第二十七話 え?殴られればいいの?
「ガキ。今のキュアはお前か?酔いが覚めたじゃねぇか、どうしてくれる。めんどくせぇ」
おっさんがボリボリと頭を掻くと粉っぽいものが舞う。
その声は意外と渋くて不思議と心地良いが、その口の周りは食べこぼしやおそらく酒の飲みこぼしなどでべとべとに固まっている。
頭上の黒いアイコンさえ見えなければ、このおっさんがそこまでの実力者だと言ってもそれこそ笑い飛ばされるだろう。
「酒ならまた奢りますよ。ローザ・クイーンについて教えていただけませんか?」
その魔物の名前を出すと何か反応が得られるかと思ったが眉一つ動かさない。
「めんどくせぇ。クソガキは帰って税金でも無駄使いしてろや」
その言葉にこちらの眉がピクッとひきったのが自分でも分かった。そしてそれをおっさんは見逃さなかった。
「ほぅ、やっぱりそうか。そうだと思ったぜ。そんなもんで隠し切れると思ったのか。なおさらお前等に教えるこたぁねぇよ、めんどくせぇな」
おっさんは酒瓶に残っていた分を一気に煽ると、ぷはぁと臭い息を吐いた。
「五万、出しましょう。酔いを覚ましてしまったお詫びも含めて」
「足りねぇな」
「それなら十万、手持ちはこれだけです」
「それでも足りねぇな。三十だ」
くそぅ、もしかしてこれは金で達成する系のクエストだったか?そうだとしたら手持ちは本当に十万しかないからまずいぞ。
「それか…そうだな。あそこのパーティ見てみろ。あれだよ、あの際立って荒れてるあいつらだよ」
見てみると確かに輪をかけて荒れている四人組がいた。荒れていると言うよりももはや暴れている。この場のほとんどが緑色のアイコンだが、そいつらだけは黄色だ。恐らくはCランクのパーティ。
四人が四人とも巨漢で、全員が二メートル近いんじゃないだろうか。
「あいつらに喧嘩売ってこい」
「え?」
「聞こえなかったのか?あいつらに喧嘩を売るんだよ。ガキは帰れとでも言ってきな、ククッ。それで死ぬまで殴られてこい。そうすれば何でも教えてやるよ」
おっさんはニヒルに笑った。
「こいつ、好きに言わせておけば」
「え?殴られればいいの?」
「「は?」」
仕方ない。金が無いんだから。
でもこれでなんとか達成の目処が立ちそうだ。しかし、やっぱり"?"マークはろくなことにならないな。
「ヴァト。僕がいいと言うまで手を出すことを禁ずる。絶対だ」
「いや、それはなりませぬ!」
「僕はヒールが使えるから、即死しなければ大丈夫だよ」
「おいおい、本気かぁ?面白れぇじゃねぇか」
「シュウ様!」
「ヴァト、命令だよ」
毒をくらわば皿まで。
でも絶対痛いよね?それだけは分かるわ。痛いのは嫌だけど、やるしか無いもんね。多分経験値が4000は貰えると思うから、これは逃せないし。
ただ、即死しないように最低限の防御はしておくか…。
四人組に近づきながら、小声でオーバーパワーをかける。その改変は魔力500を使用して二分間、筋力を70%上昇。無いよりはマシ程度か。
そしてちょうど四人組の目の前まで到着すると同時に、オーバーパワーが発動する。
突然現れた俺を二度見して固まる酔っ払い四人。
そんでもって、四人の視線をたっぷり引きつけた所で………
「お前等、さっきから目障りなんだよ。ガキは帰って母ちゃんのおっぱいでもしゃぶってな」
あーこれ、まさか自分が言うことになるとは。気持ちいいぃぃぃー!
