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第三十四話 魔具

「おはようございます、シュウ様?」


気持ちの良い朝だった。

窓からは朝日が柔らかく射し込んでいるが、室温は低い。本格的に冬が到来し、非常に朝が辛い時期になってきた。


「おはようございます。シュウ様」


柔らかく心地よい声が耳を打つ。

そんな優しい声で言われると余計に起きれない気すらする。


「うぅん。もうちょっと寝かせて…」


「ダメです。シュウ様ご自身の命令ですから。それでも起きないとおっしゃるなら、私も寒いのでお布団に入れてもらいます」


「はい、起きたー」


すぐさまガバッと起きるが、サラは本当に布団に入ってこようとしていたから困る。なにが困るか。何だろう?いや、何かは絶対に困る。


王都から帰ってきて、五日。

とりあえず俺が召し上げられることもなく、レイ・サイフォスのおかげでニーナの治療の目処が立った当家は、以前と比べて多少落ち着きを取り戻した様な生活を送っていた。


そしてなんと月光草に関しては、王様からも一本だけ分けてもらえた。王女を救出した際の追加報酬と言う名目で。

それによりニーナには更に半年間の余裕が出来たわけだ。


俺は手早く着替えを済ませると、朝食を食べに広間に行く。お屋敷と言うのは、とにかく寒い。無駄に広いもんだから廊下なんてほぼ外気温と一緒だ。


「"暖房(ヒーター)"」


そんな時はこの魔法。こんな魔法を考えてる時間があるならもっと他にする事あるだろ!と思わなくもないが、こんな魔法から凄い魔法を思いつく事だってあるかも知れないじゃないか。


「シュウ様の近くは暖かいです。もっとくっついてもいいですか?」


「三メートル範囲内なら温度は均一のはずだよ」


「え?本当ですか?ためし」


「試さなくて良いよ」


朝食の席に着くと、父様とクリス兄さんが既に食べ終える所だった。


「おはようございます」


挨拶をした所で、朝食が運ばれてくる。

パンを少しつまんだ所で、もう食べ終わっているクリス兄さんから話しかけられた。


「シュウは今日も森に行くのかい?」


クリス兄さんは、最近はもう森に行っていない。

Sランク冒険者のレイ・サイフォスが月光草を持ってきてくれるというのだから、俺達が足掻(あが)いた所で意味は薄いだろうとの事で、クリス兄さんは勉学に専念する様に父様が話したのだ。


俺?俺には父様は何も言ってこない。

逆にそれが少し怖い気もするけど、父様も僕への扱いを決めかねているのかも知れない、と思っている。


「うーん、そうですね。確かEランク冒険者の昇格試験が受けられると思うので、他のクエスト何個かと合わせて受けてみようかと」


「普通、認定クエストはそれだけに集中するものだと思うんだけど…」


「シュウ、それなら街の鍛冶屋で剣でも買っていけ」


突然に会話に入ってきたのは父様。

手元の書類から目線を外す事なく、そんな事を言ってきた。

剣?何で剣なんだろう?もうそこそこの奴を貰ってるけど。


「今のもまだ十分使えますが…」


「ガルシア王から賜った五千万ギル。あれはお前が貰ったものだ。どうせ全て受け取れと言っても受け取らんのだろう?それなら多少は使え」


えー、なんだか気が進まないなぁ。

初期から大金使って装備整えるのって外道って感じするよね。確かにこちとら期限(リミット)付きな訳で、手段を選んでる場合じゃないのも確かだけど。


「良い装備は危険(リスク)軽減に繋がる。さらには効率(・・)も上がる」


ピクッ…。


効率(・・)………だと!?


