第四十話 何気ない休日
暖かい布団の中で、遠くに小鳥の声が聞こえた。
なんか、良い夢を見ていた気がする。どんな夢だったかな。確か、新しいPCを買ったとか、ハマってたゲームでレア装備を手に入れたとか。遠い昔の世界での夢。
あの時寝ていた硬い敷布団ではなく、ふかふかのベッドに寝ている事に違和感を覚えつつ、前の世界よりこっちの世界の方が生活の質が高い事になんだかちぐはぐさを感じる。
大きく寝返りをうつと、身体が布団からはみ出した。
うぅっ、寒い………。
いっそ火魔法で部屋を温めるか。
でも火事になったら大変だな。また今度、安全な暖房魔法でも考えとこう。今は無理。
あれ?なんかそんな魔法作らなかったっけ?いやあれは魔法を発動し続けないといけないから寝ながらは無理か…。
お布団を引き寄せると、また眠りについた。
次の夢は最悪だった。
人の頭部が切断される夢。
頭部がどさっと地面に落ちた音が、今も耳に残っている。
まったく………。
もう起きろって事か。
既に太陽は高い所にあった。
「おはよう」
自室を出ると、そこにはサラと、ソニアもいた。
「おはようございます、シュウ様」
「おはよ。大丈夫なの?」
二人とも、心配してくれている様子だ。そんな顔を見ていると、心配をかけている事に申し訳なくなってくる。しゃんとしないと。
「大丈夫だよ。丸二日も腑抜けた生活をしてたからね。今日あたり出掛けてくるよ」
「では私もお供致します」
「それならもちろん、私も行くわ」
「ソニア講師は、ニーナ様の診察とクリス様の魔法授業がございますよね?お供は私だけで十分かと」
「何言ってるの?お嬢ちゃんだけで、もし何かあったらどうするってんだい?」
「シュウ様はお強いですし、ソニア講師こそ、そんなこと言ってこれから四六時中シュウ様に付きまとうつもりでは?」
そんな二人の言い合いを尻目に、俺は遅めの朝食へと向かった。
朝食だと思って出向いたところ、実は遅めの昼食だったという事実はさておき、身バレしない程度の服に着替えて、屋敷を出発する。
今までは移動は常に走っていたが、今日はなんとなく元気が出ないので歩いて街に向かっていく。
「シュウ様が走っていないなんて、少し不思議な感じがしますね」
「そう言われると、なんだか僕が落ち着きがない子みたいじゃないか」
「それを言うなら落ち着きすぎてますよ。それに、シュウ様は今までずっと走ってこられたので。たまにはこんな時があってもいいと私は思います」
隣を歩くサラは見事に町娘と言った服装を着こなしており、とても可愛い。ソニアは業務から抜け出せなかったらしいので、サラと二人でデート気分だ。
「どこにいくというわけでもなく街に出て来たところで、なんとなく冒険者ギルドに来ちゃってるのが悲しい哉」
「きっと何も考えていない時こそ、癖と言うものは顕著に現れるのですよ」
気付けば冒険者ギルドに来ていた。
ローザの街の端っこにあるので、結構歩いてきた。
サラをここに入れると少し面倒な事になりそうだったので、近くの喫茶店で待っていてもらう。
冒険者ギルドの中に入ると、そこは以前と何も変わらない喧騒だった。屈強な男達が酒を片手に半狂乱している。
そりゃそうだ。最後に来てから三日と経っていないのに、何が変わる事があろうか。
呑兵衛達を何とか避けつつ、カウンターへと向かう。
「やぁ、リズ」
「あ、シュウ君!よかった!心配してたんですよ!毎日日課のように来てたのに、あれからぱたっと来なくなったから」
リズは俺に気付くや否や、パッと明るく応対してくれる。
「心配かけてごめんね。知ってると思うけどゴタついててさ」
「それは、その。聞いたけど…。でもシュウ君とご家族皆さんが無事で何よりだよ」
もちろん、ウチの庭先であった事は冒険者ギルドにも伝わってる。最終的な狙いは俺だったけど、冒険者達が二十人も巻き添えになってるからね。ただ犯人が死んだ事で、ドブン平原の立ち入り禁止はもう解けてるはずだ。
「ありがとう。犠牲者がいるから両手放しでは喜べないけどね」
「シュウ君が悪いわけじゃないから、責任を感じる必要はないよ」
「ありがとう。今日は顔を見せに来ただけだから、もう帰るね。でも明日からまたバリバリやる予定だからよろしく。あ、そうだ。お礼が遅れてごめんね。"紅玉"パーティを紹介してくれてありがとう。ほんとに助かったよ。しかも、短い間だけって言うのも前もって伝えといてくれたんでしょ?あれマジで助かったよー。これ、大したもんじゃないけどお礼ね。また無理言うと思うけど、その時はまた頼むね」
リズの手に小包を握らせる。
中身は宝石のついたネックレスだ。
デザインは店員さんにお任せして選んでもらった。そこらへんのセンスは皆無だから仕方がない。
「いいんですか?…ありがとうございます!」
ちなみに受付嬢へのプレゼントは違反じゃないよ?
