第十四話 初戦闘.
《職業ゲーマーの効果により、バトルチュートリアルを開始します》
お…?これはこれは。チュートリアルは久しぶりだな。
"なになに!?なんか始まったの!?"
野次馬の様に飛びついてきたロキ様にも、ちゃんと、説明してあげる。
"ほんとに面白いスキルだねー。わざわざ戦い方まで説明してくれるなんてさ"
「………シュウ?大丈夫かい?」
「あ、うん。大丈夫だよ。クリス兄さん。精神統一してるから、ちょっと待ってね」
スライム相手に精神統一?と言う顔を全員にされるが仕方ない。
《"バトルチュートリアル"を受注しました》
きたきた、これだよ。これが始まってから倒さないとチュートリアルクリアにならないかも知れないからね。
昔のゲームだけど、アナウンスの進行より先にイベントクリアしたら、そのクエストが一生達成されないバグなんかもあったからなー。念には念をってやつ。
《現在、目の前のスライムは非戦闘状態です。この状態では攻撃はしてきません。戦闘状態に移行する条件は、魔物によって変わります》
そのアナウンスが流れた後、スライムの頭上に小さな逆三角形のマークが現れた。色は白色だ。
《全ての魔物や人物の頭上にマークが表示されます。マークの色は、自身と比べた、その魔物や人物の強さを表しています。色は自分と比べて弱い順から白、緑、黄、赤、黒へと変わっていきます。戦闘状態へ移行する前に、確認しましょう》
なるほど、と思って振り向くと、やっぱり。
クリス兄さんの頭には緑、騎士の人達の頭には黒色のマークが浮かんでいた。クリス兄さんと戦闘になった場合、ほぼ互角、だから緑。昨日の生誕祭ではいい勝負だったし、おまけに俺は昨日の夜レベルアップもしたし、今は互角くらいではないだろうか。
騎士の人達には、どう足掻いても勝てない。だから黒。
そして、目の前のスライムは白色。十分に勝てる相手と言う事だ。
俺はようやく剣を構え、油断する事なく近づいていく。
《目の前のスライムを倒してください》
俺はスライムを一振りで両断した。
感覚としては、わらび餅を切った様な感覚だ。少しだけ粘度を感じたがそれだけだ。
《スライムを倒しました。経験値を2獲得しました》
おー。クエスト以外での初めての経験値。
最下級のスライムで一体の経験値が2か。少ないな。
《強い魔物ほど多くの経験値を獲得でき、レベルが上がるほど、次のレベルアップに必要な経験値は増していきます。レベルが上がってきたら、強い魔物にも挑戦しましょう》
ほいほい。レベルアップしながら適正レベルの敵を倒していけって言うことね。つまりはスライムなんかは俺の適性レベルではないと。まぁそうだけどさ。
《クエスト"バトルチュートリアル"をクリアしました》
《経験値を500獲得しました。3000ギルを獲得しました》
おー。でもやっぱりスライムの経験値よりもかなり貰えてるよな?他のクエストと比べると少なめだが、それはチュートリアルだから仕方ないか。
「大丈夫でしたか?シュウ様?」
「うん。ありがとう。次は兄さんだね。あっちにまた何かいそうな気がするから行ってみよう」
俺は次の敵がいる方を指差してクリス兄さんに言ったが、全員が苦笑いをしていた。
しかしどう思われようが多少は仕方ない。今はニーナのために少しでも早くレベルを上げて、この森の中を探す戦力にならなければならない。
そこから俺の誘導でスライムを見つけまくり、クリス兄さんと交互に倒していった。
そのうち森の少し深い部分に入ったのか、一角の兎やそれこそゴブリンが現れ始めたが、そこはまだ早いと思われたのか騎士の人達が危なげなく倒していく。
兎はまだしも、初めてゴブリンを討伐する時は目を背けたくなる光景だった。まるで、交通事故を目撃した様な衝撃。
嘔気すら感じたが、なんとか踏みとどまり、隣で盛大にぶちまけたクリス兄さんの背中をさすった。
「シュウ様、クリス様。森で活動すると言うのはこういう事です。魔物とは生死を賭けて殺し合わなければならない。いくら剣が強かろうと、その覚悟がないうちは、森に入ることはなりません」
サルヴァトーレは厳しく言った。
俺達を思っての言葉なのはわかっているので、俺とクリス兄さんは何も言い返せなかった。
「わかってるよ。次にゴブリンが出たら僕がやるね」
「いえ、それはなりません。シュウ様。今日はスライムだけと御当主様より言われております」
「サルヴァトーレ。分かってるでしょ?今やらなくても、次は僕一人で来てゴブリンを探すよ。覚悟なんて要らないさ。僕の命だけじゃなくてニーナの命もかかってるんだから、死に物狂いでやるだけだよ」
"うわぉ!かっくいー!シュウ君かっくいー!"
