第二十三話 月光草
すみません、二十三話の所に二十四話の内容を先に掲載してしまいました。現在は修正しております。
「ニーナ、今帰ったよ」
「おかえりなさい、あなた。きょうのぼうけんはどうだった?」
「うん。またドラゴンを討伐してきたよ。いやぁ手強い奴だった。クリス兄様が服を焼かれちゃってさぁ。帰ってくるのに苦労したよ。ははは…」
「それはたいへんでしたね!それではいっしょにおふろにしますか?それともいっしょにねますか?
あ!ごはんをわすれてましたね!あーんしてたべさせてあげます!」
張り切って木製の食器のおもちゃをとって来たニーナは楽しそうだ。だいたい一日のうちに一時間は、こうしてニーナの遊び相手になるようにしている。本当はもう少し長くいてあげてもいいのだが、最近は体調が悪い時も多いみたいだ。
俺が一時間、クリス兄様が一時間、母様が一時間の合計三時間くらいが活動時間。あとは寝ていることが多い。
「あ、ありがとうニーナ。それならごはんを食べようかな?」
「はいです!はい、あなた!あーん!美味しいですか………あぁうぅぅ…!」
突如激しく痛がるニーナ。右の肩辺りを手で押さえてうずくまってしまった。
「ニーナ大丈夫!?」
突如痛がるニーナに焦る俺。どうしたらいいか分からず、近寄って背中をさする。
そして視界の端で慌てて部屋を出ていくサラ。すぐに、いつかと同じように母様がすぐに駆けつけて来た。
「ニーナっ!また痛むの…?」
「うん…いたい…、いたいよぉ…」
それは、悲痛な声だった。
聞いているこっちが、涙を溢していまいそうなほどに。
「大丈夫よ…。ほら、少し横になりましょうね?シュウ、遊んでくれてありがとう。また遊んであげてね?」
「シュウにぃに、またあそんでね…?」
「もちろんだよニーナ!僕もニーナと遊んでる時が一番楽しいんだ!また遊ぼうね!」
母様とニーナが部屋から出ていくと、俺は膝から崩れ、床にへたり込んでしまった。
何でもっと気が利いた事を言えないのか。もっとニーナが少しでも安心できる言葉を思いつかないのか。なぜもっと上手に笑顔を作れないのか。
「シュウ様が思い詰めたところで、ニーナ様は喜びませんよ」
サラの声は、俺を心の底から心配するものだった。
俺はなぜ、こんな風にニーナに声をかけてやれないんだ。
「なんて無力なんだろうね。痛んでる子ども一人楽にしてあげられないんだからさ」
「それを言うなら、私達全員がそうです」
ニーナの症状はどんどん強くなっている。
以前は寝ている時間の方が少なかったのに、今となってはそれも逆転してしまった。時間の猶予は無い事を日に日に思い知らされる。
現時点までで、スペンサー一家は、まだ一つも魔憑き病に効果のあるとされる薬草を入手できていなかった。
一番可能性が高いのは、父様が貴族達のみで行われるオークションでその薬草を競り落としてくる事だが、どうやら自由に使える資金が底をつきかけているらしい。
そもそもそのオークションに出席できるようになること自体に、かなりのコネとお金が必要だったとか。
「正直言うとローザの森を探したって、本当にその薬草があるのかどうかも分からない。でも幸いにも、僕には確実な方法が一つある」
そう。
ソニアと出会った事で幸運にも開けた活路。今となっては唯一とも思える方法。
「俺が新しい魔法を作れるかもしれない事を国王に伝えて、交換条件にニーナの治療をしてもらうしかない。
ニーナの症状は明らかに進んでる。たとえ今すぐにニーナを治療できたとしたって治療が間に合う確証だって無いんだ。早い方が良い。もし僕が決断を渋っていて、それで間に合わなかったら。僕は一生自分が許せない」
たとえそれで運命の女神に見つかって、俺の存在が消されようとも。ニーナだけは生き延びさせる事ができる。
「シュウ様…。しかしそれではシュウ様の人生も決まってしまいます」
「たとえ王宮に軟禁されたって、死ぬわけじゃない。それに、俺にはハーレムが待ってるしね」
「そんなのに興味ない事は私が一番知ってます」
いや、興味ないは買い被りすぎだけどね。聖人君子じゃあるまいし。
俺もどうせ運命の女神に見つかりそうってなったら、したい事はするつもりだけども。
って言っても俺まだ四歳だったか。じゃあ無理か。結局二回目の人生ですら童貞で終わるのか…。
「そんな事はさせないよ」
不意にそんな声が俺達二人の会話に割り込んできた。
それは、この部屋の外で待っているはずの魔法講師ソニアだった。
よりによって、一番聞かれるとまずい人。
彼女は俺が王宮に囚われた場合、身近にいて俺の魔法を研究すると言う目的を果たせなくなる。この案に唯一、否定的な意見を持つであろう人物だ。
「ソニア、せっかくうちの講師になってもらったのにごめんね。少し事情があって、やっぱり僕はここにいれそうにないんだ」
「それは私としても大いに困るね」
「お願いだから止めないでよ?」
「月光草だったかな。確か一つだけ用意があったはずだよ」
「ソニアも王宮に連れて行けないか相談してみるから。それならいいでしょ?」
「「え?」」
俺とサラの声が重なった。
聞き間違いだろうか?いや。今、確かに………。
「聞こえなかったのかい?月光草。魔憑き病に効く薬草だが、一つだけ持っている。とりあえずはそれを、譲ってもいいと言ったんだよ」
「本当に!?………いやいや、待って。話が良すぎる。そもそも俺達はニーナが魔憑き病だなんて一言も言ってない。それを都合良く月光草を持った人が現れてゆずってもらえる?有り得ない」
