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第十二話 演武

生誕祭の当日がやってきた。


俺達スペンサー家は、朝から衣装を着込んだり、式典の打ち合わせをしたりと忙しく動いていた。


一家が集まって流れを確認している時には、ニーナは綺麗な衣装を着て椅子に座っていた。体調はあの時よりは良さそうで、俺と目が合うとにっこりと笑いかけてくる。


あのクエストが発生してから二日が経った。今日が三日目。クエストの期限当日だ。今日中に誰かに口を割らせなければ、クエストは失敗。報酬が得られないだけならまだいいが、事態が最悪の方向へと向かう可能性もある。


クリス兄さんもダメだったしなぁ、と言うか多分知らない感じだったなあれは…。ニーナ本人も聞かされてないだろうし。あとはやっぱり、父様に直接聞くか、どこかのタイミングで盗み聞きできたら…。


「おい、シュウ。もう行くぞ」


ん?おっとやべぇ。聞いてなかった。

いつの間にか、みんな広間から出て行っており、父様が一人そこに立っていた。


「すみません。父様」


だがこれはチャンスか?聞いてしまうか?


「昨日はよく寝たのか?先程も言ったが、今日はスペンサー家にとっても大切な日だ。特にお前達には演舞を任せてある。スペンサー家の武を示す事が、このローザの街を統治するにあたって重要なのだ」


よし。聞いてしまえ。時間が惜しい。力押しでいこう。だめなら盗み聞きに変更だ。


「すみません。父様。考え事をしていました」


「考え事?」


「はい、ニーナの事です。先日、ニーナの体調が悪そうでした。もともと身体が弱いのは知っていますが、他に何か原因があるのではないですか?」


父様は少しだけ驚いた様な片鱗を見せた。

そして考える様に黙ったと思ったら、いつかの母様と同じ事を言った。


「お前は気にしなくていい。それより演舞に集中しろ」


「それでは、演舞の出来が良ければ教えていただけますか?もしも病気だとしたら病名や、症状なども」


父様は今度こそはっきりと驚いた。そして不敵に笑うと、こちらに近づき、目線を合わせて言った。


「そこまで言うなら、演舞でクリスに勝てたら教えてもいい」


俺はほんの僅かな時間だけ思案する。

勝てるか?本気でやりあった場合。いや、クリス兄さんと本気でやり合えるのか。


「演舞はもともと演技構成が決まっていたはずですが…」


剣を打ち合うが、実際にはお芝居で動きは全て決まっている。つまり勝つとか負けるとかの話ではないのだ。


「自由に打ち合え、俺が許す。事前にクリスにも伝えろ。もちろん演舞の時に身につける防具類はかなり良い物だ。お前達の力ではまともに入っても大怪我にはならん」


「分かりました。勝てるかは分かりませんが、本気ではやります」


父様は「それでいい」と言って、先に行ってしまった。


まぁた、えらい事になったな…。

クリス兄さんと本気でやり合うなんて。できるか?

しかしニーナの事も気がかりだし、やるしかないか。


俺は皆と合流し、街へと向かった。



街は、まさにお祭り騒ぎだった。

こんなに人がいたのか、ローザの街の全員が出てきているのではないかと言うくらいに、街はごった返していた。


その中を、スペンサー家の家紋がついた馬車で進むと、人垣が割れて街のみんながこちらに手を振っていた。


窓から顔を少し見せて、それに応じる母様とニーナ。そして仏頂面で街を見渡す父様。

俺とクリス兄さんは前者だ。なるべく色々な人に手を振った。特に若い女性達など、こちらを見ては黄色い声援を上げている。やっぱりクリス兄さんの人気は凄いな。


子爵家の(めかけ)にでもなれれば、かなり裕福な生活が出来る。街の女性達にとってはまさに玉の輿(こし)


