第二話 おめでとうございます!
数秒前までトラック、じゃなかったタンクローリーに轢かれる寸前だった俺と高校生達は、今は明らかに異質な場所に立っていた。
周囲が真っ白な世界。
先程みたいに、光って眩しい訳ではない。
言うなれば写真屋さんで写真を撮られる時に白い背景の前に立つけど、あんな感じで辺り全てを白い布で囲われているみたいな。そうなると光源どこだよって話になるんだけど。
とりあえず俺に掴みかかっている相模と言う名の高校生は俺の胸ぐらを掴みっぱなしだし、俺は俺で両手を上げたままだった事にお互いようやく気づき、突き飛ばされる様に離してもらえた。
そこでようやく事態が動いた。
「皆さま、危ない所でしたね」
急に現れたのは、真っ白のドレスを着た金髪美人だった。いや、美人と言う表現もおこがましいくらいの、絶世の美女だ。
生まれてから三十五年。ここまでの美人には出会った事がないしテレビでさえ見たことはないレベル。なんか、神々しい感じすらする。
「突然のことで混乱しておられるのですね。申し遅れました。私は運命を司る女神です。貴方がたがあの乗り物に轢かれてしまう所を、すんでの所でここまで連れてきたのは私です」
お…おおう、まさか本当に女神とは。
連れてきたってのはどうやってとか聞くのはなんか無駄な気がする。
「ここは、世界の狭間。貴方がたは幾重にも広がる無限の世界、その隙間に立っている状況です。貴方がたには、これから"してもらいたい事"があるので、本来であれば死んでいた所を、無理やりここに連れてきました」
女神の説明に、誰も口を挟まない。
目の前で起きている事が夢か現か、まだ理解できていなかった。それでも女神はお構いなしに話を進めていく。
「貴方がたには、とある世界を救っていただきたいのです。残念ながらそれは元いた世界とは違う世界ではありますが、貴方がたの認識で言えば"剣や魔法のファンタジー"の様な世界です。もちろん、生身でと言う訳ではありません。貴方がたには特別な…」
「おい、ちょい待てコラ。勝手な事をうだうだ言ってんじゃねぇ」
誰もが運命の女神とやらの話に聞き入っていた所で、なんとも挑発的な言葉を投げかけたのは相模と言う少年だった。
正直、声を発しただけでもすごい事だと思った。しかもそれが喧嘩腰ときたもんだ。若いってすごい、そして怖い。
「勝手に連れてきて何言ってやがんだ。アホみてぇな事言ってねぇで早く元いた場所に戻しやがれ」
相模少年の乱暴な言葉に、運命の女神は一片の感情の変化すら見せなかった。ただ、慈愛に満ちた表情を崩す事なく、諭すように口を開く。
「もちろん、それも可能ではあります。ですが、もしも貴方がたを元の世界に戻す場合、先程と寸分違わぬ場所、全く同じ時間にしか戻して差し上げられません。あの乗り物に当たり負けしない自信がおありでしたら、大変差し出がましい事でした。今すぐ元に戻しましょう」
「ダ、ダメ!」
「女神様!それだけはどうか!」
「それはヤバいって!相模!早く謝れ!」
「うるせぇな!あんなもん避ければ余裕だろォが!」
慌てて相模のクラスメイト達が懇願する中で、相模少年だけはタンクローリーに勝つつもりでいるらしい事に驚きを隠せない。
「では、私の提案を受け入れてくださると言う事でよろしいのですね?まぁ!それは上々です!
先程言いそびれましたが、もちろん、ただの学生だった貴方がたを生身で放り込む事などは致しません。皆様には全員、特別な能力を付与いたしますのでご安心ください」
女神がそう言って片手を振り上げた途端、俺を含めた全員の体が発光し始めた。その光は数秒で消えてしまった。女神が言う所の"特別な能力を付与"したのだろうが、体には特に何も変わったところはない。
「おめでとうございます!女神からの祝福を与えました。
それでは皆様、どうぞ"ステータス"と唱え、ご自身の職業を確認して下さい。あなた方は全員漏れなく、いわゆるチートと呼ばれる程の能力を得ることが出来ているはずです」
そこで話は現在に戻る。
「はい、あなたのスキルは"ゲーマー"です」
…詰んだ。
なんだその職業。確かにゲームしかしてなかったけどさ。今日も一日ゲームしてたよ?ゲームしかしてなかったよ?でもさぁ、これから生死に関わりそうな職業が"ゲーマー"はないでしょ。何の役に立つのよ。
いっそギャンブラーにでもなるかな。ゲームってトランプとかそう言うのも範囲内ですよね、もちろん?でもそれで金稼いでいけるなら、意外と楽して生活はできるのか?
