第四話 職業ゲーマー.
「ちゃんと横になって休むのよ?いい?」
俺がベッドに潜り込むと、母様が俺の頭に手を当てながら優しくそう言った。さっきクリス兄様に体調を聞かれた時には少ししんどいと答えたが、もう熱は無いはずだ。調子も悪くない。ちょっとだけしんどいと言えば一人にしてくれるかなと思っただけだ。
「わかったよ。まだ眠いから寝てもいい?」
「いいわよ、おやすみ」
ほっぺに母親がキスをする。
うわお…、やっわっらっかっ!二度の人生あわせて初めてのほっぺにちゅーは母親に持っていかれたか…。
あーこれが転生の醍醐味か。
母様はしばらく部屋の中にいたが、俺がすーすーと狸寝入りをかますと、もう一度頬にキスをして部屋を出ていった。ご馳走様です。
"堪能してるねぇ、若いっていいねぇ、ちょっと若すぎるけど"
狸寝入りをやめて上半身を起こすと、ロキ様からそんな冷やかしが入った。
「面倒事もあるんだから、少しくらい役得があってもいいでしょう?それより、状況を教えてくださいよ」
口から出たのは完全に日本語だった。発音が少ししにくい所もあるが、そこは三歳児だ仕方ない。
でもロキ様との会話以外はこっちの言葉を使うようにはしないとな。
"状況って言われてもねー、説明とかちょっと面倒なんだよねー"
「いや勘弁してください。こちとら命懸けなんすよ…」
家族の状況から考えても積極的な戦争中とはとても思えないが、戦争の状況次第ではすぐに逃げないといけないし。
何と言ってもあんなチート能力を持った血気盛んで血も涙もない(ように見えた)若者たちが侵略して来るとなれば、事態は非常に深刻だ。
"あぁ、身の危険は当分は無いからそこは安心して。そこはヴァスティオ帝国とは隣り合ってる国だけど、一応他の高校生達が転移してくるのは、だいたい今から十五年後くらいらしいから"
「え?そうなんですか?十五年…。長いようで短いような…。いや、もしもそこで戦争に巻き込まれて死んでしまうとしたら短いか。でもあの真っ白な所では、高校生達もすでに旅立ってましたけど」
あの時、戦神の女神は"十五年くらい待機"みたいな事は言ってなかったはずだ。
"事情通の友達に聞いてみたらね、やっぱり十人も異世界転移させるのってかなーりアウトだったみたいなのよ。だって、一人をねじ込むのでさえグレーなんだもん。だから、諸々準備してたらそれくらいかかりそうなんだって。だからあの子達は今頃黄泉辺りで待たされてるんじゃない?"
事情通の友達とか、何がアウトやグレーなのか、諸々の準備とは何なのか、黄泉について。聞きたい事はいろいろあるが、今はとりあえずスルーしよう。スルーでいい。きっとすぐ面倒がって教えてくれなくなりそうだし。
"物分かりが良い子は好きだよー"
よし。それじゃ、猶予は十五年あるとして、行動計画を立てよう。
テーマは………そうだな。
【どうやってチート集団から逃げ延びて生きるか】だな。
"えぇー何言ってんの、だめだよそんなの、全然面白くない!高校生達と戦うに決まってるでしょ!?"
