第十三話 ニーナ.
俺達が激闘を繰り広げた生誕祭の夜。俺達二人は父様の書斎に呼ばれた。
このタイミングで、ニーナの体調について教えてもらえなかったら、クエストの期限がきてしまう。失敗だ。
もしかしたらニーナの体調を回復させるきっかけも失うかもしれない。いざとなったら駄々をこねるか土下座でもするしかない。
「まずは、二人とも御苦労だったな。私から見ても良い戦いだった。街の皆も迫力のある打ち合いに驚いていたし、"スペンサーの一家が優雅な暮らしに堕落した日々を送っている"と言う声も消えるだろう」
そんな声があったのか。こわっ。
俺も振る舞いには気を付けよう。最近は街にも少しずつ行くし…。
「次に立ち合いの内容についてだが。まずはクリス。緊張からか弱腰だったな。最後の攻めが本来の実力なのだろうが、途中まではあのまま負けてしまうのかと思ったのは私だけではないはずだ。皆はあれを演出と取った様で幸運だったな。ああなるのは稽古の時の意識が足りていない証拠だ。常に死を意識しろ。サルヴァトーレにも言っておく。
いいか、覚えておけ。我々貴族にとって、剣はただの嗜みではない。力無くして、人の上に立つ事は叶わんのだ。有事の際には、先頭を切って斬り込むべき存在が我々だ。領民を護る事で、我々は飯を食わしてもらっている」
父様の言葉は、立派だった。
まだこの世界の仕組みを知らない俺が聞いても、尊敬できる物だ。俺もスペンサー家の一員だ。胸に刻んでおこう。
とか言いつつ、高校生達からは逃げる算段立てるので必死なんだけどね…。
「次にシュウ」
「ひぃっ!」
ギロリと鋭い眼光が向けられる。
首に刃物を当てられているかのごとく、膝が震え出しそうだ。
「クリスの幸運を作り出したのはお前だ。理由を説明しろ」
「は、はい。僕は父様と約束しました。クリス兄さんに勝つ、と。しかし、本当に僕が勝ってしまえば、スペンサー家についての不名誉な噂が流れる事もあるでしょう。ですので、あの様な形を取りました。
もちろんまともに打ち合った場合、僕はクリス兄さんには勝てません。僕が勝てるとしたら、クリス兄さんが本調子を出せないままに、剣を振らないままに、押し切ってしまう事です。実際にあと一歩のところまでいきました。その点では僕は作戦勝ちしたと言えると思います。が…?だめ、ですか…?」
父様は俺の説明を黙って聞き終わると、両鼻から大きく息を吐き出した。
あれぇ?だめかなぁ?逆にこれしか無くね?って感じだったんだけどなぁ。
「ニーナは、"魔憑き病"だ」
「「え?」」
俺とクリス兄さんの声が重なった。
「ま…つき…病?」
それが、ニーナの病気の名前…。聞いた事はなかったが、それは俺だけで、クリス兄さんは知っているらしい。
「そんな!父様!それは本当ですか!!!」
クリス兄さんからそんな声が出たのを初めて聞いた。今にも泣き出しそうな、悲痛な声だ。
「あぁ。本当だ。お前達二人を信用して話した。これは他言無用だ」
「あの、ごめんなさい。魔憑き病?って言うのはどんな病気なんですか?」
父様はまた大きく息を吐いた。
「魔憑き病というのはその名の通り。まるで魔物が取り憑いた様だと恐れられる子供がかかる病気だ。最新の研究で、原因は魔力の循環障害だと分かっている。魔力が身体の一部分に蓄積されていき、身体の組織を変性させる。皮膚は黒くなり、爛れ、膨張する。
ある者は魔物の顔が現れ、ある者は魔物の腕が生えた。その姿はまるで魔物が取り憑いた様だ、とな。
この病気は人々が最も忌避する病気の一つだ。何十年も前だが、領主の娘が同様の病にかかり、領民達が領主一家を火あぶりで処刑したと言う事件が起こったこともある」
なんだよ…。なんだよ…それ…。
「ニ、ニーナは、どうなるんですか…?」
クリス兄さんの声は弱々しかった。それにどうなる?って言うのは、どう言う事だ?