冒険者達はみんなやってる事らしいからさ。多分チップ的な感覚なのではないかと思ってるけど、中には本気の下心で貢いでる人もいるとかいないとか。
お礼を言うリズへ背中越しに手を挙げ、冒険者ギルドをカッコ良く出て行こうとしたのだが、酒場の方から呼び止められた。
「あ!シュ………。おーい!」
ん?今のはなんだか、俺に向けてな気がするぞ?
と思って振り返るとその声の主は、"紅玉"パーティだった。
ライズとフェイド、そしてノエルの三人組。数日会わなかっただけだが、なんだかやけに久しぶりな気がするな。昼間だけど、どうやら酒を飲んでいるみたいだ。
屈強な筋肉マン達を避けながら三人に近づく。
「やぁ、みんな元気?」
三人はそれぞれにハツラツとした返事をくれて、元気そうだった。一緒にパーティを組んでいた時がかなりしんどかったことに加えてかなり稼げたとの事で、休養日を今日まで延長したらしい。
「そうだ。紅玉パーティの新しいメンバーを紹介するよ。こちらが獣人のメイだ」
リーダーのライズが上機嫌で手を伸ばした先には、四人目の冒険者が座っていた。かなり小柄なので、全然視界に入っていなかった。
「あれ?君は確か………」
シュウが何か言う前に、その小柄な冒険者は立ち上がって、机に頭をぶつけるくらいの勢いで頭を下げた。
「先日は助けていただいてありがとうです!あの時の回復術士さんに、貴方が来なければ間違いなく死んでいたと言われましたです!命の恩人です!」
そう。彼女はドブン平原で暗殺者に狙われて死にかけていた獣人の女の子だ。あの時は確か、死にかけていた所を回復魔法で治した後、無理やり叩き起こしたんだった。
しかしそもそもが死にかけた原因と言うのは、暗殺者に俺の居場所を聞くためにパーティメンバーを殺され、拷問されたからだ。
だから彼女の感謝の言葉は、てんでお門違いだ。
彼女は俺のせいでそんな目にあったのだから。
だから俺も彼女と、それから紅玉のみんなに対して、深々と頭を下げた。
「その節はすみませんでした。それと紅玉の皆も、危険な目に合わせてごめん」
「シュウ…?おいおいどうしたんだよ」
「どういう勘違いだよ?」
「何のつもり?感謝してるのはこっちなんだけど」
事情を知らない彼等に、小声で今回の事の顛末を説明する。俺の身分や、今回の暗殺者の狙い、そしてその結末。
全ては俺が元凶で、彼等に感謝される筋合いなど最初から無いと言う事も。
「シュウ、話してくれてありがとな。でも、俺達をみくびってもらっちゃ困るぜ?なぁ?」
「そうさ。俺達は冒険者だぜ。もしあそこで殺されてたとしても、それはあいつに勝てなかった自分のせいさ。そりゃ死ぬのは嫌だけどさ。自分の弱さを他人のせいにはしない」
フェイドとライズは全く気にしていないと言ってくれた。
「私も気にして無いわよ。助けてもらった事実には変わりないし。あと彼女、名前を名乗り忘れてたけど、メイよ。彼女、優秀な斥候なの」
「はい!紅玉でお世話になります!きっとこれも何かの縁なのです!」
「いやーまじで。シュウがパーティ抜けて、索敵も無しでどうするってなってたところだったから、ほんとに助かるよ」
「シュウと行くドブン平原の安心感ったらねぇからな。その分、戦闘回数は馬鹿みたいに多いけどな」
「凄い索敵の技術だと聞いておりますです!少しでも見習って私も頑張りますです!」
肩の荷がすっと降りた気がした。
たった四人、しかも一週間の付き合いしかない彼等にそう言ってもらえただけで、澱んでいた心が少しだけ晴れた気がする。