ロキ様がとんでもない事を言い出した。
声から怒りと焦りが感じられる。本気で俺がそんな事を言い出すとは思ってなかったって声だ。
「何言ってんですか!?面白さとか関係ないから!俺の職業知ってるでしょ?ゲーマーですよ!?それがあんなチートだらけの小鬼共に真っ向から対抗なんて出来るわけないし、する理由もないでしょうよ?」
これは本気だ。
職業で負け、ステータスで負けている。
あいつらのレベル50だって、国の中でトップの戦闘力とか言っていた。職業ゲーマーの俺が、ここから俺が十五年で国のトップまで戦闘力を高められるとは到底思えない。
いくらゲームとラノベが好きで、この世界に憧れていたとしても。ゲーマーの俺はそんな器じゃない。
"うーん、そう言われればそうかもね。そう言う事なら、それはそれでいっか。じゃ、私も途中で飽きたら急にいなくなるかもだけど、せいぜい楽しませてもらうねー"
おっと、急にロキ様からの興味が半減した気がするぞ。
ギャルゲだったら好感度メーターががくっと減った感じか。
助けてもらった恩は感じている。その恩人を楽しませられないのは本当に申し訳ないが、こちとら巻き込まれた方なのだ。主人公とかそれ以外の脇役ですらない。その更に外に居るべき人間。
はぁ。自分で言ってて悲しくなってきた。
しかし、とりあえずすぐに身の危険がないと言うのは間違いなく朗報だ。
よし、次は十五年の間に何が出来るかの計画を立てよう。もちろん、地理や国際情勢など、直接的に逃げ延びる情報も必要だが、それは後々にいくらでも調べられる。
とりあえず最優先は自分のステータスを上げる事だ。
「ステータス」
その言葉と共に、半透明のウィンドウが目の前に現れる。あの真っ白の空間と同じだ。しかし、表記されている内容は少し違った。
ーーーーーーーーーー
名前:シュウ・スペンサー
種族:ヒト
職業:ゲーマーLv1
Lv:1
体力:8
魔力:7
筋力:6
知力:86
防御:3
魔法防御:71
スキル:【???】【???】
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まずは、名前が鏡柊哉からシュウ・スペンサーに変更されている。これはまぁ予想できた。
そしてレベルも1のままだが、何故か身体能力数値だけが上がっている。特に知力と魔法防御力がやけに高い。
しかし、産まれてからの曖昧な記憶を遡って思い返してみても、思い当たる記憶はない。
「うぅーん?これはどう言う事だろう?レベルは1のまま。身体能力数値以外で違うのは名前…とスキル欄の【???】だけ。
名前は関係ないとして、スキル欄の【???】がステータスに影響してるとは考えにくい。さすがに"?"のままだとノンアクティブだろうし。ってなると、身体能力の数値はレベル上昇以外でも変動するって可能性が高いかな。単純に"三歳までの成長"とか?もしも三歳になってもまだ筋力とかが1のままだったりすると不自然と言えば不自然だもんな。そうなると全盛期を過ぎると逆に数値が減ったりもあり得るのか?マッチョや肥満なんかも影響する?筋トレでもしてみるか?」
"んふー。やるねーシュウ君。おおむね正解みたいだよ。ちなみに知力が高いのはまぁ中身が違うからかな。魔法防御は知力の数値依存だし"
おー、やっぱりそう言う事か。
結構リアルだな。確かに大人になるまでレベルを上げる機会の無かった人がいたとして、その人はどう考えても"筋力1"ではないしな。
「ん?でも大人で筋力1と言うか、ステータスがオール1の現象を見た気がするんだが…最近。いやもう三年も前か」
"君のステータスだよね。あれは面白かったなぁ。何故だろうね?巻き込まれた人だからかな?それか職業ゲーマーの特性?高校生達の優越感を煽るために運命の女神がわざとそう設定したとも考えられるけど"
まぁだいたいそんな感じだろう。
その内のどれかだとしても、あの時の絶望はあまり思い出したくないので考えないようにする。
「さぁ、数値の考察が済んだところで。
次はこの【???】だけど………。ロキ様、これはどうやって発動するのか知ってますか?何か条件が必要なのかな?それがレベルとかだったらまだましな方だけど、年齢とかどうしようもならない場合はちょっと厳しい」
