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第十九話 ピッグボア.

「たあああああ!!!!」


クリス兄さんがコボルトに向かって剣を振りかぶる。

その隙を鋭い爪で突こうとしたコボルトだったが、それはクリス兄さんを舐めすぎだ。クリス兄さんの剣はコボルトの細腕など関係なく振り抜かれ、コボルトの腕ごと胸を深く斬りつけた。

たたら(・・・)を踏むコボルトに素早く近づき、喉をひと突きでコボルトは呆気なく絶命した。


クリス兄さんは森に入り始めてからここ十日間ほどでの戦闘によって、いくつかのレベルアップを果たしていた。

その剣速は生誕祭の時よりも速く、剣筋は力強くなっている。レベルアップで身体ステータスが上昇したのだろう。


ちなみに、クリス兄さんの頭の上に浮いている"自分と比べた強さ"を表すマークは、緑のまま変化していなかった。まだ、俺とクリス兄さんの力は同程度、と言う事だ。


この出来事は、俺の"強さマーク"についての理解を深めてくれた。恐らく、このマークの判定基準は、単純なレベル差や、身体ステータスの差ではない。


もしもレベル差だとしたら、すでにレベル7の俺の方がクリス兄さんよりも強いと表示されるはずだ。もしも身体ステータスだけで算出される場合でも、俺の魔力最大値の231と言う飛び抜けた数値が働いて、やはり俺の方が強いと表示されるはず。


この状況で俺とクリス兄さんの力関係に変化がないと言うことは、ステータスウィンドウに表示される以外の要素も考慮されている可能性が高い。


それは例えば、剣の技術。【剣術】スキルとは違った、本当の剣の上手さ、強さ。俺がクリス兄さんとやり合って勝てない原因はきっとここだ。


つまりこの"強さマーク"は、結構アテに出来る。相手の強さの総合値がある程度把握できるのは大きい。


と同時に、こればかりに頼ってもいけないとも感じた。

戦闘は腕相撲では無い。単に力比べで勝敗がつくわけでは無いのだ。


極端な例で言えば、寝込みを襲う。それから人質を取る。そんな単純なシチュエーションだけで、強さマークが真っ黒な敵にも容易に勝てるかもしれない。ほんとに極端な話だけど。


もう少し具体的な例を挙げると。俺がクリス兄さんと本気で戦う場合。戦闘開始した時の双方の距離が十メートル以上有れば、俺が勝つ可能性が高い。二十メートル以上有れば絶対勝てる。魔法を撃てばいいだけだからね。

反対に距離が五メートル以内なら、俺はクリス兄さんの剣に圧倒されて負けるだろう。


だから、マークが白い(弱い)相手にも十分負ける可能性はあるし、マークが黒い(強い)相手にも、作戦次第では勝てるかも知れない。


相手の強さと言うよりは、注意度くらいに留めた方が良いかもしれないな。


「ナイスです!クリス兄さん!」


「ありがとうシュウ。さぁ、次の魔物の所へと案内してくれるかい?」


「兄さん、次は僕ですよ?」


「おっと、ごめんごめん。少し気が()っていたね」


クリス兄さんは剣についた血糊をコボルトの死骸になすりつけながら、笑いながら言った。数日前にゴブリンの死体を見て吐いていた時とは大違いだ。


サルヴァトーレにこそっと教えてもらったけど、僕が倒れた(事になっている)のがきっかけだったらしい。妹だけでなく、弟にまで負担をかけているのが兄として許せなかったとか。その日からクリス兄さんは魔物に向けて剣を振る事に躊躇わなくなったそうだ。


そうなってくると逆にこっちが兄さんに負担を強いている様で、少し胸が苦しい。


"ほんとに良い子よね〜。もし若くして死んだら私の遣いにスカウトしよっかなー"


縁起でもないのでやめて下さい。


「サルヴァトーレ、僕達二人だけでコボルトまで相手に出来たんだから、もう少し森の奥に連れてってもらうように、父様に話してよね」


「はっはっは。油断大敵ですぞシュウ様。確かにお二人の実力は新人冒険者と同じくらいはありましょう。しかし、せめてピッグボアくらいはお二人で倒せるレベルでなければ、もう少し奥にはお連れできませんな」


