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第二十九話 アレックスの憂鬱

アレックス・スペンサーは馬車で冒険者ギルドに向かっていた。冒険者ギルドに行くのなど、いつぶりだろうか。憂鬱な様な、懐かしい様な、複雑な心境だった。


「父様!レイ・サイフォス殿とはどの様な関係だったのですか?」


次男のクリスが屈託のない笑顔で聞いてくる。それに私はどう答えようか迷った。しかし隠す意味もない。レイ先生との挨拶に同席するわけなので、いずれどう言う関係かは分かるだろう。


「レイ・サイフォス殿、いや、レイ先生は、私の剣の師だ」


「まさか!では父様はあのレイ・サイフォス殿の弟子という事なのですか!?」


クリスの私を見る顔に、尊敬が混じっている。悪くない。

シュウにもこれくらいのあどけなさがあれば…。


いやはや、サルヴァトーレの報告を聞いた時は我が耳を疑った。まさかあのレイ先生が、私の治める街に隠居していようとは。聞けば浮浪者の様な格好で、身を隠す様に生活していたとか。


一番の不思議はシュウが何故気付いたのかという事だ。まさか顔を知っている訳はないのだが。では何で気付いた?剣はまだまだ未熟だ。四歳児にしては突出しているが、隠している他人の実力を見抜くほどではない。

それなら何かしらのスキル?

やはり早めに【鑑定】を受けさせるか。


いやしかし…"アレ"がな………。


アレと言うのは、シュウの魔法についての報告だ。

サルヴァトーレの話では、土を盛り上げるはずの魔法を創り変え(・・・・)、逆に落とし穴を作り出せるとか。さらには一週間で土と風の魔法を習得したとか。


本当であればシュウは天才だ。いや天才どころの話ではない。魔法の始祖である伝説の存在にすら匹敵する。


ニーナの事で当家の状況はかなり厳しい。

しかしシュウの件は実際それ以上に危険な案件だ。今挙げた内容が全てだとして、これを把握していながら王宮に報告していないという事実。これだけで反逆罪とみなされ一族郎党に至るまで処刑されても不思議ではない。


あの王に限ってそこまでの沙汰は無いだろうが、王一人が王宮全ての実権を握っている訳ではない。やはり早い内に王の耳にだけでも入れておくべきか。


しかしそうなると、シュウはどうなる?国に召し上げられる可能性が高い。まだ四歳だ。王宮では不自由のない暮らしが待っているだろうが、親元や兄弟から引き離され、シュウの人生は幸せな物になるのだろうか?