出来れば早い内にアクティブにしたいところだ。
職業ゲーマーに関するスキルなのか、はたまた全く関係のないスキルなのか。
そのどちらにせよ、レベル上げに使えそうなスキルでなかった場合はかなりのハードモードである。
"それはね、職業ゲーマーを意識してみるといいらしいよ。私は神様だからやった事はないけどね"
ロキ様が言うには、この世界の人たちは何かしらの職業を女神から授かるが、それが分かるのは十歳の誕生日を迎えたときの"祝福の儀"なるイベントの時らしい。
いわゆる【鑑定】スキルを持った司祭が子供達を鑑定して回るとか。
「よし。行くぞ。どうかチート級の良いスキルで有りますように…!お願いします神様!"職業ゲーマー"!」
"神様は別に何もできないけどね"
ロキ様の間の抜けた声が頭に響くが、それどころではない。自分から神に祈っておいてなんだが。
ステータスに表示された二つのスキルが開示されていた。結果は。
【クエスト管理】
【マップ表示】
「ああぁぁぁ、ハードモード確定だぁぁぁ」
ベッドに背中から激しめに倒れこむ。
だがさすがは子爵家のベッド。前世にも劣らぬ品質。と言っても前世では1Kの畳に三センチくらいしか厚みのない布団を敷いて寝てただけなので、こっちの方が圧倒的に快適だ。
あの時は寝具にかけるお金なんて無かった。
バイトで稼いだ金は生活費とゲーム内課金に全て消えていたのだ。その辺が職業ゲーマーたる由縁か。ぐぅ。
ふとベッドの上で目を開くと、視界内にある物が追加されていた。視界の左上、邪魔にならないくらいの所に、丸いウィンドウが表示されている。
どう見ても"ミニマップ"、つまりは地図だ。【マップ表示】ってのはこれか。
もはや説明の必要はないだろう。そのウィンドウに映っているのはこの自室くらいの範囲だ。と言ってもこの自室が十五畳くらいはあるので、そこそこの範囲にはなる。
もちろんあって不便な物ではないが、無くて困ると言う物でもない気がする…。
まぁいい次だ次。スキルは二つあるんだ、もう一つがまだ使えそうならすぐにでもレベル上げまっしぐらだ。
次はえっと…【クエスト管理】スキルか。
そう考えた時、頭の中で音が鳴り響いた。
《職業ゲーマーの効果により、クエストチュートリアルを開始します》
「うわっ!!!」
"え!?なになに!?"
「いやなんか急に」
《"クエスト管理のチュートリアル"を受注しました》
「頭の中に声が響いて」
《街中やダンジョンなど、様々なクエストを受注する事が出来ます。クエスト管理画面を開いてください》
"えーずるい!?こっちには聞こえないんだけど!?"
「なんかシステム音声がしゃべってるんで静かにしてください!」
クエスト管理画面とか言ったか!?
今度もそう考えただけで目の前にまた半透明のウィンドウが現れた。そこには先程言っていた、クエスト管理のチュートリアルと言う項目が一つある。
"うわぁ!なになに!?それなにー!?"
今はロキ様は無視だ。
チュートリアルは飛ばす派だが、これは人生に関わるチュートリアルだ。聞き逃す訳にはいかない。
《クエスト管理画面を開きました。ここには、現在受注しているクエストの一覧が表示されます。クエストにはそれぞれ期限が設定されており、期限を経過するとクエストは破棄されます》
"急にどうしたのー!?また声がしてるの!?"
ふむふむ。
一般的なRPGにあるシステムだな。クエストには期限があるものもあるらしい。一覧で確認できたら確かに楽だろう。
《クエストは街中やフィールド、ダンジョン等で困っている人に話を聞くと発生します。困っている人を助けるとアイテムや報酬を貰えることもあるので、積極的に話を聞きましょう》
オーケーわかった。
このクエストってのはちょっと面白そうだ。ゲーマーってのはクエストと名前がつくものはクリアしていかないと気が済まないタチだからな。
《クエスト管理のチュートリアルをクリアしました。経験値を300獲得しました。1000ギルを獲得しました》
その声と共に、シュウの掌に硬い感触が現れた。持ち上げて見てみると…。
「お?おおおおおお???」
"何!?何っ!?"
その手には見たこともない銀の硬貨があった。