第三十七話 生き残り
《クエスト"紅玉パーティを支援し、紅玉パーティだけで100匹の魔物を倒させる"を達成しました》
《経験値を10000獲得しました。130000ギルを獲得しました》
オークアーチャーと言う弓持ちのオークと、アイアンメイルという甲冑の兵士みたいな魔物を倒した所で、アナウンスが頭に響いた。
紅玉とパーティを組んで三日目の夕方だった。
よっしゃー!ついにクエスト達成だ!
経験値も10000の大台に乗って来た!どんどん増えていって嬉しい限りだ。しかし同時に多少の問題もあった。
それは報酬のお金だ。金貨一枚10000ギル。それ以上の通貨は無い。報酬が130000ギルだと、金貨が十三枚、急に手の中に現れるのだ。四歳児の手の大きさだと、そろそろ限界だ。バレる日も近い。何とかしてください。スキル"ゲーマー"さん。パッチが必要ですよ。
「みんな、お疲れ様!」
そんな内心を隠しながら、俺は元気に三人に声をかけた。
「た、頼む…。回復をかけてくれ…」
「あー疲れたぁ…!もう指一本動かせねぇ!」
「何言ってんのよフェイド…ゼェゼェ。まだ帰り道もある…ゴホッゴホッ!オウェェ…のよ」
三人とも良い感じに満身創痍だな。
全員に回復魔法をかけながら労った。
「帰り道は俺にやらせてもらおうかな。みんなは素材を持てるだけ持って帰って」
「お、最後にしてついにシュウの戦いが見れるのか。こりゃヘバってられねぇな!」
倒した魔物から手早く素材を剥ぎ取ると、俺達は来た道を戻る。今度は俺が先頭だ。
この三日間はまぁまぁ暇だった。
と言ってもせっかくの時間を無駄にするつもりも無かったので、【水魔法】と【光魔法】の球をこっそりと作り続け、ついに全ての魔法をLv5まで押し上げる事に成功した。これで魔法の球を作り続ける作業はひとまず完了だ。【闇魔法】だけは教本が無いため、手に入れ次第再開の予定。
ドブン平原は奥の方まで来るとサクサク進んでも一時間はかかる。そして帰り道は魔物と出会わないかと言われるとそうでも無い。
特に素材を放置して来ている場合には、それを食ってる魔物さえいるからだ。
最初に出会ったのはやはりフォレストウルフ二体。
案の定、倒した魔物の死体を貪っている。デスアントと言うデカいアリの魔物には目もくれず、オークの腹に口を突っ込んで腑をほじくり出している。
こいつらは鼻が効く。よって死体にも集まりやすく、帰り道に最も出会いやすい。
普段は俺達が近づいて視界に入る頃には匂いでとっくに気付かれているが、自慢の鼻がオークの血だらけではそれも無理な話だ。
それに今回は運が良く、二匹ともこちらに尻を向けている。
俺は藍ちゃんを静かに抜くと、こそっと近づく。
食べるのに必死で、面白いほどにこちらに気付かない。素早い一振りで、二匹同時に倒した。
《フォレストウルフを倒しました。経験値を74獲得しました》
《フォレストウルフを倒しました。経験値を74獲得しました》
ステルスキルはやっぱりお得感があるね。
そう言う類のゲームも好きでよくやったなぁ。暗殺系のスキルを伸ばしていくのも面白そうだな。今度調べてみよう。
「ヒュー、魔具ってすげぇんだな」
初めて魔具の切れ味を見たライズが口笛を鳴らした。いやー、藍ちゃんですって紹介したい。でも変な目で見られそう。やっぱりやめとこう。
「もちろんシュウの剣術も見事だったよ。今の一振りでも強いのがなんとなく分かる」
「ありがとうライズ。素材は俺は要らないからいるなら剥いでいいけど…。もうみんな鞄はいっぱいだよね」
次に出会った魔物はアイアンメイルとデスアント。
どちらも硬そうな魔物の組み合わせだ。どちらも速度は遅めだ。がちゃがちゃと近寄ってくる二体に指を二本向けて詠唱する。
「………"レーザー"」
上級の光魔法。光魔法では数少ない攻撃魔法だ。
回復術士の奥の手とも言うべき一撃は、デスアントの頭部に命中。じゅうっと言う音を立てて、甲殻に穴を開けると、デスアントは動かなくなった。
