第二十一話 ソニア
「え?でも、シュウ様はそれ、できますよね?魔法のアレンジ。この前だって…」
俺の背後から、アニーの声が刺さった。
確かにアニーの物怖じしない所が好きって言ったけどさ…?物怖じしないのと、空気が読めないのは違うと思うんだ?え?一緒かな?いや、どうかな。
「いや、それはあり得ない。不可能だよ。魔法術式はほんの少し改変しただけでも発動できなくなってしまうからね」
なるほど。魔法はあくまでスキル。学問の様に突き詰めていくような物ではなく、決まった方法で、決まった効果でしか発動できないと言うのが、この世界の常識らしい。
それなら何故、俺はこうも簡単に術式を変えられるのか。今思いつく可能性としては三つ。一つ目は俺の職業"ゲーマー"が何かしら作用している。二つ目は日本語が母国語だから。三つ目、俺が転生者で、元は日本人だから。どれも根拠はなし。
どうなんですかロキ様?
"わっかんなーい"
でしょうね。
"あぁぁ!?今被せ気味に言ったでしょ!?どうせ私には何にもわからないと思ってるんでしょ!何聞いても無駄だって思い始めてるんでしょ!もう知らなーい!知ってても教えてあげないからねー!もう謝っても許してあげないんだから!"
そんなこと思ってませんよロキ様。
四年前に命を助けていただいただけですでに十分感謝してますよ。命の恩人にそんな失礼なこと思うわけないじゃないですか。僕は笑ってる女神様の方が好きですよ。
"そ、そう…?それならいいんだけどさー。ってかさ、君。なんかキャラ変わってきてない?"
キャラ?そうですかね…?
うーん、やっぱりこの世界で生きてる現実味がないのかな?画面越しにキャラクターを動かしてる時みたいに、ロールプレイに浸ってるのかも。
「いやいや、シュウ様は凄いんです!術式を変えるどころか、自分で魔法を作っちゃうくらい凄いんですからね!」
おっと、まずい。
アニーを止めないと、状況が悪い方にどんどん進んでいく。
「アニー、少し黙ろうか?」
「そうだよ。魔法について何にも知らないベビちゃんは帰って頂戴。ここにはおしゃぶりは売ってないからさ」
「むかーっ!なんでですかシュウ様!?ほら!この女に目に物見せてやって下さいよ!あの水の猫のやつとか!ほら!このままだとスペンサー家は嘘つきだって噂が流れてしまいますよ!」
「………アニー?」
「ひぇっ!?」
俺の笑顔にアニーの顔が引き攣る。
当たり前だ。彼女も頭に血が昇っているのだろうが、これ以上に口走らせると彼女を処罰しなければならなくなる。
今の発言ですらギリギリアウトだ。父様ならもう何かしらの沙汰を言い渡している所だろう。
「それで?シュウ君?何か面白い物を見せてくれるのかい?」
ソニアさんは半分期待、半分値踏みする目でこちらを見ている。仕方ないから披露することにした。後で口止めはしとかないとだけど。
「あぁ…。まぁいいかな。水よ、生物を模して、形作れ」
俺が出した掌に、魔法で作り出した水が現れる。色はわざわざ黒にしてある。するとその黒い水は、こぽこぽと形を作っていく。
十秒ほどかけて出来上がったのは、俺の掌の上にちょこんと座る子猫だった。
もちろん本物とは程遠い。
アニメみたいに少しデフォルメされている感じだ。
そして多少なら動く。瞬きしたり、手で頭を掻いたり、その手を舐めたり。これは俺自身がそれくらいしか猫の動きを知らないのが原因だ。
「これは【水魔法】のウォーターボールの術式を組み替えた物で、動きの指定が難しいから、まだ複雑な動きは出来ない…」
「シュウ君…!!!」
「「「「え!?」」」」
ソニアさんが、凄い勢いで俺の両手を掴んでいた。
先程まで絶対に越えようとしなかったカウンターの奥から身を乗り出して。
形を失って崩れて落ちた黒い水が、俺の足を盛大に濡らしていた。冷たい。
「結婚してっ!」
「「「「え!??」」」」
ソニアさんから放たれた一言で、今度は顔がボッと音を立てたかと思うほどに熱くなる。
「そ、そそそそんな結婚だなんてててて!!!」
「シュシュシュウ様!駄目です!そんな!いくら!外見が良いからって!」
「あのソニア殿が!?」
「あわわわ、私のせいで…」
「シュウ君!私は自慢ではないが、かなり美しい方だし、エルフと言う種族の関係で胸はないが、物珍しさはあると自負している!エルフを嫁にしたヒト族など、そうはいないよ!さぁ!私と結婚しようよ!すぐ抱けるよ!」
ソニアさん、目がマジだ。抱けるとか言わないでほしい。
最初は冗談で言っているのかと思ったが、そんな雰囲気では無い。
ってか四歳児に結婚を詰め寄る大人怖い!わけわかんなすぎて怖い!