「シュウもこれからは気をつけるんだよ?女性は時に蜘蛛のように狡猾だからね」


「まぁクリス。そんな事を誰があなたに教えたのかしら?」


「ごほんごほんっ!ほら、もうすぐ貴賓席につくぞ、皆、気を引き締めなさい」


今までは街に行く時にはなるべくバレないような服装など心掛けていたが、今回の事で俺も顔がわれてしまった。

だとしても俺に言い寄ってくる女性などはいないだろうが。四歳児だぞ。まぁ金目当てならなくはないか。気をつけよう。


「かあさま?しゅーにいにが、なんだかにやけてる」


「まぁ、あれが蜘蛛の巣にかかった男の顔よニーナ。覚えておきなさい」


「違うよ!?」


貴賓席につくと、そこにはスペンサー子爵と派閥を共にする男爵の方々がすでに揃っていた。


その全員が代わる代わる挨拶に来ては、席に帰っていく。父様の方が立場は上だが、父様以外の俺たち家族からすると男爵の方が立場は上。

お互いに敬語で、失礼の無い様に気をつけなければならない。


「イモ男爵様、お目にかかれて光栄でございます」


「これはこれは、こちらこそ光栄ですよ。シュウ殿。もう四つになられたとか。ちょうどうちにも同じくらいの娘がいましてなぁ。今度連れてきてご挨拶をと思っております。ゆくゆくはシュウ殿のお相手にいかがですかな?」


「男爵殿?シュウはまだ四つですわ。お(たわむ)れを」


母様の鋭い視線が突き刺さる。

身分としては男爵の方が上なのに、母様強気に行きすぎですけど。


「え、えぇ、もちろん。遠い未来の話ですよ、もちろんね。あははは」


「すみません男爵様、母様は少し過保護な所があるので。それに僕自身も、今はお転婆なニーナの相手で精一杯です。先日など彼女をドラゴンから助け出すお芝居に半日付き合わされたところですよ」


「しゅーにいに!言わないでよー!」


「これはこれは!もうすでに女性を楽しませる(すべ)をご存知の様だ!末恐ろしいですな!」


なんとか冗談で誤魔化せたみたいだ。

ヒヤヒヤするじゃないか母様。母様は俺が上手くかわせた事にご満悦の様だった。



その後は特に同じような事もなく貴族達の挨拶が一通り終わると、祭りの式典がとうとう始まった。


まずはスペンサー家当主である父様が挨拶。特に面白い事などは言わず、冗談なんてもってのほかというもの。


そして教会からお偉いさんが二言三言話すと、いよいよ生誕祭の始まりだ。お腹に響くような太鼓の音と陽気な音楽。


式典を見にきていた街の人達も、酒を飲んだり料理を頬張ったりと大いに盛り上がっていた。



途中、ニーナを連れて母様が会場そばの天幕に入っていったが、またニーナの体調が優れないのだろうか。


ついて行きたかったけど、これじゃあな………。


俺とクリス兄さんは周りを女性達に囲まれている。イモ男爵と違い、既にこの場に娘を連れてきている貴族もいたのだ。彼等からの極めて政治的な誘惑である。


しかし、彼女達が容姿だけで言えば非常に魅力的であるという点はあえて述べさせてもらおう。


俺の予想だが、貴族は容姿の美しい夫や妻を(めと)る。そして子供ができるが、その子が美人でない訳がないのだ。


まだ十歳前後の彼女達だが、日本の学校で言えば全員がクラスでトップクラスの容姿。そんな彼女達の熱い眼差しを受けていると日本で小学生だった時の暗い思い出が払拭されていく様な気がする。


席替えで俺の席の隣になった子が泣き出したりとか、落ちた消しゴムを拾ってあげたら「もうそれいらない」って言われたりとか。


あ、なんかトラウマが蘇ってきた…。

女の子いやだこわいいやだこわいいやだこわい………。



そんなこんながありながら、時間帯は昼過ぎ。

いよいよ本日のメインイベントの一つ、俺とクリス兄さんの演武の時間がやってきた。


会場は今日一番の盛り上がりで、人がごった返している。


そんな中、俺とクリス兄さんはそれぞれ防具をつけて向かい合っていた。もちろん、クリス兄さんにも父様からの指示は伝えてある。


「本当にいいのかい?シュウ。手加減はできないよ?」


「えぇ。僕もクリス兄さんに勝つつもりで行きますよ。後で事情は説明しますが、今はとにかく全力でやりましょう。でなければ父様も認めてくれないでしょうから」



俺は木剣を正面に構える。クリス兄さんも同様だ。しかし俺達は二人とも少しだけ腰が引けていて、クリス兄さんは明らかに緊張していた。


審判は父様から依頼された男爵。この人は…だめだ。名前が出てこない。


審判が手を挙げると、会場の喧騒が一層高まる。普段、剣術の稽古ですら見る機会のない人達だって沢山いるのだ。楽しみにしてくれているに違いない。楽しんでくれるといいけど。


「始め!」


審判の声が響き渡って、挙げた手が振り下ろされる。


それを合図に俺はクリス兄さんに突進して斬りかかった。緊張なんてしてる場合じゃない!


