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第十一話 生誕祭の準備と新たなクエスト

そこから一週間は、急に慌ただしく過ごすはめになって、勇気を出して魔力を使い切るかどうかは考えなくても良くなった。


生誕祭の準備が始まったのだ。

街の子ども達はみんな、お祭りを早く早くと楽しみにして待っているらしいが、領主の子どもはそうはいかない。


衣装の準備や、式典の手順の打ち合わせ、挨拶の練習などなど、子供ながらにやる事がたくさんある。そして一番はクリス兄さんと二人でする剣術の演舞だ。


今年は催し物として、領主の息子二人が大衆を前に剣術の演舞を披露する事になっている。

八歳のクリス兄さんならまだしも、四歳の俺には難しいのでは無いかという声も多かったが、父様の一声で決定したらしい。


よってこの一週間はジェームズさんの講義すらお休みで、クリス兄さんと木剣を打ち合っている事が多かった。

初めのうちは怖くてなかなか剣を振れなかったが、それもすぐに慣れてきた。もちろん殺し合いなんてまだ出来る様な度胸も覚悟も足りていない。今は言ってみればスポーツ感覚だ。



「驚きましたな。シュウ様は剣の才がおありなのでしょう」


クリス兄さんとの練習の合間に、サルヴァトーレが褒めてくれる。


まさかペーパーナイフを1000回振って獲得した【剣術Lv1】がこんなに早く役に立つとは思わなかったなぁ…。何事も準備はしておくものと言う事か。


ちなみにその剣術スキルも、今では兄さんとの練習を経て【剣術Lv2】へとレベルアップしている。その条件は"剣類を意図して振る。3000回"だった。これまでにこつこつと1500回くらいはしていたので、クリス兄さんとの練習中に達成できた。そして【剣術Lv3】の達成条件は"剣類で斬りつける。1500回"だ。振る、から斬りつけるに変わった。


どうやら素振りだけでは剣の頂点には至れない世界らしい。



「うん。本当にすごいよシュウ。まだ四歳なのに、単純な身体能力も僕と変わらないくらいじゃないかな?」


「いえ、兄さんとは違って必死なだけですよ。剣術だって、クリス兄さんが導いてくれているから、上手く動けているんです」


そう謙遜したが、身体能力だけ見れば実際には恐らく同じくらいだ。

クリス兄さんも魔物を倒した経験はない。つまりLvは1のままのはず。

対して俺は【クエスト】の報酬で経験値が入っているため、Lv6。身体能力値もそこそこ増えている。


「シュウは一度、教会で【鑑定】してもらった方がいいんじゃないかな?ねぇ?サルヴァトーレ?」


「確かに、"祝福の儀"まで待つ必要は無いかも知れませんな。既に何かしらの能力や職業を得ている可能性もあります。御当主様に相談してみましょう」


"シュウ!それは!絶対っ!ダメっ!とめてーっ!"


