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七天の傘の下  作者: 八千夜
隠然たる深淵の音
9/11

救出作戦

 ソフィーの魔術が発動したことによって糸と糸とが絡まって交わり糸を作る。四方八方に飛び火したようにして魔方陣が敷かれそこから留まることの無い糸がヘイスの周辺を規制線のように彼の移動を制限しようとする。


 糸は切っても切っても再生するように同じ場所に展開されることで彼はその場から進むことも戻ることもできなくなる。地面にはいくつもの刻まれた糸が堆積して雪のように地面を白く染め上げる。ヘイスはその魔術のしつこさに苛立ち始め、魔術を使って一気に全てを切り刻もうとした。しかし彼女の魔術はそれを上回る勢いで彼の動きを止めようとしていくら切っても終わりが見えてこない。


 直接戦うことができるなら必ず勝てる。きっとヘイスは自信を持ってそう答えるはずだ。事実、ソフィーの戦闘力は彼に勝っているとはお世辞にも言うことはできなかった。しかしなぜ彼女がここまで彼を足止めできるほど張り合うことができているかと言われれば、それは彼の慢心と彼女の底力故だ。


「なんで、倒せない」


「私は、絶対に負けません」


 力は彼の方が勝っている、なのになぜか倒すことができない。どれだけヘイスが魔力を込めて攻撃しようとも、すぐさま魔方陣は彼を動かさまいと糸を張る。だから勝てることはなくても負けることはない。戦いに持ち込めない戦いは我慢比べと同じでどちらかが諦めない限り進退は起こらないからだ。そして拮抗状態に持ち込むことが彼女の狙いであり、それに気づけぬまま本気で彼女を倒さない選択をしている時点で彼は負けている。


 ソフィーはボートを信じた。彼は私よりも強く、そしてライナを先に助けてくれるだろうと。そのためなんだったら私はいくらでも彼の足止めをすることができる。彼をここに留めて他のことを何も考えさせられないようにすることだって苦じゃ無い。今更彼が本気を出そうとしたところで、すでに盤上を整え終えたソフィーの耐久のためだけの陣形を崩すことは彼とて簡単にできることではなかった。


これはダメだと諦めて彼はいつの間にか取り戻していた黒曜石の短剣を取り出した。魔術を練りこんだ糸を斬るのは簡単ではないため、それなりの魔力を込めなければ刃を通すことすら難しい。こんなことができるのは彼女の膨大な魔力炉のおかげだ。だがそれもこの空間歪曲の力を持ってすれば意味が無いと言っても良い。四方を全て塞がれた彼はその一方を無理矢理にこじ開ける。だがそこから出て見渡してもソフィーの姿はどこにも無い。


「戦いの勝利は、敵を倒すことだけじゃないんですからね」


 その言葉を放った先は彼の頭上。気づいた時には彼の両サイドにあった魔方陣が彼の手足を拘束して、脱走した小鳥をまた鳥かごに入れるように彼の体を切り開いた糸の壁の中へと引きずり込んだ。


―――――――――――――――――――――


「痛ってえな」


 体に覆いかぶさったガラス片をどかしながらボートは立ち上がった。体は水浸しで、肌に密着した服が不快感を襲う。刀は水槽にぶつかっても離さなかったたらしく右手にノリでもついたようにしっかりと握られていた。


「なんだ、死ななかったのかよ」


「悪いな頑丈で」


「おかげで楽しみが増えた」


 彼女は笑いながら準備運動が終わったかのように伸びをする。どうやら目の前の女はマッドサイエンティストではなくただのサイコパスキラーだったらしい。どちらにせよこの社会には不必要な存在だな。と結論づけるとボートは今一度目の前の女を見定めた。型なんてものは存在しないようなめちゃくちゃな戦い方をしているが、かといって弱いというわけじゃない。特にあの手に持っている鎌、鎖が付いているのに使ってないあたり何かまだ種を隠しているような気がする。全力を出していないならその奥の手を出させる前に終わらせるだけだ。


