第二十五話 サルヴァトーレの一本釣り
「今のトレントの初撃。当たりどころが悪ければ即死もあり得た。原因は何?」
ソニアはご立腹だ。
俺とクリス兄さんは地べたに正座させられ、腕を組んで仁王立ちしているソニアのお説教を受けている。
「まずはトレント自体の情報不足です」
クリス兄さんが答える。
「索敵の段階では六体って分かっていたのに、目に見える四体だけだと思い込んだ事です」
続いて俺も答える。
「そうさね。シュウがどうやって索敵をしているのか、皆目検討もつかないが、どうやらかなり正確みたいだね。それでも、目視でちゃんと確認する必要はあるけども。
ただ根本的な前情報の不足は否めない。この辺りからトレントが出始めると言う情報は、私はちゃんとサルヴァトーレから事前に聞いた。それを知っていればそもそも数の違和感に気づけたはずだね。
そして最後はクリスの言う通り、トレントの倒し方、攻撃パターン。
つまり、二人に欠けていたのは、すべて"情報"だね。分かったら今日はここまでにして引き返すよ。どうやらこの先からは一段階難易度が上がりそうだ。この森の全ての魔物の生息分布、種類、攻撃パターン、弱点を少なくとも完璧に覚えてもらわないとここから先には進めないからね」
「「…はい」」
おっしゃる通りだ、ぐぅの音も出ない。
正直言うと、ナメていた所はある。まだまだ序盤だと、こんな所で躓く訳がないと。
未だにどこかこの世界をゲームと同じ様に考えてしまっている部分は、俺の悪い所であり、弱点だ。
これは直していかないといけない。いつかとんでもないミスを起こすだろう。
「ソニア、クリス兄さんを助けてくれてありがとう」
「当たり前だよ、そのためにいるんだからね」
《クエスト"ローザの森にいる魔物の生態を二十匹把握する"を受注しますか?》
お、クエストだ。ありがたやありがたや。
「よし!そうなったら善は急げだ!帰ろう!すぐ帰ろう!」
「シュウってたまに変なタイミングでスイッチ入るよね」
そのスイッチを入れてるのは職業ゲーマーなんだけど、そんな事兄さんには知る由もない。
*
翌朝。
きたきたぁぁぁぁ!
【魔力最大量増加Lv2】、【魔力回復促進Lv2】と【魔力消費軽減Lv2】の三連レベルアップ!
特に魔力最大量の上昇値はなんと500!
235から735に大幅増加である。
毎日こつこつと、寝る時に失神していた甲斐があったと言う物だ。失神する訳なので寝付きは完璧だが四時間で一度目が覚めてしまうのももう慣れっこだった。
ベッドの上でその感動を噛み締めていると、ちょうどサラが部屋に入ってくる。
「おはようございます。あら、本日はなんだかご機嫌ですね?」
「そうなんだ。いい夢を見てね」
「ふふ、そうでしたか。私も、シュウ様との結婚式の夢を見ましたよ」
「今日は外が大雨だから勉強日和だね」
昨日出たクエスト、"ローザの森にいる魔物の生態を二十匹把握する。7/20"を今日は頑張って進める。魔物の生態を把握すると言うのがどの程度までの事なのか分からないが、できたら今日中にクリアしたい。
既に達成している7匹は恐らく、インビジブルシーフ、スライム、ゴブリン、コボルト、角兎、ピッグボア、トレントだ。俺が実際に出会って、戦った事のある魔物。
戦ったとは言っても、どれも詳しいって程のものでもないし。クエストもすぐクリアできるっしょ。空いた時間は【風魔法】のスキル上げでもしようかな?それとも魔力の最大量も増えたことだし、【風魔法】の威力高いやつとか窓から試してみようかな?
