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七天の傘の下  作者: 八千夜
隠然たる深淵の音
5/11

物乞い

「随分と荒んでいるな」


 五人はアビサルの地下に訪れていた。この街の特徴として一番目を引くのは螺旋を描くように地下へ地下へと道が繋がっているということだ。奥底まで続く道は終わりを知らないかのように深淵と思わせるその大穴をより際立たせる。ゆっくりと道を進んでいくに伴って街並みは地上に比べて随分と陰気を持って空気が重くなる。


 上層ほど活気があり人々の交流が盛んな良い街だと思えた場所であっても、下層はそんなことはない。むしろ刃傷沙汰があろうとだれも止めないような空気の悪さで家を持たない人がそこいらじゅうにいる。地上から離れていることもあって日の光があまり当たらないその空気の悪さがより一層雰囲気を暗くさせていた。


「私たちもこの問題には日々頭を抱えています。だけどこれを変えるのはとても難しいのです、一度定まった認識を変えるということは」


 彼女は随分と苦しそうにあたりの様子を見ながら告白した。きっと誰もが望んだ結果では無い。そうだとしても地上との軋轢を埋めるのは私たちが思うほど簡単な問題では無かった。そしてそれは、私たちが解決するべき事柄でも無い。


 こんな場所からであればいくら子供を連れ去ってきたとしても、普通の人は訪れないから誰にも気づかれることはない。恵みを求めて物乞いをする人々が寄ってくるがレイ達は無視して進む。もし今それに応待することになれば、再び出会ったときにまた施しを行わなければいけなくなるからだという。


 酷な気持ちではあるが、彼らの隣を彼女達に続いて通り過ぎていく。背後からは今も彼らの物乞いの声が聞こえてくる。


「まだ着きそうにないですか?」


 こんなところにいつまでもいたら誘拐犯を見つける前に私自身の気がどうにかなりそうだった。魔力感知に長けている騎士は、慎重にその痕跡をたどりながら進んでいる。それを見てむしろ焦らせるようなことを言ってしまったことに気がついて申し訳なくなった。


 さらに進んでいくと、もう日の光がほとんど届かなくなった辺りまでやってくる。空を見ると小さな白い光がそこに見えるばかりでこれが日の光だとは誰も考えない。このレベルの地下まで来るとさすがに人の姿は見えずただ荒れた道だけが続いているばかりで、深淵に向かっているのは言葉にせずとも明白だった。


 進んで行くにつれて暗闇に慣れるからと言っても、さすがに前も後ろもほとんど分からなくなってきていたのでレイは荷物の中から蠟燭を取り出して火をつけた。手持ちランタンを先頭の男の人に手渡すと取り出したのもつかの間、数分も歩いているうちに前方から光を見つけた。


「レイさん、あそこで何かが光っていますよ」


 ソフィーが言ったその場所に着くと壁が白く眩く光っているように見えた。実際には岩の向こう側が透けて光を漏らしているだけであり、そこに触れてみたが確かにそれは岩の感触で、布がかぶさっているだけというわけではない。こんなにも薄い違和が存在ししているのかと思ったけど感触は確かに岩そのものだった。


「フワモ、どうですか」


 魔力感知をしている男に向かってレイはこの場所について尋ねた。彼が念入りに調べた上で言うには、そこには確かに大きな魔力を感じるということだった。


 それが分かると彼女は自分の持つ剣を抜いて短い詠唱を重ねた。詠唱によって魔力を帯びた剣を光を放つ壁に向かって突き立てた。


 激しい轟音と共に薄氷のように薄く張られた岩は簡単に崩れたように見えたと思うと、光は一瞬にして暗闇だった空間を照らした。思わずその光に目を瞑ってしまったが、ゆっくりと目になじませながら瞼を開く。


 岩の向こう側を一言で表すとするなら家だった。家と言ってもそれはある意味で特徴のない一室だ。書棚やベッドがあって、机や椅子がそこに配置されている。普通に見える家具たちだったが、その普通が逆に異常に見えた。


