第十話 魔具
ゲルハルトの鍛冶屋は無骨なデザインだった。と言うよりデザインと言う概念自体を持ち合わせていないかの様だった。
「こんちゃー」
「おー!きたか坊主!サラちゃんはまた大人っぽくなったな!それになんだ今日は珍しい。ヴァトもいるじゃねぇか」
店のカウンターの奥から声をかけてくれたのがゲルハルトだ。わざわざカウンターから出てきて出迎えてくれるが、その身長はようやく一メートルを越えた俺が少し見上げる程度だ。
その代わり横幅は俺四人分はある。腕なんて丸太の様で、ちからこぶだけでラグビーボールくらいあるんじゃなかろうか。
彼はドワーフと言う種族だ。ファンタジー定番の種族ではあるが、初めて見た時は獣人以上の感動があった。
「おいゲルハルト!敬語を使わんか!お前シュウ様に失礼だろう!」
「まぁまぁ、サルヴァトーレ。誰か他にお客さんがいるときは気を遣ってくれるからさ。………きっと」
前例はない。
なんせゲルハルトの店に他の客がいたの見た事はほとんど無い。客がいないわけではないと思う。石畳の大通りではないが、その近くの一画に店を構えておけるのだから、少なからず繁盛しているはずだ。
ただ一回だけ客がいるのを見た時には、ゲルハルトは終始値踏みするように睨めつけ、その客はゲルハルトの視線に耐えられずすぐに帰っていった。
「まぁそんな事はいい。これが注文の品だ」
「わぁ!ありがとう!ゲルハルト!」
カウンターの椅子によじ登ったシュウの目の前に置かれたのは小さな木箱。中にはシルクの様な光沢のある布が敷かれ、その上に一つの指輪が乗っていた。
「こんなもん、何に使うんだか」
「指輪ですか。大きさから見るとシュウ様用ですかな?」
「サルヴァトーレ、この指輪ちょっと見てくれる?」
俺の言葉に、サルヴァトーレは不審な顔を見せたが、すぐに指輪をとった。
その指輪は厚みはないが思ってたより幅がある。つけていたらそれなりに目立つだろう。
「これは…。何のために?」
「かっこいいでしょ?もちろん、僕のお小遣いから買ってるよ」
「いえ、デザインもそうですが、何故わざわざこの様に?」
お、やっぱり気付いたな。まぁ気付くか。魔力が吸われる感覚があるらしいからな。
「それは内緒だよ。ありがとう」
怪訝な顔のサルヴァトーレを放っておき、受け取った指輪を懐に入れる。
値段は3万ギルほどした。もちろん、今までの【クエスト】の報酬で貯めた自分のお金で買ったのである。
サラには父様からのお小遣いと言ってある。そちらは何故か毎月十万もくれるので、怖くて手を出してない。部屋に貯まる一方である。四歳児にどうやってそんな大金を使えと言うのか。
「あら?ゲルハルト様?そちらの剣は…?」
サラが店のカウンターに立てかけてある一振りの剣を見つけた。店の床には余計な物を置かないイメージだったのでそれは目立って見えた。
「あぁ、こりゃ忘れもんでな。預かってくれって言われてんだ。と言うより、処分してくれ………ってな。こんなボロそうに見えてかなりの業物だ。俺も扱いに困ってな。持ち主は昔からの知り合いなんだが、そのままふらっとどっかに行っちまったんだ」
「少し見てもよろしいか?」
そう言ったのはサルヴァトーレだ。
剣士である彼からすれば興味を持ってもおかしくない。
「抜くなら気をつけろよ。落っことしてもかまやしねぇからな?」
パイプタバコの様なものに火をつけながら、ゲルハルトは不思議な事を言った。
気をつけないといけないのに、落としてもいい?どう言うことだろうか?