言った瞬間だけは、だけど。
「ああぁぁぁ!?ゴラァ!?」
「なんだとでめぇ!?」
「クソガキがぁ!!!」
「ぶち殺すぞ!?」
四人が聳え立つ壁のように俺の前に立ち上がる。
全員、完全に酒が回っており、これは手加減とか期待できなさそうだ。
一人が俺の胸ぐらを掴むと、足が地面から離れた。
こいつ等のアイコンは黄色。
しかし、それは俺の魔法とこいつらのパワーを比べた場合であって、一方的に殴られる場合の話では無い。
あーこええぇぇぇー。死にたく無い。
「おいおい!やめとけ!ガキだぞ!」
「手出したら殺しちまうぞ!」
「おい!お前も早くどっか行け!死ぬぞ!」
どうやら、冒険者にもいい人達はいるみたいだ。
必死に止めようとしてくれる人が結構な数いた。
でもそれだと困るんだよ、殴られないといけないんだから。
俺の胸ぐらを離して鼻息荒くテーブルに戻る男に、俺はまたしても声をかける。
「おーい、ガキにこれだけ言われて手も足も出ないのか?そんな図体して。花屋にでも転職しろよ!」
来た。
さっきまで胸ぐらを掴んでいた男が、振り返りざまに拳を振りかぶって襲いかかってきた。他の冒険者の制止も間に合わない。完全にキレてる。
まずは一発目………
と、全身に力を入れた所だったが、俺は慌ててその場から三歩ほど横に移動する。
するとその男は拳を振りかぶった体勢のまま顔から床に倒れ込んだ。あれは痛い。
ただ、意識があればだ。振り返った瞬間には眼球が上転して、意識がないように見えた。
サルヴァトーレを振り返ると剣を抜いた所だった。が、サルヴァトーレが何かしたわけでは無い。隣のおっさんだ。あのおっさんが何かした。何かは分からない。
恐らくこのギルド内の誰もが、この男が酒の飲み過ぎで倒れたと思うはずだ。
だが、この男を倒したのは、あそこで脚を組んで酒瓶の残りの一滴を舌に垂らしているあの男だ。
「おら、帰ってこい。おいオッサン、剣しまえよ。本当に殺るつもりだったろ、めんどくせぇ」
身体から魔力がどっと抜け落ちた感覚に気怠さを感じながら、俺はおっさんの元に戻り席に座る。
「ローザ・クイーンだったな。あいつはローザの森の中心にある洞穴で四六時中寝てんだ。数年に一度起きてきては一通り食べてからまたそこに戻って寝る。剣でつついても棒でつついても起きやしねぇ。デカいだけの無害な虫さ。起きてる時に殺り合うなら、甲殻は硬ぇから狙うなら目だな。次善策で脚の関節。普通はこっちか。ただ、あいつは背後が決定的な弱点だ。手も足もどころか尻尾も出ねぇ。手練れなら二人で前後挟めば余裕で狩れる」
《クエスト"ローザの森にいる魔物の生態を二十匹把握する"をクリアしました》
《経験値を6000獲得しました。100000ギルを獲得しました》
ふぅー。とりあえず良かった。なんとかクリア出来た。
経験値は6000。いやー美味い美味い。結果的に殴られることもなかったし、良かった良かった。
《クエスト"レイ・サイフォスを剣術指南として雇う"を受注しますか?》
おー立て続けに…。
…ん?………ってこれ。もしかして…。
「どうした?これが知りたかったんじゃねぇのか?」
「いえ、ありがとうございます。報酬は十万でしたっけ?では色をつけて二十万お渡しします」
「要らねぇよ、金には困ってねぇ。それよりガキ、名前は?」
おっとこの流れは悪く無いぞ。
ちょっと俺の異質感に興味を持ち始めたな?
「そちらが教えてくれるのでしたら教えます」
「めんどくせぇ、不気味なガキだ。サイだよ。サイって名前だ」
「嘘ですね。レイ・サイフォスさん」
「なっ!?シュウ様!それはまことですか…?」
ここでようやく、初めておっさんの片眉がピクリと動いた。しめしめ、してやったり。
「ようやくリアクションを一つ引き出せましたね」
レイというおっさんは両手を上げて降参のポーズをした。
「ただのガキじゃねえってか。その歳でヒールやらキュアやら使えるのも普通じゃねぇが…。殴られる前にも何かしてたな?まぁ素直にゃ教えちゃくれねぇか」
「それはこっちのセリフです。何故あなたの様な人が、ただの酔っ払いを演じているのかとても気になります。ちなみに僕の名はシュウです。シュウ・スペンサー」
「やっぱりスペンサーんとこのガキだったか。そんな気はしたんだ。俺の名前も親父に聞いたのか?」
あれ?父様と知り合いなのか?
