第三十二話 ネウス・ガルシア王.
その翌日は、気持ちの良い朝だった。
昨日あれだけ楽しいクエストを完璧に遂行した翌日というのは、達成感がある。
完璧は言い過ぎかな?見張りに気づかれちゃったし。でもとにかく、クエストはクリアした。あの女の子も無事だったみたいだし、一件落着だ。
父様に怒られる事もなかったし。こそっとベッドに戻った時に、父様からため息が聞こえたのもきっと気のせいだったんだ。
そして昨日のクエスト完了と同時にレベルも上がっていた。
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名前:シュウ・スペンサー
種族:ヒト
職業:ゲーマーLv2
Lv:9
体力:44 → 52
魔力:235 → 740
筋力:29 → 35
知力:117 → 125
防御:26 → 31
魔法防御:102 → 108
スキル:【クエスト管理】 【マップ表示】 【スキルクエスト】
【剣術Lv3】 【投擲術Lv1】
【魔力操作Lv5】up! 【火魔法Lv5】up! 【水魔法Lv3】 【風魔法Lv5】up! 【地魔法Lv5】up! 【光魔法Lv3】 【魔力最大量増加Lv2】up! 【魔力回復促進Lv2】up! 【魔力消費軽減Lv2】up!
【気配察知Lv4】 【スタミナLv4】up! 【逃げ足Lv1】 【夜目Lv1】 【隠蔽】 【指笛】 【演技Lv1】
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身体的なステータスも、順調に上がっていっている。
魔力以外の数値に関しては、全く戦闘やレベル上げもしていない一般男性で50前後らしい。だから今で言うとだいたい高校生か大学生の身体能力くらいはあるだろう。
「それでは父様。今日の予定は特にないのですか?」
「あぁ、そうなるな」
「それでは、僕に剣術を指導していただけないでしょうか?」
王様から謁見の日取りが連絡あるまでは暇なのだ。
その時間を寝て過ごすつもりはない。まとまった時間がないと出来ないレベル上げをする。
【剣術Lv3】の次のスキルクエストは"剣類で斬りつける。156/3000回"だ。
父様は昔Bランクだったと言う噂もあるし、レイ・サイフォスの弟子だったんだから、剣技は相当の物だろう。指導を受けて損はないはずだ。
俺の申し出に、父様はかなり驚いた顔をした。
「シュウは魔法の方に興味があったのではないのか?」
「え?いや、剣術も嗜んでおきたいとは思ってます。僕の目指すのは、"そこそこ剣が出来る魔法使い"ですからね」
「フッ、なんだそれは。まぁいい。この宿の裏手には広い庭がある。ジェームズ、木剣の用意を頼む。三十分後に来い」
父様は珍しく少しだけ笑うと、俺の申し出を受けてくれた。
*
三十分後に庭に行くと父様は既に来ていて、感触を確かめる様に木剣を振っていた。
「父様が元Bランク冒険者と言う噂は本当ですか?」
俺も木剣を拾い上げながら尋ねる。すると父様は素振りを止めて剣を真正面に構えた。
「さあな。ただ、手加減は要らないぞ」
父様と剣を交えるのは初めてだった。
俺が今まで戦った中で一番強い人はサルヴァトーレだ。ヴァトには未だに手も足も出ない。
「胸をお借りします」
言うが早いか素早く距離を詰めると、まずは袈裟。負けじと左薙。そして突き。全て止められる。
「うっ!?」
間髪入れず、父様から同様の三連撃。お返しと言わんばかりに俺と全く同じ流れ。
俺はギリギリで全て受けるが、後ろにたたらを踏んでしまう。
「よく受けたな。修練をしっかりと積んでいる様だ。ちなみに回復魔法が使えるんだったな?それなら遠慮は要らんな」
背筋の悪寒に従って素早く構え直すと、今度は父様の方から距離を詰めて来た。
速い。そして動きが流麗だ。
余分な動きが少なく、まさに実践向きに洗練された剣。これがレイ・サイフォスから学んだと言う剣なのか。
受けるのが精一杯で、反撃の隙なんてあったもんじゃない。そしてそれは当然、父様の本気なわけがなく、どんどんと加速していく。
「ぐふうっ!」
そしてついに、まともに一発貰った。
左の脇腹。なんだか、骨から嫌な音がした様な気がする。
「大丈夫か…?」
「は、はい。少しヒールをかけます」
少しだけ、"やっちまった"と言う表情を隠しきれない父様。ヒールを掛け終わると、今度はこちらも本気で行くことにする。
「"超人化"」
筋力50%上昇、10分間。
さらに、
「"疾走"」
これは移動速度上昇50%、10分間。
さぁ、少しでもびっくりさせてやるぞ…。
「ふっ!」
俺が先程よりも速く動いた事で、父様の目が見開かれる。初手は先程と同じ袈裟斬り。これも防がれるが、剣の重さに驚いているみたいだ。次はまたしてもさっきと同じ左薙。そして最後、突きの構えから一回転しての右薙…!