「そういえば、あの後急いで行っちまったから、結局打ち上げもしてなかったよな?今日とかどうだ?何か用事あるか?」
「いや、何も予定はないよ。でも連れが一人いるから一緒にいいかな?」
それから紅玉のみんなと冒険者ギルドを出て、喫茶店で待ってくれていたサラと合流してから繁華街へと繰り出した。
魔物との戦闘についてああでもないこうでもないとお酒をガブガブと煽るライズとフェイド。それに対して、女子トークで盛り上がるサラとノエルとメイ。
そのどちらにも話を振られながら、シュウもその雰囲気に酔いしれていく。
その日は、数日振りによく眠れた。
翌日。
「シュウ様!シュウ様!!!」
突然の揺さぶりとともに夢の世界から引き剥がされる。
目の前にはサラの慌てた顔。
何だ何だ?敵襲!?でも外はもう明るい。こんな日中に?
「ど、どうしたの!?」
「大変です!早く準備なさってください!」
やはりただ事ではない。しかし、敵襲ってほど命がかかってる様子もない。どうしたんだろう?
「準備?いや、確かに今日から活動再開とは言ったけど、そんなに慌てて準備する事もないよ」
「いえ、正装するんです!!!」
「清掃?あぁベッド?早くどけってこと?そんな怖い顔しないでよ。でもおかしいな、今日はお漏らしはしてないんだけどなぁ」
「あらあら。四歳児っぽい所もあるんですのね?」
「いや、最近はもうないよ?ほとんどね?寝る前にジュースがぶ飲みしなけりゃだい…じょ…う……………んん?????」
部屋の入り口を見ると、そこには女の子が立っていた。
十歳ほどのブロンド美少女だが、その佇まいはまるで子供とは思えないほどに凛としていた。
ほんの僅かな時間だが、彼女が誰かを思い出すのに時間がかかる。
「ん?…あぁ………え?えええ!?」
「またお目にかかれましたわね?シュウ・スペンサー。どうも。ガルシア王族第三王女、ステイシア・ガルシアです」
「ス、ス、ステイシア…!?」
「シュウ様!?呼び捨てはダメです!?絶対!?」
俺は競技会があれば必ず十点を叩き出すであろう程に見事なジャンピング土下座を決めた。
「し、失礼しましたステイシア・ガルシア王女殿下!!!こちらに来られると聞いていなかったもので、お見苦しい所を!!!」
誠心誠意、全力で謝罪する。
「シュウ?呼び捨てとタメ口でいいと言ったでしょ?」
「あ、そうだっけ?よかったー、あぶねー」
「シュウ様!!??」
「すみません、調子乗りました。まだ四歳なんです。どうか御勘弁を」
実は先日王城に行った時に、ステイシアと呼ぶ事と、タメ口の許可は既にもらっている。
と言うより、ガルシア王の命令で、半ば強制的にそうなった。もちろん公式の場ではダメだが、プライベートではそうしなければ逆に処罰すると言われている。何故か。
だから今はサラをからかっているわけだが、やっぱりサラはからかわれている時が一番可愛い。あわあわしている。
「それにしてもステイシア、どうしてローザに?ほんとに聞いてなかったんだけど」
「どうしてって、貴方が殺されかけたって聞いたから居ても立っても居られなかったのよ。城から抜け出す事はよくあるけど、王都の外に抜け出したのは初めてね。大丈夫、今度はちゃんと置き手紙を残してきたわ」
あぁ、こいつ。またやったわけか…。
そんなやり取りを見て、サラは泡を吹いていたのだった。
きっと王都ではガルシア王も同じ様に泡を吹いている事だろう。