「いえ、と言うか父様と知り合いだったんですね。となると父様が昔は高ランク冒険者だったと言う話もあながち間違いでは無いのですか?」
「それはてめぇで聞きな、めんどくせぇ。ってはぐらかすな。俺の名前をどこで聞いたんだっつってんだよ」
「人に聞いたわけじゃないですよ、とだけ教えてあげます」
そこからレイというおっさんと見つめ合うこと数十秒。
その人の魂を見透かす様な目は澄んだ青色だ。
「ところで、うちで剣術の先生やりませんか?」
「めんどくせぇ」
でしょうね………。
まぁいい。このクエストの期限は無いみたいだし。
この人がここで飲んだくれている限り、またチャンスは有る。
「帰ろう、ヴァト。目的は達成したから」
「はっ!」
「やけに素直だな、もっとしつこい性格かと思ったが」
やっぱり脈アリだな。あとはこの人のやる気スイッチがどこかだけだな。
レイ・サイフォスは意地悪げに笑うと、ウェイターのお姉さんに酒を注文した。前払いの代金を回収に来たお姉さんに、僕が代わりに一万ギルを渡す。
「僕が出しますよ。一杯だけね。残りはお姉さんのチップです」
「あら、ありがとう、坊や」
なんと、お姉さんがほっぺにちゅーしてくれた。
カッコつけてみるもんだ。
「父親に瓜二つだな」
ギルドを出ると、雨は止んでいた。
ただ、すでに暗くなり始めている。早く帰らないと母様は心配するし、なにより父様に怒られてしまう。主にヴァトが。
あの感じだと、レイはまだしばらくはいそうだな。
やはり父様に冒険者登録を打診しよう。素材を売りにくる度に絡んでみるとしよう。
いざとなったら有り金全部積んで、一日だけ先生になってもらう。クエスト達成詐欺ってとこかな。いや、あの性格だと金では動かないか。困ってないって言ってたしな。
「シュウ様、私は生きた心地がしませんでしたぞ…。二度とおやめください」
「ごめんってヴァト。でも僕の魔法知ってるでしょ?もしあの男に殴られても、大丈夫なようにはしてたよ」
「そ、それはそうでしょうが…」
半分嘘だ。多分殴られてたら普通に大怪我してた。
いくら筋力を70%上昇させたところで元の数値が低いからね。10が20になる程度のもんだ。
「ところで、レイ・サイフォスって知ってる?」
「なっ!?知っておられたではないですか!?」
「うん名前だけね。誰なの?」
「どのようにしたら名前だけ知り得るのですか…」
頭を抱えて天を仰ぐサルヴァトーレ。
説明が難しいんだよ。する気もないけど。
「レイ・サイフォス。この世界に五人しかいないSランク冒険者のうちの一人です」
「やっぱりかぁ。かなり性格に難がありそうだね?」
「シュウ様ほどではありませぬが」
「今のは父様に言いつけよう」
「どちらにしろ、レイ・サイフォスが我が街にいると言う事をお伝えしておかねばなりませんからな」
あぁー。毎日毎日、いろんな事が起こるなぁ。
主にクエストに振り回されてるけど、これが良いんだよな。達成した時の充実感。報酬はどれもかなり美味しいし、やりがいがある。
あとはニーナの事が解決すれば心配事が一つ減るんだけどね。そう言えば次に会った時にレイ・サイフォスにも月光草の事を聞いてみよう。Sランク冒険者なら何か知っているかもしれない。
「さぁ、ヴァト。帰りも走って帰るよ」
「はっ!足元にお気を付けを」