思いっきり振り切った一太刀は、あと少しと言う所でガードされるが、父様を一歩だけ動かす事に成功する。
「魔法で身体能力を補ったか」
「はい、十分間しか持ちません。なのでどんどん行きます!」
「父様…!」
おっ…?とっとっと…。
今のは俺ではない。声のした方を振り向くと、そこにクリス兄さんそっくりの青年が立っていた。
「もしかして…、ウィリアム兄様ですか?」
「そう言う君はシュウだね?わぁお、まだ四歳だったよね?今の身のこなし、見てたよ。見事だった。もしかしたら僕とも良い勝負が出来るかもしれない」
「そんな…それは言い過ぎです」
「ウィル、久しぶりだな。元気そうだな」
「はい、父様も変わらずお元気そうで!」
ウィリアム兄様は十五歳。クリス兄さんが七歳だから、結構歳の離れた長兄になる。スラッとした身長はもう170はあるんじゃないだろうか。
しかも、どっからどう見てもイケメンだ。あぁ、俺も大きくなったらこうなりたい…。スペンサーの血よ頑張ってくれ、と心の中で願わずにはいられない。
「今回王都に来られると聞いて、楽しみにしておりました。他の皆は一緒ではないのですか?」
きょろきょろと見回すウィリアム兄様、ごめんね。訳あって今回は俺しかいないんだ…。会いたかったよね、母様とかニーナとか。あ、でも、ニーナはどっちにしろ長旅は無理か。ってなると母様も結局無理だったか。
「あぁ、実は王宮に用があってな。今回はシュウだけだ」
「そうでしたか。長旅、お疲れ様でした。
それにしても、シュウはクリスの小さい時にそっくりだね。一目見て、クリスが小さくなったのかと思ったよ」
「そうですか?僕はウィリアム兄様にお会いして、クリス兄さんが急に大きくなったのかと思いました」
そんなこんなで話をしているうちに、身体から魔法の効果が抜けてしまった。まだ父様から全然指導を受けれていないが、父様もウィリアム兄様に会えて嬉しそうなのでこのまま終わろう。
あと一週間もあるんだしね。
そんな悠長な事を考えていた時が、僕にもありました。
「ご当主様…!急ぎ、お耳に入れたいことが…!」
ずいぶんと慌ててやって来たのはジェームズさんだ。
こんなに慌てているジェームズさんを初めて見たかもしれない。
父様に走り寄って何かを耳打ちすると、父様の顔色が急に変わった。
まさか、領地で何かあったのか。もしかしてニーナ…?クリス兄さんや母様に何か?
「シュウ急いで支度しろ。王に会いに行く」
「え?もしかして王宮から呼び出しがあったんですか?」
「そうだ。急に王が今から会うと言ってきたらしい」
良かった。ニーナの事じゃなくて…。
ほっと胸を撫で下ろす暇もなく、俺達は転がる様に着替えを済ませ、馬車に乗り込んだのだった。
*
「失礼致します!」
荘厳な両開きの扉の前で、声を張り上げたのは父様。
そんな父様の声を聞いたことがなかったので、緊張がぐっと一段階増す。使用人によって扉が開かれると、父様の後について中に入る。
「うわぁ…」
思わず見惚れてしまうほどに豪華な広間だった。天井まで彩飾が施してあって、これは見惚れないと逆に失礼ではなかろうか。
父様が向かう先には、まさしく王座。
王冠をつけた壮年の男性がどっしりと座っている。俺の脳内イメージではもっと太っていたのだが、実物は筋骨隆々だ。白髪に白い髭がめちゃくちゃカッコいい。
それ以外では、俺達が進む先を囲む様に家臣っぽい人達が三十人ほど並んでいる。
父様が跪いたので、俺もそれにならう。
「スペンサー子爵家、当主、アレックス・スペンサーでございます。こちらは三男のシュウ・スペンサーになります」
「お初にお目にかかります」
頭を下げたまま、俺も挨拶をする。
「アレックス・スペンサー、並びにシュウ・スペンサー、面を上げよ」
顔を上げると、バチっと王様と目が合う。その目つきは鋭いが、不思議と怖い印象はない。
「ネウス・ガルシアだ。シュウ・スペンサー。何歳だね?」
