第三十八話 探していたもの
「おいおい、それってまさか…」
「嘘でしょ…」
「正確には五パーティだな。幸いにも君達は生きていたからね。本当に良かった」
恐らくはあいつだろう。
茂みに姿を隠して冒険者を探し、見つけては襲う。暗殺や奇襲に特化した殺人者だ。
「そこで君達の知っていることを聞きたい」
「待ってください。まだ魔物の仕業という可能性も捨て切れないでしょ?」
「襲われた冒険者に生き残りが一人いてね。その冒険者の証言では、魔物では無い」
ルイスさんがどかっと椅子に腰を下ろすと、椅子が悲鳴の様な音を上げた。
紅玉の三人が俺の方を見る。
「僕達が見たのは一人の男です。いや、女の可能性もあるかも。身長は165センチくらい。痩せ型。金属部分の少ない、黒を基調とした服装。頭も顔も黒い布で隠していてほとんど見えませんでした。僕の【気配察知】にかからなかったので【隠密】系のスキルを持っているのは確かなのと、見た感じですがBランク冒険者と同等の力は持っていそうです。武器っぽいものは、俺は分からなかったけど、みんなはどう?」
俺の言葉に紅玉の三人も首を振る。
「なるほど。殺されたパーティはほとんどがDランク。Cランクパーティも一つあった。そう考えてもやはりBランクくらいの力は有りそうだな。その服装からしてその道のプロと言う可能性もある。君達はよく無事で帰って来てくれた」
ルイスさんは明らかに俺の方を見ながら言っていた。
そりゃ俺が殺されてたらスペンサー家を巻き込んだ大事になってただろうからね。もちろん今でも十分大事件だけど。
「情報提供も感謝する。当面の間はドブン平原は立ち入り禁止。服装で指名手配もするが、まぁ難しいだろうな…」
「生き残った冒険者は無事なんですか?話を聞きたいんですが」
ルイスさんは答えようか迷った挙句に、もう一度俺をチラッと見て、観念した様子だった。
「重症だ。今、回復術士が治療に当たっている」
「時間がかかっているって事は、芳しくないって事ですよね?僕も治療に協力させてもらえませんか?」
「え!?シュ…君がか?いや、治療しているのは中級の回復魔法が使える回復術士だ。今、彼女以上の使い手はローザにいないと思うよ」
「いいから連れてってください」
「わ、分かりました。リズ、案内を。私はここから指示を出さねばならない」
ついにルイスさんが敬語になった事で隣の三人がぎょっとしているが、それどころじゃ無い。一人の命がかかっているのだ。
早足のリズに走ってついていくと、ベッドがいくつかある処置室に通された。そこには一人の小柄な女性冒険者が横たわっていた。猫っぽい耳がついている。獣人だ。
中年男性の回復術士は中級の回復魔法を継続して当てているが、それでも治療は不完全だろう。
冒険者も虫の息で、かろうじて生かされていると言ってもいいくらいのものだ。ただ、その回復術士の粘りが彼女の命を糸一本で繋ぎ止めている。
「そのまま回復を続けて下さい。詠唱に時間がかかります。あと一分、いけますか?」
回復術士の顔には大粒の汗が滴っている。目の焦点も合わなくなってきている程だが、俺に頷いて見せた。
意識を集中する。初めて使う魔法のため、魔法術式の構築からイメージ、詠唱まで、丁寧にやらないと失敗する。
魔法術式は細部まで正確に。
詠唱の一文字ずつをゆっくりと、思い出しながら丁寧に。
「………"エクスヒール"」
女性冒険者の身体をまばゆい光が包み込む。
身体は数センチ浮き上がり、光が身体に吸い込まれていくと、ゆっくりと着地した。
誰もが息を出来ないでいる中、女性冒険者は思い出した様に息を大きく吸い、そして吐いた。
ドサっと尻餅をついたのは回復術士さんだ。
壁にもたれかかって息も絶え絶えになっており、彼にも"ヒール"をかけてあげる。
「お疲れ様です。彼女を救ってくれて、ありがとうございます」
俺は今度は女性冒険者に近寄ると、肩を揺する。
本当は安静にさせてあげたいが、絶対に今聞いておかないといけない事がある。
「おーい!すみません!起きてー!」
「ちょっ…ちょっとシュウ君!?」
「さすがにそれはちょっと無理なんじゃ…」
エクスヒールは完璧にキマった。
ただでさえ400も魔力を消費する上級の回復魔法。身体が半分吹っ飛んでいたとしても全回復する最高級の魔法を、魔力消費600に改変して使ったんだ。もはや、ここにいる誰よりも健康と言っても良いだろう。
そして俺の容赦ない揺さぶりに眉をしかめた後、彼女は迷惑そうに目を開いた。
「奴の目的は何だったんですか?ただの殺しが目的でしたか?」
「…え?…誰?誰のこと?」
「黒い服の殺人者です!奴は何か言ってませんでしたか!?」
「うっ…!あいつ…!あいつは…探してたです…!小さな…」
やはり殺す事自体が目的じゃない。それ以外に目的があったんだ。小さな何かを探していた…!