「まだ衣服から見える位置には症状はない。もし見える場所に出てきた段階で、ニーナは外に出せない。それ以前に、かなり痛みも強くなっていくと聞く。今は身体のだるさを訴える程度だが、それも少しずつ頻度が増えている」
外に出せない…。つまり領民の目には晒せない。病気で死を迎えるまで、激痛に耐えながら閉じこもるしかないって言うのか。
「父様!何か治療の方法は無いのですか!?」
俺の叫びに、父様は目を逸らさず答えた。
「治療の方法はある。魔憑き病に効くと言われる薬草が存在するが、かなり希少な物だ。私達も長らく探してはいるのだが、今までに見つかったのはほんの僅かな数だけだ。症状を遅らせる程度で、完治には至らない」
「僕達もそれを探すのを手伝います!」
「もちろんそうさ!」
「探すと言っても、森の中を無闇に走り回る訳では無いのだ。ここから近いローザの森も一応サルヴァトーレ含めた信頼のおける騎士達が何度も捜索している。それでも見つかった事はない。恐らく特別な条件下でのみ現れる薬草ではないかと言われている。
私たちの主な入所経路は、貴族たちで行われる高額のオークションだ。それですらかなり高額になるが、そちらは私達がなんとかする。お前達は、ただ………。ただ、ニーナに優しく接してやってくれ………。どうか頼む」
父様は立ち上がり、顔が見えなくなるまで頭を下げた。
その顔からは涙がぽたぽたと床に落ちて、床の木目を濡らす。
確かそこには、かつて立派な絨毯が敷いてあったはずだ。そういえばこの書斎の中を見渡しても、廊下や他の部屋と比べ物にならないほど殺風景になっている。ニーナのために、切り詰めているのだ。
俺はすっと立ち上がると、父様に近づく。
そして上半身を起こさせると、腰に手を回してぎゅっと抱きしめた。
「父様、今まで大変でしたね。僕達を心配させまいと隠してくれていたんですね。ありがとうございます。でも僕達だって、ニーナの兄です。僕達にも出来ることはあります。
お願いします。俺達二人を明日からローザの森に行かせてください」
その時の父様の目は、涙と驚きに満ちていた。
《クエスト"妹ニーナの体調不良について調べる"をクリアしました》
《経験値を3000獲得しました。50000ギルを獲得しました。
《レベルが7に上がりました。ステータスが上昇します》
ーーーーーーーーーー
名前:シュウ・スペンサー
種族:ヒト
職業:ゲーマーLv2
Lv:6 → 7
体力:34 → 37
魔力:28 → 31
筋力:21 → 24
知力:108 → 112
防御:17 → 21
魔法防御:95 → 97
スキル:【クエスト管理】 【マップ表示】 【スキルクエスト】 【剣術Lv3】up! 【投擲術Lv1】 【気配察知Lv4】 【スタミナLv2】 【逃げ足Lv1】 【夜目Lv1】
ーーーーーーーーーー
《クエスト"妹ニーナの病気を治す"を受注しますか?》
《クエストを受注しました。詳細は管理画面で確認できます》
*
翌日。
俺とクリス兄さん。そしてサルヴァトーレをはじめとした騎士数人で、ローザの森に向かっていた。僕とクリス兄さんは馬車に乗っていて、その周りをサルヴァトーレ達が囲って歩いている。
「シュウ、ありがとうね」
唐突にクリス兄さんからお礼を言われ、何の話か分からなかった。
「もしシュウが父様に今回の事を持ちかけなければ、僕がニーナの事を知るのはもっとずっと先だったかもしれない」
「僕も知ったのは偶然ですよ。何にせよ、知らなくて後で後悔するのだけは避けられましたね」
"この子、すっごい賢い子ね!"
そうでしょう…?自慢の兄なんですよ。
えーっと、ところであなた、何て名前でしたっけ?
"え!?ロキでしょ!?あなたがつけたんじゃない!ちょっとひどくない!?"
うそうそ、冗談ですよ。久しぶりですね。ロキ様。
久しく僕の言葉に返事もしてくれなかったじゃないですか。その仕返しですよ。
"生誕祭の時期は神もいろいろと忙しいんだってー。そんなめんどくさい彼女みたいな事言わないでよ"
生誕祭の一週間くらい前から音信不通になっていて心配していたのは確かだ。神様なんだから、病気とか事故とかについてはあり得ないのかもしれないが、それでもこの世界に来てからずっとそばで見守ってくれていた人が急にいなくなれば不安になったりもする。
んーやっぱり女々しいか?いや、でも相手はなんたって神様だからな。そりゃ誰でも神様に見放されたくないよね?