「なんだここは」


 ボートが驚くのは仕方のないことだったが、それ以上に驚いたように見えたのはこの土地に住まうレイたちのほうだった。


「私たちも知らないです。こんな場所がアビサルの地下にあっただなんて」


 だが驚いていても仕方が無い。ボートとレイは慎重にその部屋に踏み入る。物色を初めて間もない頃だった。何をトリガーにしたのかは分からないが、部屋は突然侵入者を知らせるように警報音を強く鳴り響かせた。あわただしく鳴るサイレンと共に、空間は私たちを閉じ込めるような機械音を周囲から発生させ始める。


 すぐに部屋から脱出しようと私たちが入ってきた場所へと全員が走っていたが、扉は勢いよく落ちてきて逃げる者を逃さないように拒んだ。落ちてきた扉を調べてみたところ、さっきの岩の壁のように簡単には壊すことはできないみたいだった。このまま時間をかけて扉を壊すということもできるけれど、しかし部屋にはまだもう一つだけ進むことのできる道が存在する。


「どうやら進むしかないみたいですね」


「一度上に戻るという選択肢もあると思うが」


 ボートとしては勢力図が把握できていない中で無謀に進んでいくのは避けたいと思っている。せめてこの場所だけでも知らせておかなければ仮に全滅した場合にどうにもならなくなるというのはレイも理解していたが、それよりも彼女は目の前の命を優先した。


「それはダメです。救援を呼んでいる間にも攫われた子供たちがもっと危険な目にあっているかもしれませんから」


「悪い、軽率なことを言ったな。今のは取り消してくれ」


 ボートはすぐに考えを改めた。そんな事を言っていられる猶予があるかどうかなんて誰も分からなかった。


 残されていた片方の道にも鍵のかかっている扉があるが。入ってきた方の扉よりも頑丈さはないとみてレイは自身の剣を振るう。岩の時のように簡単に扉は破壊され、その奥に地下へと続いている階段が見ることができた。すでにかなり地下深くにいるというのにまだその階段は終わりを感じさせない。機械仕掛けのような鉄でできたような壁に流れる配水管。所々に設置されている通気口はまるでなにかの施設のよう。それを見ているとなぜだか迷宮の入り口のように思えてきた。いったいこんな場所がいつまで続くのだろうか。


 そう思いながら階段を下っていたけど、あっけないくらいに階段はすぐに終わった。なぜなら踊り場で道が二つに分かれていたたからだ。


「そうですね、ここは分かれて行動するべきなのでしょうが……」


 レイは分かれることを提案しようとするが躊躇う。まだこの場所が何なのかを把握していないのに別れるのは正直に言ってリスクが高い。最悪人数差でやられてしまう可能性も無いことはなかった。


「この階段、かなり深いところまで続いてるよ」


 どちらに進もうかと悩んでいる内にソフィーが試しに続いている階段の方を覗き込んでみた。下が見えないくらいには続いていることが分かってすぐに誰かと遭遇することはなさそうだ。だけどこのままだとどっちにしても時間がかかってしまう。


「何かいい方法があるといいんだけど」


 そう思って辺りに何かないか探す。その間にレイは扉を破壊して入り口から見える範囲で中を調べ始めていた。だがそこには何もなかったらしく、すぐに戻ってきてしまう。


「良い案は思いつきましたか?」


「……うーん。あっ」


 あった。というより見つけた。手っ取り早そうな方法が。


「あれ使えないかな?」


 私はボートに自分の考えをさっそく伝えてみる。私がやろうとしていることを理解はしてくれたみたいだけど、すごくやりたくなさそうに見える。だけど他に方法が思いつかなかったのか、レイにもそっくりそのまま私の案を伝えていた。


「それなら確かに一番下まで直通ですね」


 どうやらソフィーの案には賛成の様子だ。


「でもその場合だと……」


 レイは二人の騎士を見る。彼らの体格は筋肉質なのに加えて甲冑を纏っていてこの階段ですらすでに自由には動けないように見える。残念だけど、ソフィーの考えた方法では到底一緒に来ることはできない。彼らに思いついた案を伝えると、後から追いつきますと言って先に階段を降り始めた。


 私たちは二人が先に向かったのを見送ると、レイが排気口の金網を斬り破り丁寧に剥がす。ボートが言うにはこの世界で機械を主導的に用いている国は今のところアビタートのみらしく、他の国でここまで大きな機構的な施設は本来存在しえないらしい。


 つまりこの時点ですでにここはホロの人たちによって作られた施設ではないということが分かる。そしてこんなに地下深くに施設を隠しているのがよりこの場所の怪しさを増幅させている。だがその疑問の答えも最奥まで行くことができれば明かされるはずだ。


