第三十話 おイタはダメよ
ガタッゴトッ。ガタッゴトッ。
ガタタンッ。ゴツッ!!。
「いてっいでっ!だっ!」
ガタガタガタガタガタガタ。
「あだだだだだだだ」
「シュウうるさいぞ。少し静かにしなさい」
「いや、父様。だって僕、高速馬車に乗るのは初めてでっ!つーぅ舌噛んだ…」
俺は今、父様と執事のジェームズさんと馬車に乗っている。
高速馬車と呼ばれる物で、ローザの街から森に行くときに乗ってた様なチンタラした物じゃない。
体感で言うと40キロは出ている。
そして地面は不整路。車輪は木製。ゴム製のタイヤの恩恵を今になって感じていた。なんと引いているのも黒馬と言う魔物だ。この馬、早いだけでなく、強い。戦闘力もBランク程の実力が有ると言うのだから、そりゃ貴族御用達となるわけである。盗賊もこの馬を見たら逃げ出すらしい。
「くー。…ヒール」
噛んだ舌の傷を贅沢にも回復魔法で治すと、目の前に座る父様から白い目で見られた。
そういえば光魔法を父様の前で見せたのは初めてだったと思い出し、何か言われるかと身構えたが、父様からかけられた言葉は予想外なものだった。
「もし火魔法の教本を渡せば、火魔法が使える様になるか?」
「…え?まぁ。やってみないとなんとも言えませんが…」
唐突な質問の直後、父様は突然一冊の本をカバンから取り出して渡してきた。それはまさに、火魔法の教本だった。
「試してみろ」
「え?いいんですか?やったぁ!」
俺は教本を受け取ると、早速ぱらぱらと読み始めた。
火魔法はやはり攻撃力重視みたいだ。他よりも若干消費魔力も多く、その分、威力は高い。
俺は父様に怪しまれない程度の速度で教本をぱらぱらと流し読みする。父様は最初こそかじりつく様に読む俺を見ていたが、十分も経つと外へと視線を移した。
その隙にささーっと十回流し読みをしてしまう。
そして【火魔法Lv1】のスキルを獲得したのを確認して、指先に火を灯してみた。
おー。ちょっと黄色がかった赤色か。
ソニアが青色の炎だったからな。確か【魔力操作Lv5】って言ってたっけ?俺が今【魔力操作Lv2】だから、まぁまだまだって事だな。
俺が指の先に炎を灯しているのを見て、目の前で父様が頭を抱えて盛大にため息をついた。
あ、やべぇ。
慌てて火を消すが時既に遅し。
「………他の魔法もその速度で習得したのか?」
「まぁその…それなりですね………。と、ところで父様、これは一体どこに向かっているのですか?いい加減に教えて下さい。もうかれこれ数時間、家まで一人では帰れない所まで来てしまった訳ですし」
あからさまに話題を変えた俺を父様はじっとりとした目で見ていたが、これ以上は聞かない方が良いと判断したのか目的地を教えてくれた。
「王都だ」
「王都………?何の用事でしょうか?あぁ、まだ会ったことのない長兄のウィリアム兄さんに挨拶に?」
「それもあるが、最初に会いに行くのは、王だ」
「殴打?」
「殴打ではない、王だ」
「oh…?おう…?え………もしかして、王様ですか?」
「そうだ。その王だ。我等がガルシア王国、第十五代国王、ネウス・ガルシア王」
え?なにこれ。どういうこと?何でいきなり王様?いやいや、早いって。早すぎる。四歳で回ってくるイベントじゃ無い。
「お前はその魔法の才能を隠したがっていたが、いつまでも隠し通せる物では無い。貴族についてジェームズから習ったであろう。貴族は領地を守るために必要な以上の戦力を保持してはならんのだ。それを秘匿していた場合、反逆の嫌疑ありとして一族処刑される可能性もなくは無い。今となってはニーナの事よりよっぽど深刻だ。
ただ、お前はまだ四歳で、魔力の総量も多くない。全ての属性を使えて、かつ新しい魔法を生み出せるとしても、国を転覆させる程の強力な魔法を使えるわけでは無い。だからこそ、今のうちから報告しておくべきなのだ。お前は味方だと、王宮に知っておいてもらう必要がある」
「それで、僕の生活は変わったりしないのでしょうか…?」
「それは、分からん。私としてもクレアとしても、出来れば就学までは領地で面倒を見たいと思っている」
就学。ってことは王都の魔法学園に入学するのは決定事項か。本当ならそんな暇もないんだけどな。これは貴族の出自が裏目に出たか…?