とか余裕こいてたのが完全にフラグ。
「ソ、ソニア先生!オークとワイトとフォレストワームについてなんですが、もう少し詳しくお願いします!」
「なんだいなんだい、今日はやけに熱心だね。ただ、詳しくと言われても………、これ以上教える事はないよ。後は実際に見てもらうしかないね」
「えぇ!?それじゃ困るんです!少しでも、どんな些細な事でも良いので何かありませんか!?」
「なんだ?昨日の説教の当てつけか?」
ソニアも困ってしまうが、こっちも困っている。
なんせクエストが全然進まないのだ。これはさては、直接魔物を見なければダメなやつか、とも思ったのだが、現状は8/20。一つ進んでいるのだ。
進んだのは恐らくロックモンキー。別に身体が岩でできている訳ではなく、鉱石を食べるのがその名の由来らしい。そして、その鉱石はロックモンキーの腸内で純度の高い魔法鉱石となる。それは錬金術の良質な素材となり、なんやかんや。そんな話を三十分程ソニアから聞いていたらカウントが進んだのだ。
だから、他の魔物がカウントされないのは、単純に情報が不足していると言う事だろう。
ただソニアが言う通り、"見た方が早い"と言うのも正論だ。今まで見た六体はそんな細かい情報を知らなくてもカウントされてるからね。百聞は一見にしかずと言う事なのかも。
でも。でもだ。時間がない。
このクエスト、さっき気がついたら期限が今日中だ。
今日中にやらないと、報酬の経験値が貰えない。今から森に行って駆けずり回っても確率は低いし危険度も高い。さすがに俺もそこまではしない。雨だし。雨だしね。
「それではソニア先生、時間がないので一通りざーっと教えてもらえますか?早口で」
「わ、わかった…」
俺の鬼気迫る様子に、ソニアもたじたじとしているが、クエストは最優先だ。経験値がアホほど美味しいからね。
それから二時間、ソニアの講義を受けて10/20まで進んだ。とりあえず魔物の種類は二十種類全て割れている。残りの十種に関しては情報が不足しているのだろう。
「ソニア先生ありがとう!あ、クリス兄さん!ジェームズさんに今日の講義はお休みしますって伝えといて!」
もうお昼過ぎだ。時間が惜しい。
返事も聞かずに部屋を飛び出すと、屋敷中を走り回る。そして目的の人物を見つけた。
「あ!アニー!ラウル!ちょっとお願いがあるんだけど!」
見つけたのは騎士団の隊長と副隊長。屋敷の警備中だ。
しかしなぜかこの二人はセットでいる事が多い。まぁ同じ隊だし。それにしても多い。怪しい。聞かないけど。
「シュウ様?今日もお元気ですね」
「何かご用ですか?」
「そうなんだ。ここに書いてある十種類の魔物で、ここに書いてある特徴以外に、何でもいいから教えてくれない?」
俺はソニア先生の授業でとったノートを見せる。
「どれどれー?ふむふむ。これは皆に聞いてるの?結構詳しく調べてるね?」
感心するアニー。
「いや、まだソニアの授業で教えてもらった事だけだよ」
「本当ですか?ソニア殿はやはり博識なのですね。これ以外にと言うと、あまり思い浮かびませんね。実際に出会ったことのないものもいますし」
相変わらず真面目なラウル。
でも確かにそうなんだよ。ソニアに教えてもらった内容は、既にかなり詳しい。
「そこをなんとか…。どんな事でもいいんだけど…。例えばワイトの男女の見分け方とか、フォレストワームの歯の形とか、ポイズンスネークの口臭とか…」
とにかく何でもいい。何が有効な情報かも分からないし。
「うーん。難しいなぁ」
「すみませんシュウ様、お役に立てそうもありません」
まぁ何でもいいって逆に難しい質問だよね、俺もよくわかんないもん。
「本当に何でもいいんですよね。それならフォレストワームの笑い話があって、真偽は定かではないんですが、もうおかしくって笑っちゃって。なんでも違う隊の若い子が訓練で森に入った時に……」
どうやらアニーのおしゃべりスイッチが入ってしまった様だ。話が止まらなくなってしまった。
内容はざっくり言うと、訓練中の若い騎士団隊員が足元からいきなり現れたフォレストワームに丸呑みにされた。身動きが取れない中、なんとか腹を裂いて這い出ると、そこは洞穴の様な所で、大量の赤ちゃんフォレストワームがひしめき合っていて、若い騎士団を母親と思ったのか何と思ったのか全身に取り憑かれて甘噛みされまくった………と言う話。
あぁあ、時間を無駄にした。
"ローザの森にいる魔物の生態を二十匹把握する。11/20"
なんでやねんっ!
