第十七話 魔法を使ってみよう!
「サルヴァトーレ。今日は少し魔法で攻撃してみたいんだけど、盾役をやってくれないかな?」
「………ほぅ?しかしまだシュウ様は魔法を勉強されていないのでは?クリス様ですらまだ実戦で使うには難しいと聞いておりますが」
「うん、最近独学で勉強してるんだ。失敗するかもしれないけど、サルヴァトーレが盾役をやってくれるなら安心だからさ」
魔法の練習を始めてから一週間。
もはや日課となりつつある午前中の森探索に来ていた。今日はクリス兄さんは来ていない。魔法を教えてくれる講師の都合で、今日は午前中に指導があるらしい。
だから俺は屋敷に帰る前に、そんなわがままを言ってみた。
「サルヴァトーレなら、一時間でもゴブリンと遊んでられるでしょ?」
「もちろん、シュウ様のためでしたら、一時間と言わず、一日でも。シュウ様にもお考えがおありでしょう」
「ありがとう。それじゃ、あっちに何かいるから行ってみようか」
「シュウ様?そろそろその索敵方法についても何かヒントだけでも教えていただけたら…」
「はいはい行くよー」
ミニマップの通りに行くと、そこには当然のごとく魔物がいた。今回はゴブリンだ。右手に木の棒を持っている。
「それじゃあよろしくね」
サルヴァトーレはうなずくと、奇声をあげながらこちらに向かってくるゴブリンを左手に持った盾で迎え撃つ。
ゴブリンが木の棒で無茶苦茶に殴りつけてくるのを、サルヴァトーレは子供と遊ぶように盾でいなす。その様子だとやろうと思えば本当に一日ぐらいできそうだ。
「風よ、敵を、不可視の刃で、斬り裂け」
魔法術式をしっかりとイメージする。俺の場合は日本語への理解は問題ないため、失敗するとしたらこの魔法術式のイメージが不十分だった時だ。
今回の消費魔力は10。魔法理論書に載っている数値の五分の一。どこまでダメージを与えられるか…。
「ヴァト!」
俺の声でサルヴァトーレが盾でゴブリンを大きく弾く。
サルヴァトーレが素早く距離をとったのを確認してから、ウィンドカッターをゴブリンに向かって放った。
風の刃はイメージ通りの軌跡を描いてゴブリンの首へと吸い込まれる。
シュパッ。
ぐぅ、外れた。
一瞬そう思ったが、ゴブリンが再び動き出そうとすると、首がばっかりと開いて血が噴き出した。
ゴブリンは首を抑えるが、それでも流血は止まらず、ついにはその場に崩れ落ちた。
《ゴブリンを倒しました。経験値を8獲得しました》
やれた。
俺はゆっくりゴブリンに近づくと、死体を蹴り上げて首の傷口を観察する。狙いは完璧。首の正面に命中している。傷口が綺麗で、本当に刃物でスパッと切ったみたいな、もしくはそれ以上か。
しかし傷口自体はそこまで深くなく、今回はたまたま首の動脈が切れた事で致命傷に至ったか。これが腕や足であれば、少し動きを鈍らせる程度だったに違いない。
まぁ標準の五分の一の魔力消費だとこんなものか。それでも急所に命中すれば即死も狙えると言う結果はうれしい誤算だった。
「い…今のは………。もしやシュウ様が………?」
振り返ると、サルヴァトーレの目が見たこともない程に見開かれていた。
こいつ。俺が本当に魔法を使えるなんて、露ほども思っちゃいなかったって顔だな。他の騎士たちも同じか。
「いや………ボクジャナイヨ?」
「「「騙されません(ぞ)!!!」」」
「うわぁ!びっくりした!みんなして大声あげないでよ」
「こ、これは失礼致しました…。しかしシュウ様。索敵の事と言い、今の魔法の事と言い、隠し通すのも限界ですよ。我々としてもシュウ様が魔法を使われた件は子爵様に報告しなければなりませんし」
若い騎士が申し訳なさそうに言う。
隠し通すのが難しいのは分かってる。そもそも、サルヴァトーレを始めとしたこの人達に、俺にも森を探索できる力がある、と言う所を証明しなければならないのだ。
いつまでも力を隠していたらそれも叶わない。無駄にこの森の端っこで時間を浪費することになる。
"仕方ないわねぇ。でもスキルの事は話さない方がいいわよ。それじゃ、私は少し用事で出てくるから!また生きてたら連絡するねっ!それじゃっ!"
あ!ロキ様ー!逃げるなー!
…。
だめだ、あのヤロウ、運命の女神にビビって逃げやがった。
そんな心の葛藤も知らず、騎士達は俺を穴が開くほど見つめている。今日という今日は白状してもらうぞ。って感じだ。
「それじゃ、事実だけ言うよ。それ以外は詮索しないで。まずは、僕には半径二十メートルくらいの範囲で敵の方向と距離が分かる。それから、風の魔法を独学で勉強中。一週間前から始めて、魔物に対してはさっき初めて使った。ちなみに魔力量がまだ少ないから、現状今のウィンドカッターを三発しか撃てない。以上」
早口でまくし立てるが、これで一応ちゃんと説明した。嘘もついてないし。スキル名とかは聞かれても答える気無いけど。
「索敵って二十メートルも効くものなのか?」
「私には無理よ。それこそAランクパーティの斥候とかだとできるかもだけど。私はせいぜい十メートル…」
それは今までの感じから、なんとなく想像できてた。だって俺のミニマップに映る方が断然早いもん。
「いやそれよりも、魔法勉強して一週間って言いました?」
「おい、お前さ、水魔法使えたよな?」
「一週間とかあり得ねぇよ。俺が初めて魔法使えたのは、学園で勉強し始めて一年後だぜ?」
え?そうなの?