「えっ!?」

「…ん?どうしたのシュウ?」


急にロキ様の声が頭に響いて、変な声を出してしまった。


「………え?んー、いや、その。やっぱり、十歳の祝福の儀まで待ちたいかなーって。子爵家だからって特別扱いはよくないよ!ね?」


「うーん、シュウがそう言うなら…。でもいいのかい?早く職業が分かれば、その分スキルも伸ばしやすくなるかもしれないよ?」


「いいいい!オッケー!モウマンタイ!何の問題もなし!」


俺の勢いに負けて、二人は折れてくれた。

サルヴァトーレは父様に報告するかもしれないが、その時はその時だ。報告自体はどうあっても止められないだろう。どう断るかを考えた方が建設的だ。


「さぁ!それより、続きをしようよ!あと800回は打ち合うよ!」


「やけに具体的な数字だね」


「それでは、御二方とも構えて。…始めっ!」



サルヴァトーレの声で俺達は同時に駆け出す。


子供用の木剣と言えども、振り回せばそこそこ重い。手だけで振り回せる様なものでは無いので、足の踏み込みと、体幹の回旋を使う。


クリス兄さんとの間で剣が交錯する。

手に重い衝撃が響くが、それで怯んでいたらあっという間にやられてしまう。基本的には俺が仕掛け、クリス兄さんがそれに応ずる形。


別に本気でやっている訳では無く、だいたい七割くらいの力とスピードで打ち合ってはいるが、硬い木で殴られると普通に痛い。


【剣術】スキルの恩恵は確かに感じていた。

身体の動きが、最適なものへと吸い寄せ(・・・・)られるみたいな。


あー楽しい………。

身体動かすのってこんなに楽しかったんだ。

しかも【スキルクエスト】もぐんぐん溜まっていくし。

ボスのドロップ狙ってる時とはまた違う感覚だなぁ。



クリス兄さんとの練習は、少なくとも半日、他に用事がない時は一日中することもあった。


ただ、祭事の準備やクリス兄さんとの稽古以外でも、俺には非常に重要な仕事がある。




「しゅーにいに?きょうはおつかれですわね?さきにお風呂にいってください?ニーナはいとしの旦那様のためにおいしいおいしいごはんを作ってますからね?あいしてますわ?」


「わかったよ、ありがとう。いつも悪いね。ぼ、僕も愛してるよ」


「トントントントン…。いたーいっ!?てをきっちゃいました…」


「あちゃー、大丈夫?すぐに洗い流そう」


「だいじょうぶ。なめたらすぐなおるわ。はい、しゅーにいに」


「え!?僕が!?」


「そうですよ、旦那様?」


「わかったよ、ちゅーちゅーこれでいいかい?」


「はいなおりました。ありがとうございます旦那様。きゃあああ!わるいまものがやってきましたぁ!ドラゴンですっ!ニーナさらわれちゃうわー!?たすけてしゅーにいに!?」