「探してたって何を!?奴はドブン平原で何を探してたんですか!?」
「あいつは、殺す前に………、私達に聞いたです。拷問されて………。知っているかって。………小さな………小さな」
「…小さな?」
冒険者の彼女の目が見開かれる。
その目は、殺人者との邂逅を思い出しているのか、それとも目の前の俺の姿に驚愕しているのか。
「小さな…男の子の………冒険者を」
*
バァン!
「何事だ!」
「父様!警戒を!この街に刺客が来ています!」
アレックス父様の書斎の扉を壊さんほどに開けると、そこには机に向かう父様とその後ろで立つジェームズさんがいた。
「刺客?」
俺はアレックス父様にドブン平原での出来事を急いで話した。落ち着いて聞いていた父様だが、その男が"小さな男の子の冒険者"を探していた事を伝えると、弾ける様に立ち上がった。
「今すぐに騎士団の第一隊をここに回せ!屋敷内を捜索の後、周囲を警戒させろ!」
《クエスト"暗殺者を被害なく返り討ちにする"を受注しますか?》
もちろんだ。頭の中に響いたアナウンスに即答する。期限は明日の朝まで。つまり、今晩のどこかで襲ってくると考えた方がいい。
「父様、屋敷を一通り回ってここに来ましたが、今のところ屋敷の中には敵の反応はありません」
「………分かった。だが、屋敷の中は一応見回らせる」
俺はミニマップで得た情報を伝える。
父様は俺を懐疑的な目で見るが、それを信用したらしい。過去に屋敷に入り込んだインビジブルシーフを見つけた事もあるし、俺の索敵能力はサルヴァトーレからも何かしらの報告を受けているだろう。
「アレックス様、家族を一か所に集めますか?」
「そうだな。敵がどのような手段をとってくるか分からん。だが、ドブン平原の手口から考えると、腕に自信があり、多少の騒ぎは気にしない様だ。人質をとる様なタイプにも思えないが、クレアとクリス、ニーナは一室に集めてサルヴァトーレを護衛につけておく」
ヴァトが護衛についてくれるなら安心だ。
問題は僕の方で、どう迎え討つか。
「敵の狙いは本当に僕でしょうか?」
「可能性は高い。お前ほど小さな冒険者などそうそういないからな。だからお前も慌てて知らせに来たのだろう?