サルヴァトーレが剣を持ち上げて引き抜く。
その剣は、明らかに特別だった。
細工がどうのこうのではない。ただ、その刃には不思議な引力があった。もしも一振りすれば、たちまちそこに身体が勝手に吸い込まれて斬られてしまうような。背筋が寒くなる様な感覚。
「ぐっ…!」
「サルヴァトーレ様…!?」
「まぁそうじゃろうな」
サルヴァトーレが急に苦しそうにして、片膝をついた。
苦痛に顔を歪めながらもなんとか剣を鞘に戻すと、大粒の汗を垂らしながら乱れた呼吸を整える。
「これは、なんという剣だ…。これを扱える人間がいるものなのか」
「だから言ったろ。扱いに困ってるってよ」
サルヴァトーレの言葉で、俺にも分かった。扱えると言う言葉から、何か呪いの様なものではない、武器としての性能の話。
「まさか、魔具?」
「そうだ坊主。おめぇさんに作ってやったその玩具とは…おっと、悪気はねぇぞ?その指輪とは比べ物にならねぇくれぇの必要魔力値だ。と言うより、この剣と比べたら大抵の剣は全てオモチャみてぇなもんだからな」
この世界には、魔具という武器がある。
普通の武器は、基本的に消耗品だ。斬るにしろ、突くにしろ、殴るにしろ。刃や先端は削れるし欠ける。そうでなくとも、生き物を斬れば血糊が刃に纏わりついて斬れ味が著しく落ちる。
そんな問題を解決したのが魔具だ。魔力を使用者から吸い取り、自動で剣をコーティングする。すると剣の損壊を防げるし、血糊も完璧に弾く。さらには剣の切れ味自体も上がると言う代物だ。
魔具がどの程度の魔力を必要とするか。それはその魔具による。剣が強力であればあるほど、必要魔力値は高くなる。
サルヴァトーレが引き抜いた剣は、必要魔力値がそれこそ馬鹿高かったのだろう。
サルヴァトーレ自身も魔具を使っている。騎士団の団長だけあって、そこそこの物を使っているはずだ。
それなのに、必要魔力値が足りなかった。
だからサルヴァトーレは、これは人間の扱える物ではない。そう感じたのだ。
「まぁこいつはしばらく俺が持っとくか…俺なんか抜いた瞬間死にかけたからな。鞘のまま店の奥にしまっとくさ。なんにせよ、渡すもんは渡したからな坊主。暗くならねぇうちに帰んな。そうだ。また八百屋のナディアが坊主に会いたいって言ってたぞ」
「分かった。寄って帰るよ、ありがとう」
お礼を言って三人は鍛冶屋を後にした。ゲルハルトは行くと喜んでくれるんだけど、早く帰れ帰れって言うんだよな。照れてんだなきっと。また来よう。
そこから俺達は酒屋に寄って騎士団の詰所に酒を10万ギル分届けるように手配した。
そして八百屋の獣人店主であるナディアさんの所に寄ると、お土産にと強引に果物を渡された。ナディアさんの八百屋は大通りにあるため、街に出かけた時はいつも挨拶していて、帰りには父様と母様や使用人達にお土産の果物を持って帰る事が多い。そのせいで走って帰れない日も多いが。
「そういえばシュウ様!来週はいよいよ生誕祭だねぇ!」
今日も元気なナディアさんが果物の包みをサラに渡しながら教えてくれた。初めて会った時の丁寧さもだいぶとれてきた。
「あぁ!そうだったっけ?話には聞いてるよ。盛大にやるんだってね?」
「シュウ様は二歳の頃にも参加されましたが、さすがに覚えておられないですかね」
サラが教えてくれるが、全然覚えてない。
だが、どんな趣旨のお祭りかと言うのはジェームズ先生の講義で知っている。
「大昔に豊穣の女神様が、この地上に様々な作物の種を撒かれた日なんですよね?去年と今年取れた作物に感謝して、お返しに僕達は盛大に飲み食いしてお金をばら撒くって事ですね」
「あら、もうそんな上手い事を言えるようになったんですかい?」
「毎日言葉の勉強はしてるからね。冗談も貴族の嗜みだってジェームズさんに習ってるからね」
ジェームズさんがそんな事を言う訳がない事を知っているサラとサルヴァトーレがニヤリとする。
そして三人はようやく帰路に着いた。
帰りも走りたかったが、なにかと荷物が多くなったのでやめた。
「あぁーただいまー…」
「お疲れ様です。シュウ様また夕食まで少し休まれますか?」
「うん。ありがとうサラ」