「っつあぁ!」


クリス兄さんは俺の剣を受け、その顔を一瞬だけ驚きに染めたが、二撃目、三撃目を丁寧に受け切ると、今度は俺の剣を弾き返して距離を取った。


しかし俺はすぐに間合いを詰めると、身体能力に物を言わせて連撃を叩き込む。身体能力は多少勝っているし、剣術スキルもそこまでレベルは違わないはずだが、剣と向き合ってきた時間、これが絶対的に違う。

俺の猛攻を、顔を歪めながらも(さば)いていた。


木剣が大きく弾かれたタイミングで、一度大きく距離を取る。このままじゃ押し切れない。作戦タイムだ。



「「「「「「うおおおおおおおお!!!!!」」」」」」


そこまで静かに見守っていた観客達の歓声が、一際大きなものになる。その声に少し驚きつつも、俺は状況を分析していた。


まずい、これ勝てないかも…。


「ふぅ、さすがだねシュウ。やっぱり稽古では本気を出してなかったか」


「それは兄さんもですよね?」


クリス兄さんが息を整えながらも、構えは解かない。

しかしその構えに、俺は少し違和感を覚えた。


これって、まさか。

いや、もうこれしかない。


「行きますよ!」


「こい!」


俺は再度飛びかかる。何度木剣を打ち込もうと、全てをクリス兄さんに防がれる。何度も何度も。

しかしこれでいい。俺はペースを落とすどころか、逆に加速するように剣を振るう。


ここまでくると、兄さんの余裕が無くなってくる。兄さんの息が上がっているのが分かる。対してこちらはまだ余裕がある。なにせ、こちらには【スタミナLv2】がある。持久戦なら()がある。


しんどいけど。あと少し、あと少しで崩せる。


「うおおおっ!!!」


渾身の一撃がクリス兄さんの防御をほんの少し崩した。今なら、一太刀、入る。クリティカルに。


しかし俺はそこで距離を取った。クリス兄さんは、俺が決定打を逃した事に気付いたみたいだ。


「はぁ、はぁ…?」


「ふぅ、さすがです兄さん!ですが、そろそろ本気を出したらどうですか!まだ兄さんは一度も攻撃してきていないですよね!」


俺は木剣をクリス兄さんに向けて、観客に聞こえるほどの大声で挑発する。その声に再度観客が騒つくと同時に、クリス兄さんの目が見開かれる。


「ふっ!いい剣だったよシュウ!だが兄の僕が負ける訳にはいかないよ!今度はこちらからいかせてもらう!」


今度はクリス兄さんが攻めてくる。

あっという間に距離を詰められ、ギリギリ目で追えるかどうかの剣を必死で防ぐ俺。

先程とは全く逆の展開だった。


いやっ!兄さんっ!ちょっ!速いし!重いし!怖いし!


俺が数分間もクリス兄さんに攻め込んでいたのに対して、クリス兄さんの本気の攻撃に俺は一分も耐えられなかった。


「ぐふっ!?」


「そこまで!!!この勝負、兄クリスの勝利とする!!!」


見事に隙を突かれた俺に、クリス兄さんの容赦ない一撃がお見舞いされた。思わず片膝をつくと審判が止めに入って勝利宣言をする。


「「「「「うおおおおおおお!!!」」」」」

「すげぇ試合だ!」

「二人ともかっこいい!」

「スペンサー家ハンパねぇ!」


大歓声に包まれた。会場のボルテージは最高潮だ。

割れんばかりの拍手が俺達二人に送られた。


兄さんに手を引っ張ってもらってようやく立ち上がると、俺たち二人は肩を組んで皆に手を振った。


「シュウ、一つ借りができたね」


「何のことですか?」


「勝てたのに剣を止めただろう?それ以外の兄に対しての無礼な振る舞いは、さっきの一撃で許してあげるよ」


「うぐっ。いつも通りの兄さんならこうなって当然ですよ。でもどうやら腰が引けてたみたいだったから」


「うっ。それは確かに認めるよ」



さぁ。この結果にあの人(父様)はどういう反応を示すのだろうか。横目で見た父様の表情からは何も読み取れなかった。

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