いやいや、待てよ。異世界って"ゲーム"ある?MMORPGは?そもそもPCある?いや無いよね。絶対無いよね。それじゃお金稼いでも意味ないじゃん。てか生きてくうえで何の楽しみがあるの?
「うわ、めちゃくちゃ落ち込んでんじゃん」
「いやそりゃそうだろ、お前職業ゲーマーが良かったか?変わってやれよ」
「嫌に決まってんだろ!」
「そりゃあんな顔にもなるわな。どうせ朝から晩まで引きこもってゲームしかしてなかったんだろ」
職業がゲーマーだったことよりも、異世界にPCがない事に気が付いて絶望しているのだが、どうやら同情されているらしい。喧嘩を売られるよりはマシか…。それに的確に言い当ててくる奴もいるし。
「どうやら貴方は、彼等の"転移"に巻き込まれてしまった様ですね。だからそのような得体の知れない職業と最弱のステータスに…」
女神様、説明ありがとう。
しかしその声音には同情等といったものは存在していなかった。
「えー、コホン。では話を続けたいと思います。貴方がたがこれから召喚される場所は、北の大国、ヴァスティオ帝国です。遠くない未来、その世界は大陸中の国を巻き込んだ大戦が始まります。そうなる前に、ヴァスティオ帝国の大陸統一に力を貸してほしいのです。貴方がたの力はこれから行く世界の中でも飛び抜けたものであり、ヴァスティオ帝国の大きな力となる事でしょう」
女神が仰々しく説明しているが、つまりは侵略戦争に加担しろ、と。
タンクローリーに逃げ道を塞がれた俺達に逃げ場はない。
「異世界には行きたいが、戦争には加わりたくないと言ったら?」
高校生の誰かからそんな疑問が湧いて出た。それにも、女神は微笑みを崩さずに返答した。
「ヴァスティオ帝国に協力していただけないと言うことであれば、残念ながら異世界へ行く事は叶いません。ですが、ヴァスティオ帝国で力を発揮した暁には、地位や権力はもちろん、裕福な暮らし、美しい妻や夫、何人もの側室や妾、幸せな人生は間違いない事でしょう。あなた方が元いた世界ではどんなに望んでも決して手に入ることの無い全てが、そこにはあるのです。
貴方がたに求められるのはただ一つ。与えられた圧倒的な力で悪を討ち滅ぼす。それだけなのです。ヴァスティオ帝国、いえ、ひいては大陸全土の平穏の為に、貴方がたの力をお貸しいただけないでしょうか」
訪れたのは沈黙。
しかしそれも一瞬だった。
「わぁったよ。どうせ元の世界でトラックに轢かれて死ぬくらいなら、俺は行くぜ」
それは職業"勇者"と圧倒的なステータスを授かった相模と言う男子高校生だった。その他の高校生たちも、すでに選択肢がないこと、異世界でも危険は少ないことを理解した者から賛同の声が上がる。
俺はと言うと、何も言えずにいた。
授かったゲーマーと言う職業。希望を見出せない新しい世界。
どうせ逃げ道もない。好きにしてくれればいい。
「皆様、ありがとうございます!