ここ最近は子供達のことで頭を悩ませることが多い。

大半の貴族の様にシュウの事を喜んで献上できたらなんと楽だろうか。褒美として国にニーナの治療をしてもらえたら万事解決なのだろうか。


しかしニーナの事にしてもシュウの事にしても、いつかは明るみに出る。特にシュウの事は一族全員の首がかかっている。やはり報告するしか。


「あなた…?あなた?もう着きましたよ?」


「ん?あ、あぁ。すまない。考え事をしていた。行こう」



クリスとクレア、それから護衛の騎士数人を連れて冒険者ギルドに入ると、ざわざわとした騒ぎが静まり返る。


「クリス、キョロキョロするな」


他には目もくれず真っ直ぐに受付に向かうと、受付嬢に小声で部屋を一つ貸して欲しい旨を伝え、こそっとギルドの隅にいるレイ・サイフォスを連れてきてもらう様に頼んだ。

驚く様子もなかったため、ギルド側は把握していた様だ。


「スペンサー子爵様、こちらへどうぞ」


わざわざギルドマスターが出てきて、建物の奥へと通され、応接室と思われる部屋に案内された。ギルドマスターも同席したがったが、丁重に退室してもらう。


そして十分ほどしてから、(くだん)の人物が部屋に入ってくる。


「めんどくせぇ、やっぱりおめぇかよ」


「ご無沙汰してます、レイ先生」

「お久しぶりでございます」


横でクレアとクリスも立ち上がり頭を下げる。

クリスの英雄を見る様な顔は、扉が開いた直後に、水で流した様に溶けて無くなっていた。


「よぅクレア、相変わらず良い女だな」


レイ先生はクレアに適当に言葉を投げると、ソファにどかっと腰を下ろす。


「父様…!この人がかの有名な"魔剣豪"ですか?ソロにして唯一、天位竜と互角に渡り合ったという伝説を残している?」


隣でクリスがこそこそと聞いてくるが、この人は耳が信じられないくらい良いから全部はっきり聞こえているはずだ。


「おい坊主、"魔剣豪"に憧れてたか?良いぜ、今日からその称号お前にやるよ。好きに名乗んな。

にしても坊主、シュウの兄貴だな?やけに、その、なんて言うか…"まとも"だな?」


その発言に驚いたのは私だけではなかった。隣にいたクレアもだ。

この人が、まだ会って間もない人の名前を覚えてるなんて。

サルヴァトーレが仕事をサボったくらいの衝撃だ。


「弟の事を悪く言うのはやめて下さい」


「おぅ怖ぇ怖ぇ」


「レイ先生、子供をからかうのはやめて下さい。シュウも含めてです」


私の反論に、レイ先生の目が細められる。


「おめぇ、あのガキは一体何だ?」


その言いぐさに、ついにキレたのはクレアだ。レイ先生に掴みかかる勢いで抗議した。


「人の子供を化け物か何かの様に言うのはやめて下さい!シュウは正真正銘、私とアレックスの子です!」


「めんどくせぇ。そこは疑ってねぇよ。あんなにおめぇらに瓜二つな他人の子がいてたまるか。どう言う教育してるんだって聞いてんだよ。どこの世界にヒールやらキュアやらをほいほい使える四歳児がいるんだよ」


その言葉に私はまたしても頭を抱える思いだった。ヒールやキュアは光魔法か…。つまり…。


「弟は光魔法だけじゃなくて地魔法と風魔法も使えますよ。水魔法は緊急用に飲み水が出せる程度って言ってました」


「つまり、うちの屋敷にある魔法教本の中で、私が禁止した火魔法以外の全てを使えると言う事か…。クリス、それ以上は何も言うな。聞きたくない」


これはもう無理だ。全属性の魔法が使える可能性があるとなると、やはり王宮に報告するしかない。


「なんだぁ?もっと喜べよ。我が家から神の子が産まれたってなぁ?王に献上してうまくいけば侯爵辺りに陞爵(しょうしゃく)だな?」


素直に喜べたらどんなにいいか。レイ先生もその辺りの私の気苦労をわかってイジってきている。


「それは追々(おいおい)考えます。ところで先生は何故その世捨て人の様な格好を?その姿では、長年ともに過ごした私達ですら気付けるか怪しい」


レイ先生は話題が自分の事になったのが、すこぶる嫌そうだった。


「めんどくせぇからだよ。めんどくせぇ事だらけだ。酒以外は全てめんどくせぇ。もうおもしれぇ事も何にもねぇ。つまんねぇ世の中だ」


「はぁ。そんな事だろうと思いましたよ」

「先生は相変わらずですね」


全ては己の興味次第。それが全て。極端な人である。

さて、今日の本題に入ろう。心の中で、どうか、と祈りながら私はそれを口にした。


「先生。今日は、先生に尋ねたいことがあって来ました。私達を助けると思って、どうか月光草について知っている事を教えていただけないでしょうか…」


座ったままの体勢で九十度まで頭を下げる。

どうか、神様、お願い致します…。


シュウとクリスには言っていないが、月光草をオークションで金を積んで手に入れる方法はすでに絶望的だった。オークションには参加できたが、出品される事すらほぼないと言う事と、その理由により希少性が高く、とても手を出せる値段ではない。屋敷を売り払ってようやく一本と言う所である。