その二文字に不覚にも身体が反応してしまう。それは俺みたいな人種にとって決して無視できない言葉…。確かに。全ては効率。物事には矜持を棄ててでも優先すべき物がある。それこそが効率!ぐうう。父様、流石ですね。


「では、有り難く使わせていただきます」


「あぁ、代金はスペンサー家に請求する様に言っておけ」


よーし、それなら鍛冶屋のゲルハルトの所に行ってから冒険者ギルドの流れだな。楽しくなってきた。









「おーい、ゲルハルト。剣を作ってくれー」


飾りっ気のない扉を抜けると、相変わらず人気のない店内。店主のゲルハルトはと言うと、カウンターに両脚を乗せてタバコをふかしている。


「シュウ様…!ゲルハルトさんは気難しいって有名なんですから…」


今日は第二騎士団副隊長、隊のムードメーカー、アニーが一緒だ。

未だに森には一人で行かせて貰えないので、ソニアか騎士団の誰かがついてくる。ほとんどソニアだけどね。ソニアは今日はクリス兄さんの魔法訓練の日だ。


「おー!坊主じゃねぇか!久しぶりだなぁ!?王都に行ってたらしいじゃねぇか!?」


やって来たのが俺だと分かると、ゲルハルトは破顔して手を挙げた。


「おうっふ、何で知ってんの?一応内密のはずだけど」


「バカおめぇ、こんな小せぇ街で内密もクソもあるかよ!ついに我がスペンサー子爵様が伯爵になるんじゃねぇかって街中持ちきりよ!」


当たってやがる。


「な、なんでそんな噂が立ってるの?」


「ここから東にあるレビーの街を統治するメンドル男爵がもういい歳だ。死んで混乱する前にスペンサー家を伯爵にしてそこもまとめて任せようって話らしいぜぇ」


ほぼ当たってやがる。

ガルシア王もたしかそんな事を言ってた。

ちなみに我が国では男爵は世襲ではない。一代貴族と言う扱いだ。なのでメンドル男爵がまだ元気なうちに領地の引き継ぎを、と言う事らしい。


「へ、へぇー。初耳だなぁ」


「まぁそんな事はいい。いずれ分かる。今日は何を作って欲しいんだ?ん?この前の指輪(・・)を使った悪巧みは上手くいったのか?え?」


あ、あの指輪すっかり忘れてたわ…。

指輪?ん?あ、そうだ!


「ゲルハルト、今日はね。剣を売って欲しいんだ!しかも魔具(・・)のね!」


魔具…!ついに俺も魔具デビューだ!

今までは総魔力量に不安があったから特に欲しい物ではなかったけど、今の俺の総魔力量は750近い。

普段から魔具を使っているサルヴァトーレで総魔力量が500程らしいから、多分大丈夫だ。何で知ってるかと言うと、(おだ)てて聞いたら教えてくれた。



「おぉ。いいぞ。だが気まぐれで作るにはちと高ぇぞ?」


「大丈夫だよ。自分で稼いだお金があるからね」


「おいおい大丈夫かぁ?必要魔力値はどれくらいにする?それで値段がピンキリだ」


「そうだね。まず作るのにどれくらい時間がかかる?それによるんだよね」


「あ?必要魔力値ってのはつまりは持ってる魔力の多さの事だぜ。そんなに短期間でコロコロ変わりゃしねぇよ。作る期間はそうだな、ひと月ってとこだ。よっぽどの代物じゃねぇ限りな」


ゲルハルトの言う通り、その魔具を使いこなせるかの指標は一般的には必要魔力値と言われるもので測られる。ステータス画面で言うところの魔力の項目、俺が総魔力量と呼んでる値と必要魔力値を比べるのだ。


魔具は、常に一定量の魔力を消費する。必要魔力値と言うのは"その魔具を一時間使い続けるのに必要なだいたいの総魔力量"の事。


つまり俺の総魔力量は750くらいだから、魔具の必要魔力値が750までの物であれば、だいたい一時間くらいは連続して使用できる。と言う目安。


細かい事を言えば、魔具使用による秒あたりの魔力消費量が総魔力量の何%かと言う話になり、その数値が大きくなると魔具を使えても魔力を吸い取られる反動で動けなくなったりする。


まぁなんにせよ、持っている魔力が必要魔力値に届いていれば、その魔具は適正、と言う事だね。


「それなら必要魔力値が500くらいの剣だと、おいくら万ギル?」


「おーおー。それはまた大きく出たな。どこぞやの騎士団長様と同じ必要魔力値だぜ?剣の素材自体が安物でも三百万ギルはかかるなぁ。そこそこの物を使って五百万ギルってとこか」