()ッグボア?()ッグボアじゃなくて?」


ボアっていうからには猪なんだろうけど。ビッグじゃなくてピッグ()

俺の疑問にすぐに答えてくれたのは、クリス兄さんだった。


「ピッグボアって言うのは、ボア系の魔物の中でも1番小さいものだよ。豚くらいの大きさだからそう呼ばれてるんだ」


ふむふむ。一番小さい奴ならいけるかな?ただ、豚くらいって言っても、本気で突進されたら死ぬな。特にこの身体(四歳児)の場合…。

でもきっと経験値は美味しいはずだ。今は何よりもレベル上げが必要だからな。



その時、頭にクエストのアナウンスが流れてきた。


《クエスト"ピッグボアを狩る"を受注しますか?》



おっ!新しいクエストだ!

やった!久しぶりのクエストだ。やっぱりどんどん新しい事をしていかないと、クエストは出にくいのかもしれない。もちろん受注だ。期限は一週間。


《クエストを受注しました。詳細は管理画面で確認できます》


これで、ピッグボアを狩る事が俺の中で決定した。あとはこの人達を巻き込むだけだ。


「よし。じゃ、そのピッグボアを探そう。そいつを狩るにしても、もう少し奥まで入らないとだもんね?」


「え?いやいやシュウ様…?まさか本気でピッグボアを狩りに行くつもりですか?先程のはその…言葉の(あや)と言いますかその…」


「騎士が軽々しく前言を撤回するんだー?ふーん?」


「シュウ!?本当にピッグボアを探すつもりかい!?僕達にはまだ少し早いんじゃないかな…?」


「クリス兄さん、安心して下さい。僕に良い作戦が有ります」


「お待ちくださいシュウ様!?」


「時は待ってくれないんだよ。だから僕も待たないよ」


そこからもう少しだけ森の奥を探索したが、結局ピッグボアがその日見つかる事はなかった。



そして見つからないまま、三日が経った。


いくら探しても出てくるのはゴブリン、コボルト、角ウサギ、スライムの四種類だけだ。ミニマップに映る赤点を虱潰(しらみつぶ)しに追ってはいるのだが、なかなかどうして出会えない。

やはり絶対的な棲み分けがあるのだろうか?タマタマがサファリパークの中でしか出てこないみたいな?


やっぱりもうちょっと奥に行きたいな。


そんな事を感じて焦り始めた時だった。


俺達はいつも通り森の中を探索しながら、魔物を狩っていた。


ミニマップがある分、かなり効率は良い方だと思うが、それでも一体ごとの経験値が少ないため、俺の方はレベルアップには至っていない。だからこそ、絶対にクエストはクリアしておきたい。


「次こそピッグボア…!」


「シュウのそういうとこ、見習わなくちゃな」


「僕の場合はネジが一つ取れてる感じなんで、見習わない方が良いですよ…っ!?」


突如。ミニマップ上の赤点が、今までに無い勢いで近づいてくるのが視界の端で分かった。


「何か来る!速い!あっちの方向!」


「ま、まさか!?もしピッグボアなら初手は突進!私が盾で止めまする!」


「だめだっ!俺達が倒すんだから!ヴァト!命令だ!」


サルヴァトーレが前に出たところで、またしてもそれを制する。


「ま、またですか!?」


サルヴァトーレの情けない声と同時に、茂みから黒い物体が飛び出して来た。進路は俺からは外れている。クリス兄さんも無事避けられそうだと横目で見ながら、進行方向に対して垂直に回避する。騎士達は自分でなんとかするだろう。


結局誰にも衝突しなかったピッグボアは、そのまま森の後方に消えていく。これはまた茂みから突進でくるパターンか?


それにしても豚くらいの大きさって言ってなかった?

今の大型バイクくらいあったけど!?