王宮に報告してから約三週間。思ったよりも早かったが、早速どこからか情報漏れがあったみたいだな。正体を隠して冒険者をしている事まで知られているとは。暗殺者の目的はお前の誘拐、それが難しいなら暗殺。と言ったところか」
そうだ。目を逸らすな。俺のせいで冒険者が二十人近く死んだんだ。そして家族までもが危険に曝されている。絶対に許さない。
「騎士団にも【気配察知】系のスキルを持っている人がいると思いますが、恐らく【気配察知】系のスキルでの索敵にはかかりません。当てにしないように伝えてください。敵の襲来が分かるのは僕だけだと思います」
「どうやって分かる?」
「どうやって、かは言えませんが…。半径二十メートル以内であれば、方向と距離も割り出せます。昼間に遭遇した時もそれで戦闘を回避できました」
「よし。ではシュウと私は第一隊に混じり、屋敷の中を見回る。もしも攻め入って来た時には、出来れば生け捕りにして雇い主を吐かせる。しかし、基本的には殺す。シュウにはキツいだろう。その時はサポートに徹しろ。私と騎士団員とで相手をする。今晩は長くなるぞ」
「分かりました」
そこからは屋敷中が慌ただしくなった。
普段は夜間消している明かりも煌々とつけ、屋敷の中と外を騎士団員がひしめく様に巡回している。
俺と父様は屋敷を見回っている。
母様達は屋敷の中心に近い部屋に匿い、その周りを円を描く様に動く。
これだけ騎士団やらが警護していれば、今日は諦めるのでは無いか。そうなったら、クエストは一応達成できるかな?これだって返り討ちにした事になるもんね?ね?
それにしても、昼間のドブン平原では、暗殺者にしては杜撰な行動だった。目的に狙われているとバレるなんて。結局この通り、護りを堅められる事になってしまった。
それほどまでにドブン平原でカタをつける自信があったのか。もしくは護りを堅められても構わないと思っている、か。
そんなあれこれを考えながら屋敷中を見回る事………八時間。
時刻は日が回って、深夜二時。
「ふぅー。来ませんね…」
俺は定期巡回から戻ってくると、ソファに腰を下ろす。緊張し続けるというのも、なかなかに大変なもんだ。それでも奴を探知出来るのは俺のミニマップしかないだろうから、俺が頑張らないと、と思ってしまう。
「シュウには悪いが、頑張ってくれ。お前の索敵だけが敵を捉えられるのでは仕方ない」
アレックス父様も疲れている様子だが、警戒は解いていない。今この瞬間に敵が窓を突き破って入って来ても、敵が着地する前に一太刀浴びせるだろう。
あーニーナはとっくに寝ているだろうな。クリス兄さんと母様は事情を知ってるから、もしかしたら起きているかもしれない。
俺も今日は朝から動きっぱなしだったし、少し疲れてきたな。このままふと気を抜くと寝てしまいそうだ。
あぁ、意識が遠のいてきた気がする。
………ん?待て待てやばい!
「………魔法防御!!!」
半分夢の中で唱えた光魔法は、なんとか効果を発揮した。
魔法の発動と共にパチっと覚醒すると、なんだか部屋の中にうっすらと煙が充満している。
俺は慌ててアレックス父様にも魔法防御をかけて、白目を剥いて落ちそうになっていた所を引き戻す。
「父様!敵襲です!」
「………ん?シュウか?なんという………危なかった…。しかし、まずいな。なんだこれは。まさか屋敷中が…?」
俺は窓から庭を見下ろしてみるが、庭の騎士団員達も倒れている。
「いえ、どうやら外もです。魔法の様ですが、僕は知りません」
「恐らく闇魔法の一つだ。しかし一体どのようにして屋敷全体など…。よほど高位の闇魔法の使い手か、もしくは…」
父様は暖炉へと向かったが、なんとなく暖炉の周りは煙が濃くなっている。
そして暖炉を覗き込んで、何かを見つけた様だ。
それはソフトボール大の球体だった。
表面には魔法術式がびっしりと書き込んである。
「これは魔法道具だな。どうやら屋敷の中に事前に仕掛けられていたらしい。ここまで高性能の魔法道具となると、エルゴラス魔法国家の物か…」
エルゴラス魔法国家。
ガルシア王国の東隣に位置する、魔法により発展した、魔法使いのための都市。そこでは魔法の研究もさることながら、魔法を応用した道具の技術も頭一つ抜けているらしい。
早くも目をつけられてしまった事に動揺しながらも、次の行動を考えなければ。
「索敵に反応はあるか?」
「いえ、まだありません」
「奴は俺達が全員眠っていると思うはずだ。もう少ししたらお前を探しにくるだろう。そこで不意をつく」
父様の言葉に俺は頷いた。