サラが出て行くと、シュウはいそいそと指輪を取り出して眺め始めた。前世では指輪をつけたことなどなかった。結婚指輪どころか、ファッションですらつけようと思った事はない。
"おかえりー。待ちくたびれたぁ"
ロキ様は別に屋敷で待っていたと言うわけではない。
サラと二人の時とかはいいんだけど、三人以上でいる時なんかは返事が頭の中で混乱するから話しかけてくるのを控えるようにお願いしてある。
その時は"不敬なー!天罰じゃー!"と言って三日間ほど雨が降って話しかけても来なかった。
「いつもありがとうね、ロキ様」
だから感謝の心は忘れない。
「では早速つけよう。必要魔力値は最低限にしてもらってるから、急に意識を無くしたりはないと思うけど」
俺は指輪を左手の小指にはめた。
何故この指かと言うと、利き手と逆でサイズも小さくなって、一番目立たない気がしたからだ。
そして指輪をつけた途端に、それは襲ってきた。
「うぅーあー。これは確かに。ちょっと……キツいかも。うー……」
ゲルハルトの店で話も出たが、この指輪は魔具の能力を備えている。
つまり装備者の魔力を吸い取り、金属をコーティングする機能だ。剣の場合は強度や斬れ味に関係してくるそうだが、この指輪の場合は"なにも、起こらない"。
だからあの時サルヴァトーレは、「なんでこんな無意味な機能をわざわざ特注で作ってもらったのか?」と聞いてきたのだ。
それにはちゃんと理由がある。
もちろん【スキルクエスト】のためだ。
まずは一つ。
魔力を使い切る。0/10回。
これは魔力の総量を増やすためのスキルクエストではないかと読んでいる。ただ、まだ魔法は使えないので魔力を使いきれない。そこでゲルハルトと話してたら魔具なるものが有ると聞いて、魔具で魔力を使いきれないかと踏んだ訳だ。
そしてもう一つ。
魔具を四時間以上連続して使い続ける。0/10回。
魔具という名前を聞いて探し出したスキルクエスト。
これは魔具を使用した時の付加能力、または魔具を使用する際の魔力消費軽減くらいだと考えている。魔具はいずれ必ず使えるようにならないとならない武器。それならこつこつやっていこうと言う考えだ。
だが正直言って、魔具を使う事がこんなにキツいとは思っていなかった。
前世でこのしんどさを例えるとするならば、あれだ。
インフルエンザだ。熱が三十九度まで出て、全身が重たく身体が痛い。横になって寝てるのですらしんどい。
"ちょっとちょっと!大丈夫!?"
「うーん大丈夫じゃない…。【ステータス】」
魔力値を確認すると、26が25に減っている。
うー、だいたい五分で1か…。いや五分も経ってないか?三分か、三分くらいだな。って事は枯渇するまで七十八分?
四時間以上の連続使用はこのままだと厳しいな…。
マナポーションとかあれば別だけど。あ、それも確認しないとな。
何にせよ、一回外そう…。
指輪を外すと、身体が嘘のように楽になった。ただ、長距離を走った後の様に、汗が噴き出してくる。
「かぁーっ!これはキツい!やめようかな…」
"意志よわーい"
うーん、そもそも四歳児でこれやっても大丈夫なのかな?身体の成長とかに悪影響が出てきたりするかもしれない。俺以外こんな事する子供もいないだろうから、保留だな。
"いくじなしー"
ロキ様の野次に言い返そうとしたところで、ドアが控えめにノックされた。俺が起きているか寝ているか、不安に思いながらのノックだと思った。
「はい?誰?」
「あ、シュウ様起きておられましたか。その、ニーナ様が」
「あぁいいよ。入れてあげて」
その声の直後に入ってきたのは妹のニーナだった。今は二歳半。もうしっかりとした足取りでベッドまで走ってやってくる。
「しゅーにいに!」
「おー!ニーナ!遊びに来てくれたのか?」
ニーナは、本当に可愛い。まじで天使だ。
流れる様な金髪。くりっとした大きな緑色の瞳。すべすべの肌とぷにぷにのほっぺ。そこから繰り出されるにいに。あーたまらん!!!
「しゅーにいに、しんどいの?」
「ニーナに会えたから元気出たよ。ありがとう」
「えへへ、ニーナもしゅーにいにに会えたから元気でたぁ、えへへへ」
ぐふぅっ………!
そこから夕食まで、ニーナといろいろな話をして過ごした。中身がおっさんだからかもしれないが、妹と言うのは最高だ。
異世界、万歳。