それではただ今より皆様をヴァスティオ帝国へと転送します。私は天上より皆様のご健闘を常に視ております。どうかご武運を」
常に視ている。つまり女神を裏切れば分かると言う警告を含みつつも、運命の女神は俺達を再度祝福した。
そしてその言葉と共に、全員の身体が光り出す。
一人一人が眩いほどの光に包まれたかと思うと、次々に光の粒子となって消えていく。
俺以外で最後の1人となった相模に、女神はそっと近づいていった。
「あなたは特に特別です。あなたの力は一国の軍事力にも匹敵するほど。期待していますよ」
それに返事をする間もなく、相模は消えていた。
そしてついに最後の一人となった俺自身も、光の粒子となって消え
…なかった。
「え?」
「え?」
運命の女神とその一言が重なった。
女神の微笑みが明らかに崩れ、怪訝なものへと変わる。そこに初めて少しの人間性が見えた気がした。
「早く行きなさい」
「え?いや、自分の力ではどうしようも…」
言い放たれた言葉は、先ほどまでの慈愛に満ちたものではなく、近所の悪ガキを追い払うようなそれだった。
「どう言う事よ。何で転移されないの?」
それを俺に言われても。
と反射的に言い返しそうになるが、その言葉をぐっと飲み込んで女神の出方を待つ。
「うーん、まぁいっか。一人くらい、放っておいても。どうせレベル1で何も出来ないだろうし」
不穏な言葉を並べる女神。こいつキャラ変わりすぎじゃないかと思ったが、そんな場合ではない。流石にこれは黙ってられない。
「え?放っておくって。まさかこんなわけのわからない場所に置いて行ったりしないですよね?」
女神は苦笑いを作った。
「えぇっと、こんな何もない所だけど、もしかしたら貴方も歳を取らないかもだけど。一応うまくいって寿命が来ればきっと輪廻に加われると思うから大丈夫よ、恐らくね。どうぞ気長に過ごして」
運命の女神が光り出す。
それはまるで先程高校生達が消えていった時と同じような現象で。
ちょっと待って…?
ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待ってちょっと待ってちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って!!!!!!
「ちょっ…!」
言葉に出す前に、運命の女神は去って行った。
後に残されるのは俺ただ一人。
女神に向けた右手が、力無く落ちる。
「………嘘でしょ」
取り残された…。
女神いわく、"世界の狭間"とか言うこの空間に。周りを改めて見渡すが、上下左右おまけに床までも、全てが真っ白で何もない空間。
ここで生きていく?無理だ。
食べ物、飲み物は最低限必要だ。でも女神が言っていた、歳を取らないって言うのは時間が止まっているって事じゃないのだろうか。そうなれば、飢えるよりも最悪だ。この本当に何もない空間では、きっと精神が持たない。気が狂ってしまう。
「あ、の、クソ女神がああああ!!!!!」
俺は生まれて初めて、他人に対して恨みを抱いた。
そしてそれを腹の底から叫んだ。こんな事は人がしていい事じゃない。いや神様だとしても許されるはずがない。もし次にひょっこり顔を出したら飛び掛かって有無を言う前に一発殴る。絶対そうする。
「あら?こんな所にヒトがいる。へぇ〜?おもしろい」
一人で四つ這いになっている俺の耳に、そんな声が届いた。
ばっ、と起き上がって振り返ると、そこには女神がいた。
先程の運命の女神とやらではない。
別の女性だ。ただやはり絶世の美女で金髪、白いドレスも一緒だ。
その人物に慌てて近寄り、白いドレスの裾の端っこを必死に掴みながら、俺は懇願した。
「すびまぜん!助けでぐださい!ここに置いていがれだんです!」
まだ置いていかれてから数分と経っていないが、ここまで人生で孤独を感じたのは初めてだった。その不安や寂しさ、運命の女神への恨みや怒り、誰かが来てくれたことへの安心で心がごちゃまぜになり、訳も分からず涙が出た。
「え、えぇぇ…。どういう事かな?ちょっと失礼?」
その女神は、運命の女神よりも可愛らしい印象で、少しお茶目な口調だった。
彼女は俺の前にしゃがみ込むと、もともと不細工な上に涙と鼻水でぐちゃぐちゃな俺の顔を両手で包んだ。そして顔がすっと近づいてきたと思ったら、互いの額を合わせた。
「ふむふむ…。あーなるほどね。アイツってば、まぁたそんな無茶苦茶して」
目の前で、鼻と鼻が当たる程の距離で、この世のものとは思えない御尊顔が喋っている。
そんで、すっっっげぇ良い匂いがする。
なんだこれ。頭がくらくらする。これが女性の匂い…?それとも神様の匂い?そのどちらにしても初めて嗅いだ匂いだからわからん。
鼻水が出てて全力で嗅げないのが心底悔しい。
ん?俺の女性経験?そんなもんはもちろん無いよ。魔法使いになったのはもう五年前だよ。前の世界では魔法使いだったのに、次の世界ではゲーマー?おい逆だろ!!!
「うん!面白いっ。決めたっ!」
その女神様は、悪戯に笑った。
「君のことは、私が転生させてあげよう!」