「ピッグボアの攻撃は単調です!突進で走り抜けていくだけ!」


ヒットアンドアウェイってやつだね。

たしかに単純だけど厄介かもね。


「クリス兄さん!僕がアイツの足を止めるから、頭を狙って!」


「分かった!」


俺の言葉に疑問を投げかける事もなく、クリス兄さんはじゃらんと剣を抜いた。


「お!お待ちください!どうやって止めるおつもりですか!?もし失敗すればクリス様が突進を受けてしまいます!」


「どうやって…って。魔法に決まってるよ。僕は盾も持ってないからね。持ってても無理だけど」


俺は詠唱を始める。落ち着いて、魔力操作は丁寧に、頭の中では魔法術式を構築していく。ミニマップでピッグボアの位置は把握している。


詠唱が完了。後はタイミングだけ。


「来るよ!あっちの方向!今で距離十五メートル!」


全員が息を呑んだ。

騎士達も、いざという時のために各々で準備をしている。


そんな中、クリス兄さんは俺が指差した方向を真っ直ぐ向き、静かに剣を構えていた。


三。


二。


一。


ピッグボアが茂みから現れる。今だ!


「"落とし穴(フォールトラップ)"!」


俺が魔法を発動した瞬間。

ピッグボアが前脚で踏み締めようとした地面に、穴が空いた。足元など全く見えるはずのないピッグボアはそのまま穴に両前脚を突っ込み、バランスを崩して顔面から転倒。首が強制的に反らされた所に数トンはありそうな体重がかかって、ゴキッと嫌な音がした。


横転し、勢いのまま転がる。その先はクリス兄さんだ。


「危ないっ!」


サルヴァトーレの焦った声とは裏腹に、クリス兄さんは落ち着いていた。転がる方向を見極め、素早くサイドステップ。無駄のない流麗な動き。ピッグボアの完全に折れている首を、すれ違い様にひと撫でした。


ピッグボアが停止すると、そのぱっくり開いた首からは血が噴き出していた。


「首が折れた時にすでに死んでたね。僕は血抜きくらいしかすることが無かったよ」


ふぅ…とため息を吐くクリス兄さん。かっ、かっこよー!

え?あなた何歳ですか?年齢誤魔化してません?


《ピッグボアを倒しました。経験値を60獲得しました》

《クエスト"ピッグボアを狩る"をクリアしました》

《経験値を3000獲得しました。50000ギルを獲得しました》

《レベルが8に上がりました。ステータスが上昇します》



やった!ようやくレベルアップ!今回は長かった…!


ーーーーーーーーーー


名前:シュウ・スペンサー

種族:ヒト

職業:ゲーマーLv2


Lv:7 → 8

体力:37 → 44

魔力:231 → 235

筋力:24 → 29

知力:112 → 117

防御:21 → 26

魔法防御:97 → 102


スキル:【クエスト管理】 【マップ表示】 【スキルクエスト】


【剣術Lv3】 【投擲術Lv1】


【魔力操作Lv1】 【水魔法Lv2】 【風魔法Lv3】 【地魔法Lv3】 【光魔法Lv3】 【魔力最大量増加Lv1】 【魔力回復促進Lv1】 【魔力消費軽減Lv1】


【気配察知Lv4】 【スタミナLv2】 【逃げ足Lv1】 【夜目Lv1】


【指笛Lv1(MAX)】


ーーーーーーーーーー



それにしても、経験値3000か。

ピッグボア五十体分…。ピッグボアを五十体狩ろうと思ったらどれくらいかかるかな?狩る事自体は難しくなさそうだけど、どれだけ出会えるかによるな。


「…シュウ様!シュウ様!」


おっとサルヴァトーレに呼ばれてる。


「…何?」


「さ、先程の魔法は…?」


「あーあれね。本当は地属性の"土盾(シールド)"って魔法なんだけどさ。あれ、使い辛くない?地面が盛り上がって盾になる、って。どの場面で使うの?って思ってさ。

効果を逆にして反対に掘ってみたんだよね。効果を反転させるだけなら部分的にイジればいいだけだから意外と簡単だし。

イメージも大切だから名前もフォールトラップに変えてみたんだ」


つまりは半分くらい俺のオリジナル魔法。とまではいかないか。アレンジってとこだな。



「「「魔法をイジる…?」」」



騎士達がみんな口をあんぐり開けている中で、クリス兄さんだけはやれやれと首を振るのだった。

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