「月光草。つまりそう言うことか。ったく、シュウの野郎。アレはそう言う意味かよ」


「シュウ…?」


何故シュウの名前が出てきたのかこちら側の三人が困惑していると、つい先程シュウが理由も言わずに頭を下げていったと教えてもらった。

まったくあいつは。本当に子供らしくない。


「小さい娘がいるってなぁ?何歳だ?」


「まだ三歳です。ソニア殿の話だと、一年で起き上がれなくなり、そこからは半年も持たないだろう、と。」


「…ソニア?あの"冷酷魔女"ソニアか?」


「はい。この町で錬金術屋をやっておりまして、今はこの子達の魔法の教師、兼シュウの付き人の様な立ち位置で雇っています」


その事実に、レイ先生は今日一番の驚いた顔を見せた。

ソニア殿は魔法界隈でその名を知らぬ物はいない程の実力者。レイ先生とももちろん面識はある。犬猿の仲とレイ先生本人は言っていたが。


「あのソニアが付き人…?法螺(ほら)吹いてんじゃねぇだろな?」


「いいえ、確かめたいのなら、屋敷に来られましたらソニア殿がおりますよ」


「あのソニアがねぇ…」


レイ先生はあご髭をいじくりながら、考え込んでしまった。

こう言う時は、面倒さと興味が先生の中でせめぎ合っている時だ。と言うより、興味が面倒さに猛攻撃をしかけていると言った方が正しい。

興味が勝てば、先生の助力を得られる可能性がある。


口を開きそうになったクリスを止めながら待つこと五分。

レイ先生は大きく伸びをした後にため息を吐いて、首をゴキゴキと鳴らした。


「ちょいと面白くなってきたな。良いぜ協力してやるよ。ただ、条件がある」


「はい、もちろんです。ご厚情に感謝致します。私にできることであればなんなりと」


良かった。レイ先生の中で天秤が興味に傾いたらしい。

ただ、相手はSランク冒険者だ。どんな要求が飛んでくるか分からないが、出来ることは全力でやるしかない。


「まずは一つ目だ。シュウを国に使わせる(・・・・)な。明日にでも王宮に行って、王にシュウの事について報告した後、でも息子はやりませんって言ってこい」


それは、最初からそのつもりだった。

どう転ぶかは分からないが、やりようはあるはずだ。


「はい…。元よりそのつもりです」


私は深々と頭を下げた。

それと、条件を出してくると言う事は、やはりこの人には月光草のアテ(・・)があるのだ。何と言う幸運か。


「よし、そんなら二ヶ月待っとけ。帰ってきたら二つ目の条件を話す」


「分かりましたが、二ヶ月もの間、どちらへ?何かお手伝いできる事はありますか?」


二ヶ月と言うと、片道一ヶ月としてこの大陸のどこへでも行けるくらいの時間だ。それを悠長に待つ時間はあるか?二ヶ月経てば、ニーナの状態がまた悪くなる可能性は十分にある。



「どこにっておめぇ、取ってきてやるっつってんだよ、月光草。何本()んのか、ソニアに聞いてこい。それから馬だな、領内で一番良い馬。馬車は要らねぇ、遅ぇから」



その言葉がすぐには飲み込めない。


しかし、涙は勝手に溢れ出てくる。


ニーナが、あの子が、助かる。



「馬鹿おめぇ。男が泣くなって昔から言ってんだろぉが。それに俺が知ってる場所に必ずあるとは限らねぇ。他の手も打っとけよ」


あぁそうだ。この人はこう言う人だった。

棘のある言葉を放ちつつ、情に厚い。


「はい…。ありがとうございます」

「先生、本当にありがとうございます」


「あと月光草持って帰ったら、二つ目の条件を出すからな。覚悟しとけよ」


その"覚悟しておけよ"は、この場にいる者にかけた言葉ではなかった。ここにいない誰かを思い出しながら放った言葉。


あぁ、シュウ。お前には苦労をかける。












ブルッ…


「え?今の何?」


「どうしましたかな?シュウ様?」


「いや、なんだか寒気と言うか、悪寒…?みたいな…」


「だいぶ寒くなってきましたからなぁ。風邪でも引かれたのですかな?」


「風邪ならまだ良いんだけど…。あーこわ。早く帰ろうヴァト」

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