うーん。やっぱりそれくらいはかかるか…。

できたら二百万くらいで作れたらよかったんだけど。

レイ・サイフォスが本当に月光草を持ってこれるのか分からないから、今あまり散財するのは得策ではない。


「必要魔力値300だったらどう?」


「それなら二百五十万ってとこだな」


「じゃあそれでお願い」


「それなら裏に一本あるぞ。見るか?」


「え!?やったぁ!」


ゲルハルトが店の奥に入って行ったのをワクワクしながら見送る。まさかちょうどあるなんて夢にも思わなかった。


ソワソワしながら待っていると、ゲルハルトは鞘に入ったままのその剣をゴトリとカウンターに置いた。


「抜いてみろ」


俺は剣を持ち上げると、鞘からゆっくりと抜いてみる。

しゃらん、と小気味良い音を立てて現れたのは薄く青みがかった銀色の刃。めっちゃ綺麗だ。


「素材は藍魔鉄(あいまてつ)だ。ミスリル程ではないが、魔力との親和性は高い。持った時の身体の感じはどうだ?」


「うん、大丈夫そう」


いつも魔法で小さい球を作っている時くらいの魔力消費を感じる。これぐらいなら全然大丈夫だ。必要魔力値の半分以下だから、まぁそんなもんだろう。


「とりあえず代金は五十万だけ今払うよ。あとはスペンサー家に請求しといてくれる?」


俺は鞄から五十万ギルを取り出してカウンターに出す。こんな事もあろうかとクエストの報酬で貯まったお金を持ってきていた。多少は自腹でも出さないとね。


「わざわざ屋敷まで行くのが面倒だな。次来る時に持ってきてくれ」


「ゲルハルトがそれでいいなら。明日にでも持ってくるよ。それじゃ!ありがとう!」



そこから俺はアニーを連れて冒険者ギルドに行き、Eランク昇格試験を合わせた四つのクエストを受けた。


Eランク昇格試験の内容はコボルト五体の討伐。そしてそれ以外にゴブリン五体、角兎五体、おまけにリンガハーブの採取十本だ。


試験以外は全てソロ用Fランクの依頼。

ほとんどが森の入り口でちゃちゃっと片付くものばかりなので、新しい剣の試し斬りには良いだろう。



馬車に乗り森へ着く頃にはもうお昼頃になっていた。


「シュウ様ぁ、お腹すきましたよー…」


アニーが腹の虫と一緒に情けない声を出すが、こちとら新しいおもちゃを手に入れた子供みたいなもんだ。あれ?そのままか。俺まだ四歳だったわ。


「さぁ!ちゃちゃっとリンガハーブ探しながらゴブリンと角兎とコボルトやっちゃうぞー!」


「もー…。お屋敷の警備がよかったよー…」


俺はアニーを無視してミニマップに映った敵にずんずんと近づいていく。


いたのはゴブリン。まだ森の端っこも端っこだからか、一体だけ。

早速俺は魔具の剣を抜く。このしゃらんと言う音があーたまらん。アドレナリンが出過ぎて無茶をしてしまう危険性すらある。

それにしても魔具の剣って言いにくいな。魔剣、は意味が違ってくるし…。なんか"(めい)"とかつけてくれないかな?自分で名前をつけるのは流石にちょっと…。


そんな取り止めもない事を考えていたらゴブリンが近づいて来た。


素手でこちらに襲いかかってくるゴブリンに向かって、慌てずに袈裟斬り一閃。


「え?」


驚いたのも仕方ない。青く輝く刃は、"物を斬る"という手応えを全く手に感じさせ無いままに、地面まで振り下ろされた。


大地まで斬り裂いてめり込んでるし、なんならそれすらも僅かな感触しかなかったのだ。


そして話に聞いていた通り、剣には一切の血糊(ちのり)は付着していない。当然、刃こぼれもない。


「魔具って、すげぇ。でもちょっと斬れ過ぎてこえぇ…」


「シュウ様…?それ、無闇に振り回さないで下さいね?」


「分かってるよ。さ、じゃんじゃん行こう」


そこからいつも通り、魔物を虱潰(しらみつぶ)しに倒しながら、クエストを全て達成し、晴れてEランク冒険者となったのだった。

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