《クエスト"ガルシア王に謁見し、王宮の魔術師団に召し上げられる"を受注しますか?》
うおぅ!?ヤバいヤバい!
召し上げられちゃう!?どうする!?
王宮の魔術師団…?いや、逆にこれは強くなるのに手っ取り早いのか?ただかなり目立つけど…。
その時だった。
頭の中に、一ヵ月ぶりとなる声が響いた。
"ダ…よ!そ…は……たい…ダメ!!!"
この声はロキ様だ。久しく聞いてなかったが、間違えようがない。
いやー。久しぶりじゃないですか。一ヵ月ぶりに顔を出したと思ったら何なんですか?音が途切れてますよ。電波悪いところにでもいるんですか?トンネルですか?それともエレベーター?
こっちは何回も話しかけたりしてたの知ってるでしょ。全然返事くれなかったくせに。
そんで急に出てきたと思ったらオカンみたいな事言うんですかー?
………あれ?
ロキ様………?おーい………。
あ、これもしかしてなんかヤバい?音声も途切れ途切れだったけど、それを承知でダメって事だけ伝えてきたのか?ダメって言うのは十中八九、魔術師団の事だよな?
うーん。クエスト報酬は惜しいけど、さすがに無謀か。キャンセルしよう。
《クエスト"ガルシア王に謁見し、王宮の魔術師団に召し上げられる"を破棄しました》
「ありがとうございます父様。僕もまだローザの街で過ごしたいです」
これでいい。これで良かったんだ。
初めてクエストを破棄した。もったいないけど仕方ない。
「あぁ、それを聞けて安心した。実はレイ先生と会って取引した。お前を王宮に差し出さない代わりに、レイ先生が月光草をニーナの完治に必要な分、採集してきてくれる事になっている」
「え!?あのおっさ…レイ・サイフォス殿が!?と言う事は、ニーナの命は救われると言う事ですか!?」
「あぁ。だが相手は"自然"だ。先生と言えど絶対は無い。もちろん他にも予防策は取る。しかし、レイ先生はできない事は言わない人だ。その点は信用していい」
《クエスト"ガルシア王に謁見し、今後もスペンサー領地で生活する許可をとる"を受注しますか?》
………。
おいおいおい。まさか。
"クエスト"には、"ルート"が存在する?
このクエストは、先ほどの魔術師団に入るクエストを受けた場合は、発生しなかったはずだ。
つまり、俺がクエストを断ったから、違うルートがクエストとして提示された。
もしかしたら、今まで普通に受けていたクエストも、受けなかった場合には違うクエストが発生していた可能性がある。
これは今後気をつけないといけない。
破棄した場合にも違う条件のクエストが出てくるのであれば、納得できない内容のクエストを無理に受ける必要はなくなる。出てこない可能性もあるが。
とにかく、今回のこれは受注だ。
俺の意思に沿っている。
「分かりました。それなら僕も、スペンサー領で暮らしたいと主張します。父様に何か策はありますか?」
「あるにはある」
さすが父様、頼りになるなぁ。
「ところで父様。王都まではあと何時間かかるの?」
「あと二日だ」
*
ガルシア王国は大陸の中で南に位置する国だ。国のほぼ中央に王都ガルア。
ローザの街はそこから東に高速馬車で二日半の距離。東隣にあるドーレと言う国の国境までの中間に位置する。
「あれが王都ですか!?すごい!ローザの何倍あるんでしょう!?」
「そうだな。人口は十倍以上だ。土地もそれに比例して広い」
その二日半の馬車の長旅もようやく終わりを告げ、父様と俺は王都に到着した。遠目からでもその巨大さが分かる街に、俺も興奮を抑えきれない。
興奮しない訳がない。
何といっても、二日半は長かった…!しかも同乗者は堅物の父様とジェームズさん。二日半のパートナーに俺が最も選ばないだろう二人だ。
しかしその道中の長さと気まずさは、皮肉にも魔法の練習をするのには最適だった。おかげで【魔力操作Lv5】【火魔法Lv5】【風魔法Lv5】【地魔法Lv5】まで上がった。
短期間でこれだけスキル上げができたのは、魔力総量と魔力回復速度が増加した事が大きい。
Lv5までの魔法スキル上げは、とにかく数をこなす必要
があるが、魔力消費を極限まで落として魔法を使うと、魔力消費を魔力回復速度が上回るのだ。