「ちょっと待って下さいソニアさん!一度落ち着いて!」
「そうですよ!大体、シュウ様はまだ四歳です!ソニアさんは一体何歳なんですか!?」
「大まかに言えば五百歳かな。でもでも!エルフは最長で二千歳くらいまで生きれるから、人間換算で言うとまだ二十歳くらいの若さでしょ!?だよね?ね?外見が良ければ年齢は関係ないでしょ!?」
ソニアさんが必死すぎて怖い。手も離してもらえない。
「ソニア殿?少し落ち着かれた方が良いかと思います。なぜ急にその様な事を言い出したのですか?」
低い冷静な声でその場をようやく落ち着かせたのは、ラウルだった。その声に多少平静を取り戻したのか、ソニアさんはごほんと咳払いをしてカウンターの奥に戻って行って、また脚と腕を組んだ。
「…なぜ?なぜですって?貴方達には今の魔法の価値が分からないの?彼は新しい魔法を創ったのよ!?今の魔法のどこがウォーターボールなの?全く別物でしょ!?
きっと彼なら他の魔法も、威力を増減させたり、効果時間を変動させたり、性質を変えたりも出来るに違いないわ!」
ギクリ…。
「それはもはや、魔法のアレンジどころではない。魔法の創造よ。そんな事が出来た人物は歴史上に数えるほどしかいない。歴史上、最後に新しい魔法を創ったとされるのは千五百年前の"救世の大賢者"。それ以来の偉業よ!彼は当時、南の大国レンゴクで残酷非道の限りを尽くしていた魔王アラーを倒して死んだとされているけど、彼が表舞台に現れてからその短い生涯を終えるまでの間は僅か五年!その五年で彼が創った魔法は約十五!どれも今の攻撃、防御魔法の主になるものばかりだわ!
それがどう!?僅か四歳の子供によって新しい魔法が一つ創られたのよ!これが国王に知れ渡れば、明日には国王自らがこの街にシュウ君を迎えにきて、一週間後には新しい大賢者のパレードが催されるわ。一年後にはシュウ君をめぐって国家間で戦争が起きてるかもしれないくらいの世界的ニュースよ!私だって魔法の探求者としてシュウ君と片時も離れたくないわ!それならどうすればいい!?そうよ!結婚よ!結婚しかないのよ!それも今しかないわ!明日には国がシュウ君を最高峰の待遇で囲い込むかも知れない!今しか無いの!」
ソニアさんはいつの間にかまた立ち上がり、カウンターを回り込んで俺の目の前まで来ていた。俺の前にしゃがみ込み、またしても両手を挟み込んで今度は胸に押し当てる。慎ましい柔らかさが俺の脳を痺れさせた。
「もちろん魔法の部分だけに魅力を感じた訳ではないわよ?整った顔立ちに知的な表情。その年齢にしてその聡明さ。魔法の改変が出来なかったとしても、君には興味を持ったわ?