仲間がやられた事など気にも留めないアイアンメイルは、持っているボロボロの剣を振り下ろしてくる。それを藍ちゃんで受け止めるのはやめて半身になって避けた。
受け止めたらボロボロの剣を断ち斬ってしまいそうだったからだ。刃先が飛んできて怪我をしたくない。
アイアンメイルが体勢を整える前に三連撃。
崩れ落ちた身体は、既に鉄クズに戻っていた。こいつはただの鉄なので、持ち帰ってもあまり高くは売れない。普通に鉄クズの値段だ。たまに甲冑の中に少し高価な部位が混じっている事もあるが、今回は無し。
「今の魔法は…?」
「光魔法のレーザーって言う魔法です。威力はまぁまぁみたいですが、複数同時に狙えないのと、消費魔力が多いので乱用は出来ないですね。基本的に光魔法は回復担当なんで仕方ないですよね」
「なんか、シュウを見てると、何でも出来そうな気がしてくるよな!?」
「いや、俺は反対に無力感を感じている」
「早くうちに帰ってシャワー浴びたい」
三者三様のご意見をもらった所で、またミニマップの端に敵影の反応があった。
「?」
「シュウどうかしたか?」
「静かに…!こっちきて隠れて!」
俺は慌てて三人を近くの茂みに誘導し、ジェスチャーで静かにさせた。
「そんなにヤバい敵がいるのか…?」
ヤバいかどうかは分からない。ただ、普通の敵では無い。
何故なら、ミニマップに映ってるのに、【気配察知Lv4】に引っかからないからだ。
ドブン平原の敵の中ではフォレストウルフが一番隠密行動が上手い敵のはず。フォレストウルフはどちらにも反応があったので、ドブン平原の魔物とは考え難い。
だとしたら、おそらくは人だ。普通の冒険者であれば青点で表示されるはずなのに、点は赤色。つまり明確な敵対者となる。だから、隠れた。とりあえず敵であることは明確だから。それによく考えれば、この敵のいる位置は"道"では無く、茂みの中だ。つまり身を潜めている事になる。余計に怪しい。
「それが、何て言えばいいのか、わからない…。ただ、僕の索敵に反応しない敵がいる」
「………?」
「索敵に反応しないのに、何故分かるの?」
「あぁ、その辺は、その」
「はいはい、聞くなって言うんでしょ。もうシュウがどこぞの皇太子だったとしても驚かないわ」
それはさすがにぶっ飛び過ぎだ。
さて、冗談はさておき。どうしよう。敵の行動に対して分類しようか。まず、こちらに気付いてまっすぐ襲って来た場合は迎撃。次に、こちらに気付かなかった場合。これはもうスルーでいいだろう。警戒しながら迂回して帰ろう。最後に一点から動かなくなった場合。これが一番悩むな。こちらから何かしらのアクションをかけてもいいし、やっぱりそのまま距離をとって迂回して回避してもいい。
敵の頭上のアイコンが見えれば、こちらの選択肢も決めやすくなるんだけどな…。
いや、でもここは交戦しない方向で考えよう。紅玉の皆を危険には晒せない。
選択肢を頭で整理していると、敵に動きがあった。
どうやら茂みから通路に出てくる様だ。幸い、出て来た位置からこちらは見えない。
俺は三人に、音を立てずに待機、のジェスチャーをした。
通路に出て来たのは一人だけ。ミニマップの情報と一致する。しかし、やはり【気配察知Lv4】には反応は無し。
その姿はなんとなく忍者っぽい。
服装は全体的に黒く、防御力よりも動きやすさを重視したもの。そして頭と顔も布で覆っていて、取れる情報は少ない。
それでも、俺だけは頭上のアイコンでおおまかな強さを把握できる。
そのアイコンの色は、赤。
こりゃ、まずい。
多分、勝てない。相当にレベルが高い。交戦は避けよう。
出来れば目的が知りたい所だが、まずは生きて帰るのが最優先だ。
敵との距離は十五メートルほどある。
【気配察知Lv4】にひっかからないほどの【隠密】の持ち主だ。あいつ自身が【気配察知】を持っていてもおかしく無い。ただ、この距離だとまだバレていないみたいだ。
俺は後ろの三人に首を振って交戦しない事を伝えると、来た道を引き返す様に指示した。
音を立てない様にその場を離れると、幸運にも後を追っては来なかった。