騙されているかもしれない。そう考えてしまう程には虫の良い話だ。
「信じないならそれでも構わないけど…。いやだめか、信じてもらえなかったらシュウ君は王宮に行ってしまうんだったな。それは困る…。
どうして私が月光草を持っているか。それは私が五百年以上生きている錬金術師で、魔憑き病を治療していた経験もある。君の妹は、手遅れでは無いが、早く治療を開始しなければならないタイミングではある。
なんにせよ、一度店に戻って取って来て見せよう。それが一番手っ取り早いだろうからね」
「ニーナが………治る?」
俺はソニアの言葉がすぐに飲み込めなかった。
月光草が、ある。あった。この街に。
俺は震える身体を叱咤して立ち上がると、ソニアに近づいた。その細い手を取ると、また膝から崩れる。
「ありがとう…、ソニア。ありがとう………!」
視界がボヤけてよく見えないが、ソニアは複雑な顔をしているのが分かった。
「残念だが、治るわけではないよ。症状を一時的に改善させる事ができるだけさ。せいぜいが半年だね。これからまだまだ月光草は必要になる」
その真実に、気落ちしなかったと言えば嘘になる。
しかし今はそれでも良い。ニーナの身体が少しでも楽になるのであれば。あの子の人生が、ほんの少しでも長くなるのであれば。
「どうか、どうか。ニーナを治療してやって下さい。お願いします」
俺は床につくほど頭を下げた。
善は急げだ。
すぐに馬車を呼んで、ソニアと一緒に店に行くと、月光草は店の奥の方の金庫に厳重にしまってあった。その金庫と言うのも、もはや部屋レベルに大きいもので、チラリと見えただけでも色とりどりの草花や石がぎっしり保管されていた。どれも月光草と同じほど価値があるものだろう。
ソニアがそこから持ち出してきた植物は、形としてはそこらに生えてる雑草と同じようなものだ。しかし明らかに魔力的な力を秘めていると感じられるのは、淡く発光しているからだ。
その光は月光草の名の通り、月明かりのように神秘的。
「手持ちはこれだけだよ」
これをなんとか増やすことは出来ないのだろうか?
いやしかし、現状はこれ一つしかないのだ。失敗のリスクを考えたら、これはとりあえずニーナの治療分に充てないと。
「すぐに調薬に移ろうか。必要な機材はここにあるし」
「お願いします」
「こらこら、貴族が簡単に頭を下げるもんじゃないよ。それと、条件がある。それはこれをあくまで"貸し一つ"に留める事。それ以上は何も求めない。たった半年、余裕ができるだけだ。その程度の事で四歳の子供に恩を押し付けて言うことを聞かせるつもりはないからね」
「分かった。この借りはいつか必ず」
ソニアは不敵に笑って、作業を開始した。
月光草から治療薬を作る作業自体は簡単なものらしく、一時間ほどで出来上がった。
その間、俺はソニアの店の中で【風魔法】と、【魔力操作】の練習をして待っていたが、そわそわしてしまいあまり効率は良くなかった。
「出来たよ。………また何かしてるね?」
「これは【魔力操作】と【風魔法】の練習だよ。【魔力操作】については何度も魔力を練る。【風魔法】についてもとにかく魔法を発動しまくる。それでスキルレベルを上げてるんだ」
俺の言葉に、ソニアは目を見開く。
今回の事のささやかなお礼のつもりだったんだけど、そんなに驚く事かな?
「それってもしかして、"スペンサーの秘伝"じゃないの?易々と教えてはいけないのではないのかい?」
「スペンサーの秘伝?何それ」
聞いた事はない。特にウチの事で他言してはダメな事は教えられて無いはずだ。ニーナの事を除いて。
「あぁ、知らないのか。スキルのレベルを上げる効率の良い方法があるって言うのは結構有名な話なんだよ。ただ、その情報は貴族が買い上げて独占、秘匿してしまう事が多い。だから、そう呼ばれる。"スペンサー家の秘伝の方法"って意味合いでね。
有名なのは【剣術】の秘伝を持つラインハルト侯爵家や、【弓術】の秘伝を持つアーク公爵家。【魔法】関連の秘伝を持つレイレル公爵家とかね。公然の秘密って奴さ」
「あぁ、そうなんだね。でも効率の良い方法って割と分かりやすいと言うか、何となく分かるもんでしょ?結局使っていけば良いわけだし」
「まぁそうだけどさ。それでも知ってるのと知ってないのでは雲泥の差だがね」
それはおっしゃる通り。
特に【◯魔法】のスキルなんて、教本流し読みでオッケーなんだもんな。内容の理解は別として、じっくり読む派の人だったら10回読み切るのにだいぶかかるし、最後まで読み切らない人とかもいそうだし。
「教えてくれてありがとう、ソニア」
「何言ってんだい、教えてくれたのはそっち」
「いやいや、さっきの二つはスペンサーの秘伝じゃないよ、言わばシュウの秘伝だね。それにソニアはもうその二つのスキルはレベル高いでしょ?そこからの"秘伝"の方法は僕も知らないからね」
俺の言葉に、ソニアは苦笑いで返した。
「そこからの秘伝の方法って………。スキルレベルによってレベルアップの条件が変わるって事だね。まったく。それは初耳だったよ。今回の報酬はもうそれで十分」
げっ。やっちまった。
頬がヒクつくのが自分でも分かった。
「うっ、口が滑った。できたら誰にも言わないで」
「はいはい。シュウの秘伝だものね。さぁ、お屋敷に行くとしよう」
まずいなー。少し気を緩めたらボロが出すぎる。これは気をつけていかないと。
自分の短慮を反省したのだった。