お願い。私と結婚して、生涯を共にさせて…?そしたら私、あなたがしてほしい事、何でもしてあげるわよ?」
ゴクリ…。
割り切って曝け出した下心。そして完全なる色仕掛け。
この人、やっぱりマジだ。目が本気だ。この人は本当に、この僅かな時間しかチャンスがないと思っているし、今この瞬間だけで、俺を堕とそうとしている。
"あーあ。いいなーそんなにモテてうらやましー"
ロキ様の冷やかしが右から左に抜けていく。俺はソニアさんから目が離せなくなり、思わず"うん"と言ってしまいそうになる。………が。
「ご期待には添えません」
「だめかあああぁぁぁぁぁぁぁぁ」
俺のお断りと同時に、ソニアさんは崩れ落ちた。潔いほどの落胆だ。
「まぁまぁソニアさん。結婚はまだ無理ですが」
「まだ?」
「結婚は考えていません!ですよね?シュウ様?」
サラさん怖いです…。
「結婚は今のところ考えてません。が、もしもソニアさんが僕の魔法関連について一切口外しないと言うのであれば、僕は国王に連れて行かれなくて済みます。今のソニアさんの話を聞いていて事の重大さに気付きましたが、僕はこの能力が明るみに出て、有名になるのは困るんです。だから、ソニアさんが黙っててさえくれれば僕はまだこの街にいますから」
「え?公にしないの?」
ソニアさんの目が点になる。
「ん?はい。まだと言った方が良いかもしれませんが、しません」
ただ、もし妹の治療薬が見つからなければ。
妹の治療と交換条件で国に協力すると言う手段はあるかも知れないが、それはあくまで最終手段だ。
「どうして?もしも次々と新しい魔法が創れるのなら、国王に次ぐ地位と権力は間違いないよ。巨大なお屋敷と三食豪勢な食事に最高級のベッド。女性だって国が用意した数千人の中から数百人単位で側室が持てるに違いないのに」
そ、それは確かに
「シュウ様はそんな欲望にのまれたりしません!!!」
「そ!そうだ!サラ!もっと言ってやれ!」
あ、危ないところだった。
ソニアさんってば人心の掴み方と言うのを心得てらっしゃる。
「と、とにかく!僕は国に目をつけられている場合じゃないんです。やらなきゃいけない事はたくさんあるし」
クエストとかレベル上げとかスキルクエストとか。あーもう忙しい!時間は有限なんだ。寝る時間すら削りたいくらいには時間が足りない!
「へぇー?強がりを言うもんだね。その強がりがどこまで続くかは見ものだけど、君が国に連れ去られないのは私にとっても幸運だよ。そこのメイド。あなたはスペンサー家のメイドだよね?」
ソニアさんはニヤリと笑うと、俺越しにサラに声をかけた。
「えっ?あ、はい、そうですけど………」
「それなら領主のアレックス・スペンサー様にお伝えしてもらえる?お屋敷での魔法講師の職を受け持つ事にするってね。今日荷造りして、明日から屋敷に住まう事にする。条件は、魔法の講義以外の時間はこのシュウ・スペンサー様の側に仕えること」
「「「「えっ!?」」」」
「だ!だめですよ!シュウ様のメイドは私の仕事なんですから!」
「そうだよね!僕はサラがいてくれれば十分だし!」
「ありゃ?もしかしてあなた達、既にそう言う仲だった?」
「いや!違うよっ!?」
「違います!ただ、シュウ様のお世話は私一人で十分にこなせています!」
「お側に仕えると言っても、メイドみたいな事はしないよ。ずっとついて回るだけさ。シュウ君、おっと、シュウ様が使う魔法を研究したいだけだからね」
ソニアさん、なんだか息が荒いですが。
もしかしていやもしかしなくても魔法フェチなんですか?
「ソニアさん、お店はどうするんですか?それに僕に四六時中付いてたって時間の無駄だと思うんですが…」
「あらあら。エルフに向かって時間の無駄とはよく言ったものだね。確かに人間の三十倍くらいは長生きだけど、生まれてこの方、時間を無駄にした事はないんだ。
それよりシュウ様こそあっという間に死んでしまうんだからさ。一生側にいても足りないくらいだよ」
妖艶な笑みを向けてくるソニアさんは、それはそれは美しいものだったが、いつかクリス兄様が言っていた、"女性は時に蜘蛛のように狡猾"と言う例えを思い出したのだった。
《クエスト"ソニアを魔法講師として雇う"をクリアしました》
《経験値を4000獲得しました。60000ギルを獲得しました》
そしてその翌日から、ソニアさんは本当にスペンサー家の魔法講師として。そして俺の付き人兼護衛の様な立場になったのだった。