 人が一人やっと入れるくらいの穴に三人は順番に侵入する。一番先頭で入ったボートが外套の下から収納されたロープをその中に投げ込むと、パイプに括りつけてするすると降りていく。ロープを伸ばし切ったとしても地面には届かず、仕方がないので数階分の高さから着地する。じんじんと足に熱を感じながらボートが金網を切り裂いて出た先は開けた場所で、一言で言うならばそこは牢獄だった。


 いくつもの牢屋が並べられていてその中には五人程度の子供たちがまとめて収容されている。ちょうど、私たちが出してしまった音に気が付いたのか誰かが閉ざされた扉の奥からやってくる。急いで三人は牢屋の隅に走って覗くようにして現れる人を待った。


「おい、お前ら何度静かにしろと言えば済む!そんなに早く実験体になりたいか!」


 いきなり叩きつけるように扉を開けたかと思うと耳に劈くような女の声が響く。それは同時に監禁されている子供たちを身震いさせた。静かになった子供たちを見ると念のため異常がないか確認するために牢屋を一つずつ見回る。しかし彼女はすぐに私たちが侵入した排気口を見つけて異変が訪れていることに気がついた。女は牢屋の子供たちのことなんて忘れて切り裂かれた金網の方へと向かう。


「今だ」


 レイが小さく口にした瞬間、ソフィー以外の二人は同時に女が入ってきた扉に向かって走り出した。慌ててソフィーも一歩遅れて二人に続いて走った。もちろん大きな足音は排気口を見ていた女にこちらの存在を示してしまうが問題はない。


「おい、待てお前ら!」


 扉から出た三人を追いかけるように走っているが、そんな彼女の姿を一瞥したボートは容赦なく扉を閉めて鍵までかけてしまう。ドンドンと扉の奥から何度も叩く音が聞こえてくるけれど、誰も開けるつもりはない。レイがとどめを刺すように魔術で扉の隙間を凍らせると、やがてその扉を叩く音さえも響かなくなった。


「やはりここに子供たちがいるみたいだな。だが、さっきの牢屋に入っていた子供たちは助けなくてもよかったのか?」


 その問いには間髪入れずに否定を込めて答えた。


「もちろん見捨てるつもりはありません。ですが、さっきあの女の言った実験体という言葉が気になりました。もしも連れ去られた子供たちの一人がその実験体になっているのだとしたら、何よりもまずそれを早く止めなくてはならないので。それに、もし仮に彼らが実験体であるとするのであれば、あの人も容易に子供たちを傷つけることはできないはずです。なので今は実験が行われている子供たちの方を優先するべきではないですか」


「確かにそれもそうだ。それに、あの牢屋を一通り見てみたがライナはいなかった。どのみち探しに行かないとならん」


 レイは、必ず助けに来ますからと心の中で思いながら実験が行われている部屋を探しに走り始める。全員が警戒を強めながら奥へと向かった。


 じばらくして廊下を抜けた突き当たりに着くと他の部屋と様相が異なる部屋を見つけた。そこだけはなぜか扉が鉄でできていて、他の部屋よりも明らかに厳重な造りになっている。


 レイは先ほどと同じように剣で扉を切り裂いた。が、鋼鉄の扉は凹んだだけで切り裂くとまではいかない。二撃、三撃と加えても扉を破ることは叶わなかった。


「仕方ないな、ちょっとどいてくれ」


「すまない。私の力不足がゆえに」


「いいやこれは単に相性の問題だ」


 叩くのではなく、斬る。彼は携えた鞘から刀を抜くと扉に向かってそれを振りかざした。魔力の籠った彼の刀による斬撃に鋼は耐え切れずめくれ上がった。奥では実験の最中だったのか、一人の男が何かを前にして立っていた。


 大きな音に気がついて振り返った男はこのような実験室のような部屋の装いから浮かぶイメージ像のような白衣姿ではなく、両脇には戦うための武器を提げて水槽を眺めていた。彼は静かに視線を動かすとソフィーを見つけて視線を合わせる。自然と浮かんだ恍惚とした笑みはソフィーを心の底から不気味に思わせた。


「やぁ、ソフィー。私はキミを待っていたよ」

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