進んでるやんけっ!
おっとまずい取り乱した。冷静になろう。アニーとラウルが心配そうにこちらを見ている。
「あ、ごめんなさい。私だけ夢中になっちゃって。面白くなかったですよね」
俺の挙動不審を勘違いしてがっかりするアニーに、慌てて声をかける。
「いやいやいや!違うんだアニー!その隊員の事を思ったら気の毒で…。僕も虫は苦手だからさ…。でもすっごい興味深かったよ!他の魔物にもそう言う話ないの!?」
興味深かったのは本当だ。
なぜこんな話でカウントされたのか。ヒントはある。
足元から急に現れる、や、丸呑みと言う通常と違う特殊な攻撃方法。それから腹を裂いて出ると言う攻略方法。または巣を作る、や、大量の子供を産むと言う習性。そして可能性は低いけど、赤ちゃんワームの甘噛み…。
この中のどれかがカウントに必要な情報だったのかもしれない。しかしなんにせよ、ラッキーだ。
そして幸運にも、そこから一時間ほどアニーの噂話や笑い話を聞いた事で、15/20まで進んだ。
ソニアとアニー様々だ。
俺はアニーの両手をがっちりと握って感謝を述べ、次回一緒に街に行った時に、何か宝石をプレゼントする約束をした。ついでにラウルにも何かしらを。
「魔物の事でしたら、御当主様にも聞いてみてはいかがですか?冒険者をされていた時期もあり、かなり高ランクだったと言う噂もあります」
「え?そうなの?ありがとう。行ってみるよ」
ラウルの言葉は目から鱗だった。
父様が高ランク冒険者…?まぁ確かに、インビシブルシーフを倒した時の装備と、仕留めた一撃は見事だった。けど、貴族が冒険者…?あの父様が?
しかしそれが本当なら聞きに行く価値はある。
そこから父様を探しに行くが、結果的に父様は外出中だった。そして危うくジェームズさんに見つかるところだった。どうやら俺を探し回っているみたいだ。危ねぇ。
だがその代わりにサルヴァトーレを見つけた。
サルヴァトーレにも残りの五種について聞いてみるが、アニーほど噂好きではないらしく、真面目な回答しか返ってこない。
それでも一つ進んで16/20。あと少し。
「誰か他に詳しい人って知らない?」
「それでしたら冒険者ギルドに行くのが良いでしょうな。あそこには冒険者達の経験したありとあらゆる情報が入りますからな。冒険者ギルドには顔が利きます故、またシュウ様が行かれます時には私がお供いたしましょう」
おぉ!これは素晴らしい情報だ。さすがサルヴァトーレ!
「ありがとう、サルヴァトーレ!ヴァトがいてくれたら本当に心強いよ!その時は絶対一緒に来てね!」
「もちろんでございますとも。冒険者には荒くれ者も多いです。必ず私がご一緒致しましょうぞ」
誇らしげにふんぞりかえるサルヴァトーレ。
よし、言質はとった。
「じゃ、準備して十分後に正面玄関でね」
「………はい?十分後?」
「うん。雨だから雨合羽とかあるといいね。走って行くし」
「ちょ…ちょっとお待ち下さいシュウ様!この大雨の中行かれると…?」
「うん、僕が行く時は絶対一緒に来てくれるんでしょ?」
「そ、そうは言いましたが、まさか今からの事とは…」
「騎士に二言は…?」
「あ、………ありませぬ」
「じゃあ決まり!」
よし釣れた釣れた。