「だけど、お前良いのかそんなに余裕そうにしていて」


「何がだ?」


 彼女は、癖なのか振り回しているその鎌の動きを止め耳を傾ける。だからボートは自分の状況を理解させるために親切に教えてやった。


「お前の相手は俺だけじゃないぞ」


 彼女の顔に影がかかる。後ろからもう一人の騎士であるワイフェが盾を振り回した。その攻撃はもろに彼女の体に当たって放物線を描いて水槽に向かって飛んで行く。直前で受け身を取ったとはいえ衝撃は彼女の体を激しく打ち、鎖で水槽への直撃は避けるも痛みで血を吐いた。鋭くボートを睨みつけるが、そんな視線を向けられる筋合いはないので視線を逸らした。


「くそったれが。盾なんて攻撃に使うんじゃねえよ」


「助かった」


 これで二人になったと合流した騎士にお礼を言う。ワイフェは顔は見えないけれども、首を縦に振っているあたりどういたしましてというところか。すぐに彼女は立ち上がったのでワイフェはボートの前に立って攻撃が来るのを警戒する。


 痛みに悶えながらも、彼女は器用に鎖を使って上手くこちらとの距離を取りながらテナガザルのように移動している。刀と盾、盾は戦うための武器かどうかはさておいてどちらも近接戦に向いた武器なためこのまま降りてこなければ戦うことはできない。


 下から彼女を眺めるワイフェ、血を吐きながらも優勢を維持しようとする女。何を思ったのか彼は持っていた盾を突然女に向かって放り投げた。


 盾はもちろんメイデンに当たることは無く天井に突き刺さる。さすがの行動にボートも理解が追い付かずただそれを見ているしかなかったのだが、すぐにその行動の真意がわかる。


「なるほどね」


 彼が詠唱を行うとそれに呼応して盾からは水が溢れた。天井に設置されたようになっている盾はスプリンクラーの役割を果たして一帯に水をばら撒いている。そして水があるということはつまり、


「私の出番だね」


 レイはすでに魔術のための詠唱を完了していた。水があれば彼女の魔術は一層力を増す。レイは持っている剣をメイデンに向けた。盾から流れ出た水は凍り付いていき、そこから先がまるで蛇が空中を這っているようにして氷が伸びることで彼女を追尾する。


 反撃のために鎌をレイに向けていたが一足遅い。幾重にも伸びた氷が同時に彼女の体に激突すると空中でその体が氷に包まれてしまう。支えを失ったメイデンはそのまま地面に落ちるかと思われた。しかし、凍り付いた氷の中にいる彼女の表情は笑いに満ち溢れていた。


 何かがおかしいと思ったボートはレイの腕を引っ張った。彼女の魔術に悪い点はなかったがメイデンは彼女が魔術を発動させてからすでに鎌を手から放している。握られているのは鎖だ。レイに向けられていた鎌は彼女の届いていなかったが円を描くような軌道をなぞると、氷付けになったメイデンの体とぶつかって氷を砕いた。


 すぐに動けるようになると鎌とは反対に付いた小さな分銅のようなものを天井に向けて投げると盾を天井から落とす。そのまま分銅を振り回してレイの剣を奪おうとしているのに気づいたボートは彼女の前に立って分銅を掴んで離した。


 彼女はそれに目もくれないまま鎌を握って接近する。盾の無いワイフェは守りに入れない。刀を抜いて彼女の攻撃を受けるが異様な熱さに気がついたボートはすぐに彼女の体を蹴って鎌と刀を交えることを拒んだ。


「いやぁ、ダメか。失敗失敗」


 彼女は仕留める気満々だった。鎌はいつの間にか炎を纏っていて周囲の氷を溶かしていく。あまりにも明確過ぎる相性の悪さにレイは魔術の使用を中断する。火力が彼女の方が勝っている以上、どれだけ魔術を発動しても解かされてしまうのが関の山だった。


「ここまで隠しておいた意味はあるのか?」


「あるだろ。こうやって仕留めるチャンスを作れたんだ。それだけで意味がある。それに隠しているだけで出すことが無いならそれは出し惜しみなんかじゃない。そもそも手札が無いのと変わらないだろ。だから、お前も早く奥の手を見せてみろよ」


 メイデンはその鎌をクイッとして挑発する。それに乗るつもりは全くないが、さっきので仕留めそこなったのも事実だ。強い相手に手の内を晒さないまま戦って負けてしまってはガブリエル様の使者として顔が立たない。