「四歳であります。あと三月ほどで五歳になります」
周りの家臣達がざわざわと騒ぎ始める。
父様は王に謁見するにあたって、前もって俺の事を伝えている筈だ。王を始めとして家臣達は疑い半分、興味半分ってところか。中にはどうせ親馬鹿だろうと半笑いの人もいる。
「ふむ。四歳にしてはしっかりしておるな。シュウ・スペンサー。水、風、地、光と、四属性の魔法を使えると言うのは真実か?」
俺は父様をチラッと見ると、父様は口を開いた。
「いえ、王。それは間違いでございました」
「そら見ろっ!」
「間違いで王の時間を取らせたと言うのか!」
「子爵ごときが!出しゃばるな!」
「爵位を剥奪してしまえ!」
家臣達がここぞとばかりに騒ぎ立てるが、ガルシア王が手を挙げて黙らせる。
「それなりの罰は覚悟できておるのだろうな?スペンサー子爵」
「いえ、王。そう言う意味ではございません。王都に来る途中の馬車で火魔法の教本を渡したところ、一時間ほどで火の魔法も使える様になりました。よって、シュウは火、水、風、地、光の五属性の魔法を使える、と言う事になります」
謁見の間が、嘘の様に静まり返る。
「シュウ・スペンサーよ、その話は正しいか?」
「はい、ガルシア王。許可が出ればすぐにでもご覧に入れます」
「では五属性全て、この場で使ってみせよ」
さぁ、どうなることやら…。
やりすぎば良くない。即戦力とみなされれば、すぐに召し上げられてしまうかも知れない。だから、あくまで子供の遊びを出ない範囲で。それでいて父様の報告が嘘にならない様に。
俺は立ち上がると、まず火の球を十個程、頭上に浮かべる。そしてその火の球を維持したまま、水の球を十個追加で浮かべる。そして更に土の球、風の球、最後に光の球を浮かべ、俺の頭上には合計五十個の魔法の球を作り出した。
俺が新しい属性を追加する度に、"おぉ!"とか"なんと!"と、良い合いの手を入れてくれる人もいた。
ただ、実はこれ、かなりキツイ。
五属性の球を別々に維持するのは、一属性で千個の球を出すよりしんどい。これも、魔法スキルのレベルが上がった事と、一番は【魔力操作Lv5】のおかげである。
俺はその魔法の球を互いにぶつからせる事なく頭上でくるくる回すと、手をポンッと叩いたタイミングで全て消した。
「以上でございます」
俺は深くお辞儀する。王の興味はますます強くなった様だ。
「アレックスの話では、新しい魔法を作り出せると聞いたが?それはどうだ?」
「はい。正確には、今ある魔法の魔法術式をベースに、魔法の威力や性質などを変える事が出来ます」
「そんな事は不可能だ!」
「どの魔法使いに聞いても、そんな事は出来ないと言っているぞ!」
またしても外野からの野次。
あぁ、ここに魔法が分かる人、誰かいないのか。呼んどいてくれよ。
「ガルシア陛下、よろしいでしょうか?」
そこで現れたのは、家臣達の更に後ろの方に立っていたっぽい人だ。濃い紫のローブを羽織っており、いかにもな魔法使い。
「宮廷筆頭魔術師、マシュー・クレイトン。発言を許す」
「シュウ・スペンサー君の言っている事は真実です。その証拠に、私は先程彼が使った魔法を見たことが有りません。彼の言葉が真実で無ければ、説明がつかない!
どうか陛下!是非、彼を我が魔術師団に迎え入れさせて下さい…!私達が育て上げて見せます!決して、他国に奪われる様な事だけはあってはなりません!」
「ご苦労、マシュー。下がって良い」
「ですが陛下!彼の価値は…!」
「クレイトン、下がれ」
ガルシア王の言葉は、重みがあった。
だが、助かった。王がその気なら、この場で魔術師団入りが決まってしまう所だった。
ガルシア王は隣に座っている女性に何か耳打ちする。あれはきっと奥さんだな。そしてその反対側に座っている女の子にも………。
あれ?今気付いたけど。
嘘でしょ。あの子。
昨日の女の子じゃん。