「こ、この!?悪いドラゴンめっ!僕の大切な妹を返せ!?」


「………旦那様?」


「………。こ、この!?悪いドラゴンめっ!僕の大切な妻を返せ!?」


「きゃー!旦那様ー!そこのせいけんでドラゴンをやっつけてくださいー!」


「えい!この!やぁー!ズバッ!!!」


「たすかりましたぁ。旦那様。あいしています」


「ぼ、僕も愛しているよ」



パチパチパチパチ…。一人分の拍手が響く。


「見事な救出劇です。シュウ様。それと二十回目のドラゴンの討伐おめでとうございます」


手を叩きながら、サラが朗らかに笑顔を向けている。

俺は倒れかかってきたニーナを腕に抱きながら、それに苦笑いで返した。


俺達兄弟もなにかと忙しいのだが、父様と母様はもっと忙しい。

そこで、妹ニーナの面倒を俺が見ている訳だが、この年頃の女の子の相手はまぁ大変だと言う事が分かった。


少しおませさんだし、気に入った遊びは何度でもする。それは男の子も女の子もどちらもなんだろうけど。


「しゅーにいに」


「どうした?ニーナ?」


「ちょっとニーナつかれてきちゃった…」


「あちゃあ。大丈夫?」


そりゃ、連続二十回も寸劇やればな…。【演技】とかってスキルないかなぁ?後で見てみよう。


「それはいけません。すぐに奥方様を呼んできます」


思ったより慌てた声を出したのはサラだった。

慌てているのがニーナに悟られない程度に小走りで部屋を出ていくと、数分後には母様がやってきた。


「ニーナ…?大丈夫?どこかしんどいの?」


「うぅん。ニーナ少しつかれちゃったみたい…」


「そう…。それなら休みましょう?一緒に遊んでくれてありがとうね、シュウ。夕食まではシュウも好きに過ごしてね?」


俺は頷いて、ニーナの頭を撫でてから自室に帰った。ベッドに寝転び、先程までの事を考えるが、どうにもおかしい。サラと母様のあの慌て様。


どうしたんだろうかニーナ。もうすぐ生誕祭だってのに、体調悪いのかな。産まれた時から、あまり外とかにも出れてないみたいだけど…。


《クエスト"妹ニーナの体調不良について調べる"を受注しますか?》


その時だった。頭の中にそんな音声が響いたのは。


俺はそのまま数秒間固まってしまった。そして止まっていた息を鼻から大きく吐き出す。

これで、ただの風邪とか、寝れば治るとかの話ではなくなってしまった。


クエストは、基本的にシュウの身の回りで起こる少し厄介な(・・・・・)問題を取り上げられる。その厄介の程度やタイミングは様々だ。


一番単純な所で言えば、父様の服の汚れを指摘する、とか。


面倒なもので言えば、父親の心配を払拭する、とか。ちなみにこれはまだ未達成だ。何を不安に思っているのかも知らないし、期限は無期限なのでずっとクエスト管理画面に常駐して放置している状態。


ただ、どのクエストにも共通して言えるのは、それが大なり小なりの厄介事だと言う事だ。父様の服の汚れの時でさえ、父様とメイドのイケナイ関係がチラ見えしたくらいだ。


つまりクエストになってしまった時点で、妹ニーナの体調不良もただの風邪や一時的な物でない事は確定してしまった。何かしらの厄介事だ。


………救いは、クエストクリアによって最悪の事態を避けられる可能性もあること。


父様の浮気だって、俺がシャツの口紅をこっそり指摘してあげなければ多分母様にバレていた訳だし。


どちらにせよ、このクエストを受注する以外の選択肢はない。


《クエストを受注しました。詳細は管理画面で確認できます》


管理画面を開くと、そこにクエストの詳細が載っている。

報酬は3000経験値と50000ギル。期限は三日。


期限が三日…。これは凶兆だ。

体調の事で期限が短いのは嫌な予感がする。


俺はベッドから飛び降りると、部屋の前にいるはずのサラを呼ぶ。


「シュウ様、どうかされましたか?また添い寝ですか?喜んでお付き合いいたします」


「いや、そんなの頼んだ事ないし…」


ほんとだからね?考えた事あるかな、くらいだよ。未遂だよ?


「ニーナの体調について何か知ってるなら教えてほしい」


サラの表情からは何も読めなかった。

驚きも、焦りも、感じさせないポーカーフェイス。有能だなぁ。


「少しお疲れでしたのでしょう。なにせ二十回もドラゴンに連れ去られたのですからね。もともと体力がある方ではありませんし…」


柔らかい笑顔で答えてくれるが、クエストが完了しない事から、それは真実ではないと分かっている。

そもそもサラが知っているかどうかは不明だが。


「…どこへ行かれるのですか?」


「ニーナの部屋の前で、母様が出てくるのを待つよ。心配だからね」


俺はニーナの部屋へと向かった。

サラはなんとなく気まずい表情でついてくる。


すると、ちょうど母様が部屋からこそっと出てくるところだった。扉を閉めながらこちらに気づく。


「あら、シュウ。今ニーナが寝た所なのよ。よほど疲れていたのね。シュウと遊んだのが楽しかったんだわ」


「僕もニーナと遊ぶのはすごく楽しいですよ。だからこそ、ニーナの体調が心配です。母様、ニーナはなにか病気ですか?」


俺は単刀直入に聞いた。

遠回しに聞いても答えてくれない事は分かっていた。だからこそ、蛇足を省いての直球。


母様は笑みを崩さず、俺と目線を合わせてから言った。


「シュウ。ニーナは大丈夫よ。もともと身体の弱い子だから、今日みたいに体調が悪くなってしまう時もあるの。でもまたすぐ一緒に遊べるようになるわ。ニーナの体調の事はお母さん達が心配するから、それで十分よ。安心して」


その母様の言葉は、シュウに絶対に話す事はないと言っていた。俺に無駄な不安を抱えさせたくはないと。


この日、このクエストが完了する事は無かった。

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