 空中から落ちてきた盾を彼女は風船を飛ばすように鎌で振り払うとその勢いのまま水槽に激突して破壊するのでまた床が水浸しになる。水槽の中に閉じ込められていた子供が一人、壊されたことで地面に倒れる。子供は意識があったのかどうかも分からないけれど水たまりに顔を埋めていてぶくぶくと音がしたがすぐにその泡も消えてしまう。本当に人を何とも思っていないというのが嫌というほど伝わってきた。


「言っとくが俺とお前の魔術の相性は良くないぞ」


「だからなんだ。それそのものを焼き切ればいい」


 魔術ごと俺を炎で切り裂くと。随分と勇ましい女だな。


 彼女の声音はさっきからとても明るい。もしかしたらこいつは俺との戦いを楽しんでいるのかもしれない。そして俺自身もそれは同じか?笑みをかみ殺しながら、刀を抜くと魔術を発動させる。


 彼女は自ら動かずにこちらの動きを伺っていた。だけど動かないのなら好都合。俺の魔術は先手必勝に限るからな。


 ボートは足を一度も動かすことなく刀を振るうだけ。シンプルな動きに彼女もどこで警戒をすれば良いのか分からないはずだ。目の前で行われる事に気づくのが遅れるから。


 それは瞬きの内だった。鎌の間合いの倍は離れていた距離にいたであろうボートが今は彼女の目の前にいる。一瞬にして間合いに入られたが、ボートはすでに刀を振るっている。すべては事後。終わったことなのだ。


「遅い」


 ボートの刀は彼女の腹を真っ二つに切り裂いた。先ほどまでとは比べ物にならない距離からの攻撃によって血が腹から溢れるように流れる。何度もせきこみながら口からも血を出してゆっくりと後ずさる。


「くっそが!」


 彼女は自分の持っていた鎌を傷口に当てて焼いていく。強引な止血方法はとてつもに痛みを伴って堪えきれない叫び声をあげる。ぜーはーと息を荒くしながらメイデンはボートを睨んだ。だが容赦の無いボートはそのまま歩いて苦しんでいる彼女の前に立つと、刀の先を首元に突きつけた。


「お前の負けだ。諦めろ」


 認めたくはなかったみたいだが現状を理解したメイデンはようやく負けを認めた。彼女はそのまま戦意を失ったのか、握っていた鎌を離すと地面にへたりつく。もう戦う力は残っていなかったみたいで、気づけばそのまま眠るように意識を失っていた。これでこっちはなんとかなったと一安心しているのもつかの間。遠くでソフィーの声が聞こえた。


「うっ!」


 こんなに長い間あいつとやり合っていたのかと感心しつつも、早く助けに行かないとけないと思う。ライナの居場所をすぐに見つけることのできないボートはレイとワイフェに彼女を助けて同じ場所にいるように言うと急いでソフィーが戦っている場所へと向かう。


「大丈夫かソフィー」


 刀で二人の間に無理矢理入ったボートはソフィーの様子を確認する。もう息は完全にあがっていて、防戦一方の状況だったことは見ていれば分かる。


 ヘイスの後ろには、水槽に頭を叩きつけられて血を流しながら倒れているフワモの姿があり周囲にはソフィーの支配下を離れた糸がだらりといくつも壁や天井からさがっていた。


「ごめんなさい、ちゃんと守れなかったです」


 ソフィーは息を整えながらボートに謝るが、むしろここまで守り切れていたなら褒められるべき事だと言いたかったが彼女を見ていてはそれも言うことはできない。そして、そんな彼女に向き合いながら苛立ちを露わにしている男が一人。


「あなたは、いつまでそうしているつもりですか」


 わなわなと拳を振るわせてソフィーを睨みつけている。俺のことはまるっきり眼中にないみたいだな。もう十分に戦ったと一歩彼女の前に立つと、ヘイスの表情は今にも噴火しそうな山のように赤くなった。


「一体ソフィーになんの恨みがあるか知らないけどな、ここは引かせてもらうぞ」


 今の俺たちの状況ではこいつには勝てない。全力でやるならともかく怪我をしたうえでなら勝つ可能性は万に一つもないと言っていい。それくらいに彼の持つ能力が強く、かといって彼自身の戦闘力も突き抜けて高い。


「じゃあな」


 最後に何かを叫びながらヘイスはこちらに走りながら叫んでいた気がしたが、俺たちには届くことなくレイたち共にこの地下から脱出することができた。

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