あぁ、日本語への理解がそれだけかかるのか…?でも文章とかじゃなくて単語だけだからもっと早くいけそうな気もするけど。詠唱するわけじゃないから発音も関係ないし。
それとも"きょふ"が強風のことだったり、和製英語的ならぬ異世界語製日本語の影響か?うーんわからん。
今はラッキーと言うくらいの認識でいいか。
「それに詠唱も少し早い気がしたけど」
「そうか?それは分からなかったな」
ふふふ。
それは"魔法術式を書き取る"で必死に魔法術式を書くこと700回。それで得た【詠唱短縮Lv2】のおかげだ。いやー書いた書いた。次のクエストが1000回だったのを見て、ペンをそっと置いたけど。
Lv1だとあんまり感じなかったけど、Lv2だと魔法使う人にはわかるんだな。多分このスキル持ってる人はかなりレアなはずだし。
だってただでさえ紙が貴重なこの世界で、わざわざ数百回も書き取りで覚える人なんていないだろうからね。
「とにかく説明はしたからね。さぁさ、次いこうよ。時間がもったいないし」
次はもっと魔法を試してみよう。
3回までしか撃てない魔法にはあまり期待していないが、魔法には他の使い方もある。
今の魔力は21/31。よし、もう少し試せるな。
またミニマップに従って森を少し行くと、今度はコボルトが現れた。
前世のゲームでは、コボルトは犬をモチーフにした魔物とされていた。しかし、この世界のコボルトはお世辞にも犬とは言えない外見をしている。しいて言えば、パグの顔を少し人寄りにした?みたいな。なかなかに醜悪ではある。
サルヴァトーレがまた剣と盾を構えて前に出るが、後ろから声をかけた。
「ヴァト!今回も魔法使いたいから時間稼いで!」
「なっ!?シュウ様、しかしそれは…」
コボルトと戦うのは父様の許可が出てないからって言うんでしょ。
「魔法を使って、なら問題ないよね?ほらほら来るよ!」
コボルトはゴブリンよりも武器を持っている可能性がやや高い。今回は木の枝を持って振り回している。サルヴァトーレの盾に当たってすぐに折れたけど。
俺は俺で、魔法の準備を滞りなく進めていた。
今回使う魔法は地属性の中級魔法、オーバーパワー。筋力を10%増加させる。効果は二分間。それにアレンジを加えたものだ。
俺は安全策としてコソコソとコボルトの背後に回り込む。
そして魔法を発動させた。
身体中に魔法をうっすら纏った状態だ。
そしてコボルトに全力ダッシュ。
「シュウ様!?」
コボルトがこちらに、気づいてターゲットを変更する。コボルトは既に武器を持っておらずその長い爪を振りかぶる。
俺はと言うと颯爽と剣を抜き去り、急ブレーキからのバックステップで爪を躱す。コボルトの腕を叩き斬り、返しの一閃でコボルトの首を落とした。
ドサッ…。
確かな手応えもありつつ、余裕を持っての戦闘だった。
《コボルトを倒しました。経験値を15獲得しました》
「シュ、シュウ様…。こ、攻撃魔法では…?」
俺はサルヴァトーレの焦り顔に、全力でとぼけて見せた。
「いんや?魔法を使って攻撃するって言っただけだけど?」
「使っていないではないですか!」
「使ってるよ!」
「な!?な、な、何の魔法を?」
う、まぁそうなるよね…。仕方ないか。
「地属性のオーバーパワー…」
「「「地属性!?」」」
その反応はさっきも見たよ。あと大声は止めようよ。
「シュウ様?何故、地属性も使えるのですか…?」
「魔法理論書を読んだからね」
「理論書を読んだだけで、たった一週間で魔法が二属性も使えるわけがありません!」
「そんな事言われても…」
使えちゃうんだよなぁ。何故かは分からないけど。
そう言えば今ので魔力は………16/31か。よしよし。予定通り、5だけ使ってるな。
オーバーパワーの本来の効果は、魔力30を使用して、対象の筋力を10%上昇させる。効果時間は二分。支援用の魔法だ。最大魔力が31しかない俺にはちょいキツイ。
だから、少し効果を変えてみた。
効果時間をわずか五秒まで短くし、筋力を20%上昇させる。これで魔力の消費を5まで下げることが出来た。
魔力消費が5で済むなら、最大魔力の少ない俺でも実戦で使いやすいし、使い方によっては格上の相手を倒す切り札になる。この辺りの応用が効くのはかなりありがたい。
だがそれでも、最大魔力が低いのはやはり致命的だ。継戦能力が乏しいと、効率の良いレベリングは叶わない。そこは絶対に何とかしないといけない課題だ。
身体の成長とレベリングによってある程度は伸びるだろうが、今はそんな悠長なことも言ってられない。最大魔力を伸ばすか、魔力消費を少なくするスキルの獲得を目指すべきだろう。
この一週間のうちに、魔法理論書を読むと言うスキルクエストは四種類全て終わっている。
風魔法と地魔法に関しては"○魔法を使う、100回"もクリアしたからLv3だ。それでも魔法を使う時の消費魔力は減らなかった。どうやら属性ごとの魔法スキルを上げた場合に得られるのは魔法の効果上昇のみらしい。
やはり、"アレ"をやるしかないか…。
"アレ"が一番それっぽいんだよな…。
騎士達はまたしてもこちらを質問攻めにしそうな雰囲気はあったが、それを躱しながら俺達は帰路に着いた。