「クリス様、シュウ様。もうすぐ森に到着します」
屋敷から馬車で揺られる事、三十分。森に到着したみたいだ。
意外と近い。それが素直な感想だった。だって街の外壁を抜けてから十分ほどしか経っていないのだ。こんな近くに魔物が跋扈している森があったりして、街に危険はないのだろうか?
"そのために外壁があるんでしょ?"
あ、そうか。なるほど。
馬車が停車してから、俺とクリス兄さんはようやく壁の外の世界に降り立った。
そこは森の入り口だった。
ローザの街までは草原が続いていて、やはり街まではそんなに離れていないのがひと目に分かる。
「我々が先導します。まずは無抵抗なスライムと言う魔物から狙いましょう」
おぉぉ!スライム!早く見たいスライム!あとはゴブリンやオークなんかも早く見たい!
いや、ゴブリンはやっぱりいいかな。まだ。
森に入ってからすぐ、体感で三分くらいで俺の視界上に表示されているミニマップの端っこに赤い点が表示される。いつかのインビジブルなんとかってトカゲ以来の赤点だ。進行方向から少し右に逸れたくらいの位置。
「何かいますね」
「「「「「え?」」」」」
あ、まずい。これ一番に気づいちゃったやつか。
てかこれ、ミニマップの縮尺どうなってんだ?自室にいる時とも街の中にいる時とも違う。もしかして結構広めか?
「あ…いや、なんとなーく…」
「ははは、シュウ様。少し過敏になっているのでしょう。怖がられることはないですぞ。いくら魔物が出るといっても、こんなに森の入り口には滅多におりません。ちなみに、その"なんとなく"とはどちらの方向でしょうか。試しにそちらに進んでみましょう」
サルヴァトーレが優しく教えてくれる。俺の不安を払拭しようと、"ね?何もいないでしょう?"みたいな流れにしようとしてるよこれ。
うわー、でもどうしよう。これ絶対いるよね?でもミニマップの縮尺がどの程度かも知りたいし。うーん、まぁ、いっか。
「えーっと、あっちの方かな」
「ではあちらに向かってみましょう」
俺の緊張をほぐしてくれようとしているのだろう。朗らかな雰囲気で先頭を歩くサルヴァトーレ。
しかし近づくにつれて、スキルの【気配察知Lv4】でも感じ始めた。そして騎士の一人もチラチラとサルヴァトーレに視線で合図する。きっと【気配察知】スキル持ちだ。
【気配察知】のスキルクエストは、視界外の存在に気がつく。20回。そこから回数が増えて50回。100回、500回。まで達成して現在のLvは4。
前述の通り、【気配察知】の範囲よりもミニマップの表示距離の方が広いため、ミニマップで"誰かいるな"と気づいた瞬間に一回にカウントされる。そのためホイホイとレベルが上がったのだ。
「ここでお止まり下さい」
サルヴァトーレが俺達の行く手を制した時には、既にそれはいた。スライムだ。これは、どっからどう見てもスライム。でもやっぱり実際に見るとちょっと生々しい。はっきり言ってアニメなんかで見るよりもキモい。
だがミニマップの範囲もだいたい目星がついた。
歩いて十五秒くらいなら、今表示されているミニマップは半径三十メートルくらいの広さだ。そして半分程歩いてから【気配察知Lv4】が反応したと言うことは【気配察知Lv4】の効果範囲は約十五メートルくらい。
ミニマップが意外と優秀だった…。
「………何故、分かられたのですかな?シュウ様」
「だからなんとなくだって」
「まぁいいでしょう…。それではシュウ様が見つけられたと言う事で、シュウ様から。倒してみましょう」
騎士の方達に変な目で見られるが、ここは知らん顔を決め込んでいく。
そして俺は鞘から剣を抜くと、スライムに近寄った。
《職業ゲーマーの効果により、バトルチュートリアルを開始します》
俺の頭にアナウンスが響いたのはその時だった。