ロキ様は黙っててください。顔がニヤケそうです。
サルヴァトーレはそんな問答も知らずに、数秒黙った後にため息をはいた。
「分かりました。御当主様からは、シュウ様はそんな事を言い出す可能性があると言われてます。その時には、厳戒態勢のもと、ゴブリンと対峙させる事を許可すると承っております故」
なんだ、父様。わかってるじゃないか。
「それじゃ、行こうか。次はあっちだよ。ゴブリンだと良いけど」
サルヴァトーレを先頭に再び森の中を進むと、そこには狙い通り、ゴブリンがいた。
ゴブリンの身長は約一メートル。つまり俺とほとんど変わらない。体型もほとんど同じだが、ゴブリンの手脚は異常に細く、そしてでっぷりと腹が出ていた。手には木の棒や、剣なんかを持っている事もあるらしいが、こいつは素手だ。
俺のすぐ横に、騎士達が剣を抜いて控える。俺が少しでも危なければ、きっとこのゴブリンが俺に何かする前に細切れにするつもりなのだろう。
そんな厳戒態勢だとしても、よくもまぁ認めてもらえた方だと思う。俺が親なら絶対止める。正直言って、これを許可するとか頭がおかしいとさえ思う。だが、今だけは好都合だ。なぜなら、ゴブリンの頭の上に表示されているマーク、それは俺が十分に勝てる見込みのあると言う勝率を示す白色だったからだ。
「ギョエエ?ギィィィィェェエエエ!!!!!」
ゴブリンがこちらに襲いかかってきた。
内心はビビっている。しかし、ニーナの顔が頭を過ぎる。
醜悪なゴブリンの様になってしまうかもしれない妹。そんな運命には絶対にさせない。
俺は両手を突き出しながら走ってくるゴブリンの顔面目掛けて、剣を袈裟に振り抜いた。
手応えはあった。ちょっとありすぎたくらいだ。、骨やら皮膚やらなんだかわからないが色々な感触が手に伝わって、それだけで一週間は飯が食えないだろうと思った。
顔から上半身にかけて大きく傷が走り血飛沫が舞う。ゴブリンも痛みで顔を押さえながら後退するが、俺は距離をさらに詰め、今度は横に一閃した。
顔の傷を押さえていた腕ごと首に半分ほど剣が埋まり、そのまま横に崩れ落ちた。
《ゴブリンを倒しました。経験値を8獲得しました》
「フゥーッ………」
ゆっくりと息を吐き出す。
大丈夫だ。かなりグロいが、こんなのでいちいち躊躇っていられない。ニーナには時間がないのだ。
"妹を理由にして、自分の殺生を正当化してるだけかもよ?"
ロキ様、僕の味方じゃなかったんですか?
"思ったから言ってみただけー"
「よし。次、行きましょう!次はクリス兄さんどうですか?」
「え!?ぼ、僕は今日のところはスライムでいいかな…?」
クリス兄さんは首から血を噴くゴブリンにドン引いている。普通の子どもにはやはり刺激が強すぎたか。
「それならスライムはクリス兄さんに譲ります!ゴブリンをやりたくなったらいつでも言ってくださいね!では、次はあちらです!行きましょう!」
そこから俺達はゴブリンとスライムを探し回っては倒し、探し回っては倒した。それ以外の角兎や、ゴブリンよりほんの少し頭の良いとされるコボルトと言う魔物が出てきた場合は、おとなしく騎士達に任せた。
だだをこねることなく引き下がった理由としては、そのどちらも頭上のマークが緑色だったからだ。
身の丈に合わない事はしない。将来的には、表示が緑色の敵とも戦わなくてはならない日が来るのかもしれないが、それは今ではない。
戦闘のいろはや、マークが緑色の敵とどれほど差があるのか。まだ不確定な要素が強い。怪我でもしたらそれこそ時間のロスだし。
「レベル、全然上がらねぇ…」
「うん?何か言った?」
「いや、何でもないですよ、クリス兄さん。次はクリス兄さんの番ですね」
ゴブリンを十体は倒した所で、つい心の声が漏れた。しかしそれも仕方ない事だと思う。ゴブリンを十体倒して、貰った経験値は80。"バトルチュートリアル"の経験値報酬が500。昨日の夜達成した"妹ニーナの体調不良について調べる"なんて経験値報酬5000だった。
スライム2500体分…。ゴブリンだと………600体ちょいか。うーん。そもそも今はレベルが7だから、こいつらは適正の相手ではないってのもあるんだろうけど。
感覚で言えば、レベルアップに必要な経験値は増えてきてる。
レベルが2になった時なんかは、確か必要な経験値は300そこらだったはずだ。これはクエストの経験値報酬がそうだったから覚えてる。
だとするとレベルが1から2に上がるためにはスライム四百体、ゴブリン百体?いやレベル1で倒せばもっと経験値がもらえてるのか?うーん…。わからん。まぁいいか。
とにかく、実際の戦いに慣れなきゃ、いくらレベルだけ上がっても仕方ないんだ。
「どんどん行くぞーっ!おーっ!」
「いや、今日はもう撤収です。シュウ様」
「え!?いやまだまだいけるでしょ!?」
「だめです。これは御当主様から絶対と言われています」
「そんなぁぁぁあああ!!!」
こうして俺の初戦闘はまずまず順調な滑り出しだった。これをきっかけに俺のゲーム熱が再燃していくのだが、それを自覚するのはもう少し後の話である。
しかし、早く帰らなければならないのであれば。
それはそれでやる事は山積みだ。
"体内の魔力を感じ取る"
30回のうち29回で止まっていたこのスキルクエストをついに達成する時が来たのだ。