「そんなにヤバい奴だったのか?」
「うん。明らかに敵だったし、僕達が束になってかかっても敵わないと思う。僕の索敵が向こうよりほんの少しだけ広かったみたいで助かったよ」
本当に運が良かった。
そこから俺達は一層注意を払いながら大きく迂回して、なんとか帰りの馬車に辿り着いた。
「あぁぁぁ…。今日は一層疲れたぜ。早く帰りてぇ」
「同感だ…。当分ドブン平原には行きたく無いくらいだ」
「忍者コスプレの危ない奴もいるなら尚更ね」
あの人物に関してはクエストも出なかったからな。
だいたい謎の人物や、怪しい人物にはクエストが出るんだけど。偶然なのか、それとも"関わるな"と暗に示唆しているのか。
しばらく感じていなかった死の気配に、今になって手が震え出したのだった。
馬車で冒険者ギルドまで帰ると、中は少し騒がしかった。酒場の喧騒はいつも通りだが、その奥のギルド職員がバタバタとしている。
何かあったんだろうか。
「シュウ、リズさんの所に一緒に来てくれるか?シュウのパーティ離脱を伝えないと。良ければその後に、全員で一杯やらないか?」
「是非。良ければ奢らせて」
「何言ってんだ!奢るのは俺達だっつーの!なんだかんだと稼がせても貰ったしな!」
「その代わり明日は休みにしてよね?」
俺達が笑いながらリズのカウンターに行こうとした所で、どうしたことか、リズの方からこちらに走ってくるのが見えた。
目に涙を浮かべながら、真っ直ぐ俺に突っ込んでくる。
「ぐふっ!」
「よかったあああああ。みんな無事だったのね!良かったよおおおおお」
突進によるダメージを貰ったが、それよりもリズが俺に抱きついて大泣きしている事の方が問題だ。
「ちょっとリズ!みんなの前だし、それにあんた何で泣いてんの?」
親しげに声をかけたのはノエルだ。
二人とも年齢が近そうなのもあって、受付嬢と冒険者以上の仲なのかも知れない。
「ちょっと落ち着いてよリズ、何かあったの?他のスタッフも慌ただしいけど…」
「うっぐ…。ごめんね。なんにせよ…みんなが無事で良かったよ。今日はドブン平原には行かなかったのね?」
俺達四人は顔を見合わせる。
「いや、ドブン平原に行って今帰って来たところだぜ?」
「え!?それは、本当!?誰か怪しい人を見なかった!?」
またしても俺達は顔を見合わせた。そして全員で声を揃えて呟いた。
「「「「見た」」」」
「すぐに来て!こっち!」
案内されたのは受付カウンターの奥にある扉。初めて入ったが、なんとなくどこに連れて行かれるかは想像がついた。扉の奥に伸びる廊下をガチャガチャドタバタとついて行って、ある一室に通される。
「リズ、分かってるだろ、今は忙しい…」
「ギルマス!彼等の話を聞いてください!」
「ギルマスと略すんじゃ無い!ギルドマスターとちゃんと言いなさい!…っと、これは、失礼しました」
ギルドマスターの男は、屈強な戦士達の組織のトップという割に、小太りなおじさんだった。
全く話を聞く素振りもなかったのに、俺の方を見た途端に態度が変わる。この反応はたぶん、俺がスペンサーだと知っているんだろうな。
「えーその。私がここの冒険者ギルド、ローザ支部の支部長。ルイスだ。それで?要件は何かな?」
「彼等はドブン平原の生き残りです。怪しい人を見かけたと」
生き残り?
「なるほど。あー、うむ。それは話を聞かねばなるまいな。リズ、ご苦労」
ルイスさんはチラチラと俺の方に目線を向けながら、どう接するかを考えているのだろうと思った。
「ドブン平原で一体何があったんすか?」
そこで空気を読まずに質問したのはフェイドだ。よくやった。俺もそれが知りたい。
「まずは何があったのか教えてください」
俺も援護射撃する。
フェイドに対して何か言おうとしたルイスさんが、俺の言葉で首を掴まれた鶏みたいに言葉を飲み込んだ。
そして一度唇を湿らせてから、改めて言葉を発した。
「今日、ドブン平原で活動していた冒険者達が殺されると言う事件があった。今わかっているだけで六パーティ。二十人近い冒険者が死亡した」




