして処罰を受けた。
色々と考えられるけど、そのアクセサリーが見つかれば、まぁ兆しは見えるか?
「ありがとう、兄さん。それと、サラの友達がどこかにいたりするかな?」
「あ、あぁ。それならマーサと仲良さそうに話してたのは見たことあるよ」
「わかった。兄さん、ちゃんと教えてくれてありがとう。頑張ってね」
さて。概要は把握できた。
本当は母様にもアクセサリーの色形とか聞きたいところではあるけど、探ってると気付かれたら止められるかも知れない。まずはマーサなる人物を探そう。
俺は屋敷に戻ると、手近なメイドを捕まえてマーサがどこにいるか聞いた。マーサは厨房で働いている女の子らしい事を知り、キッチンへと向かう。
「マーサはいる?」
「は、はい!え…シュウ様!?」
マーサはまだ若い女の子だった。
サラと歳は近い。マーサの方が少しだけ年上に見える。そばかすに眼鏡がチャームポイントの女の子だ。
「やぁ、少し話せるかな?」
そう言って厨房から連れ出すと、近くの物置へと連れて行った。物置と言っても一般的な物よりもかなり広い場所で、二部屋分くらいある。
「サラのことなんだ。サラが、アクセサリーをあーっとその、なんて言うんだろう?無くしたんだよね?」
マーサの顔が驚きに変わる。
三歳児の口から次にどんな質問が飛んで来るのかとドキドキしているのが分かる。
「え、えぇ。そうらしいです」
「サラは、うっかりやさん?それとも、お金持ってなくて…困ってた?」
マーサの表情が困り顔へと変わっていった。
三歳児になんと説明したらいいか考えているのだろう。
「あのですね。シュウ様。サラは少しうっかり屋さんでしたが、優しい良い子です。お金も………その、どうしても欲しいとは思ってなかったと思います」
そうだよね、普通はお金に困ってるような子供を貴族の屋敷で雇ったりはしないもんね。
「何があったのかマーサは聞いた?」
その質問にマーサは答えてくれないかと思ったが、意外と丁寧に教えてくれた。
それが起こったのは一週間ほど前。
母様の入浴の際、サラは母様の服を脱がし、首飾りやイヤリング、指輪を外した。それをサラはいつも通りに母様の衣装棚やアクセサリーケースにしまったが、次の日の朝、ネックレスが無くなっていた。
特に普段から自室やアクセサリーケースには施錠はしていなかったと言う。
これでクビなんて、たまったもんじゃない。そんな内容の出来事だった。