だから、俺の精神的なスタミナが切れない限り、永遠と"ちびちびとした"魔法を使い続けられるのである。
ただ、そんな荒技が通じるのもLv5まで。
各魔法スキルがLv6になるためのスキルクエストは、"◯魔法のみでDランクの魔物を倒す。0/500匹"である。
ここからはちゃんと時間をかけて数をこなしていかなければならないらしい。揚げ足を取る様なマネは出来ない。
そろそろ、どの属性を伸ばしていくかも考えないとな。今使ってるのは風魔法のウインドカッターと地魔法のオーバーパワーばっかりだけど、火魔法も習得できた事だし、魔法のレパートリー自体も増やしておきたい。
でもあんまり色々と一気に詰め込むと戦闘場面でポカしそうだし、あー悩む。そしてまだまだやる事が多い。
「シュウ。ほら、街に入るぞ」
おっと、考え事ばかりもしてられない。
ここで王様に謁見して、スペンサー領に帰るために王様を説得しなければならないかもしれないのだ。前途多難とはまさにこの事。
王都の周囲はやはり強固な壁に覆われており、これから通る東門もかなり頑丈そうだ。ついでに中に入る者や物資を検閲する門兵も屈強そうだった。
王都の中に入るとまず驚くのは、ローザと比べて三倍以上の広さの大通り。
前世の道路幅で言えば六車線はあるだろう。いや、もっとかな。
そしてそれが真っ直ぐ伸びた先には、王城と思われる巨大な建物。いつかテレビで見たヨーロッパの城を思い出す。まだかなり距離がありそうだが、その巨大さと荘厳さで嫌でも目に入る。
「まさか、これからいきなり王様と謁見とかないですよね?さすがにアポ的な物を取ってからですもんね?」
「そうだ。とりあえず到着した旨の使者を遣わせる。それから王の都合をつけるのに少なくとも一週間程は待機することになるだろう。とりあえず我々は宿へと向かう」
あぁ、よかった。
さすがにまだ心の準備もできてないしね。
それなら今は王都の街並みを楽しむとしますか。
「やっぱり王都は違いますね。人の多さもそうですが、商売の活気が違う気がします」
「そうだな。やはり商人達も、王都には一旗揚げようと意気込んでくる。うちの領地にもなんとかこの活気を呼び込めないものか。ただ、それにしても、今日は衛兵が何やら騒がしいな…」
何気なく外を眺めていると、なんとなく行き交う人々の服装や表情にも目が行く。
「なんというか…、上品というか小綺麗な服装の女性が多いですね?」
「その辺りは私には分からん。だが王都はその点でも流行の最先端らしい、とクレアが言っていた」
まぁそうだよねぇ。
大都市から広まっていくもんだよねぇ。
何気なしに見ていると、ある少女と目が合った。俺より少し年上くらいの女の子。十歳くらいだろうか。親などは見当たらず、一人みたいだ。
俺と目が合うや否や、すぐに目を逸らされ、逃げる様に路地裏に入って行った。
今の逸らされ方は少し傷つくな…。
にしてもあれくらいの子供が一人で歩いていても安全な街なんだな。ガルシア王、やるじゃないか。
《クエスト"不審な女の子を追いかけ、保護する"を受注しますか?》
とか思ってたのに、全然安全そうじゃない。
保護するってことは、何かに巻き込まれる可能性があるのか?
何にせよ、クエストを逃す訳にはいかない。ただ、問題は父様だよなぁ。行かせてくれないよなぁ。
「父様?僕達の泊まる宿ってどこですか?やはり貴族御用達の所なのでしょうか?」
「あぁ、今回はシュウと私の二人だからな。少し奮発して"龍宮亭"に泊まる事にした。貴族御用達の所でおい待て、どこに行くつもりだ?」
「え…。その、少し観光に…」
宿の名前を聞いた直後に馬車から飛び降りようとした所を、襟首を掴んで捕まえられた。
ダメ元だったけど、さすがに父様からは逃げきれないか…。
「正直に言え」
怖っ…!父様怖いって!
四歳児に向ける顔じゃないでしょ!
「えぇ…っと。実は、女の子に声を掛けに…?」
睨み合う事、三十秒。
「二時間で宿まで帰ってこい」
「え?いいんですか?」
「早く行け。おイタはするなよ」
そうして俺は、今度は突き飛ばされる様に、馬車から追い出されたのだった。




