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七天の傘の下  作者: 八千夜
隠然たる深淵の音
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子無の街

 一夜明けて二人が街に降りると、その姿は昨日とは全くの別物と言っていい有様だった。多くの人々が外に出ていることに変わりはない。しかし一つ違うと言えば彼らは皆、自分の子供を探し歩いていた。


 不安の声は伝播し、それが街に広がって不安に満ちている。私たちもその空気に触れていくにつれてなんだか彼女がこのまま見つからないんじゃないかという不安にさいなまれる。隣の彼もまた平静を装ったような表情をしているが、内心は不安を抱えているのかな。


 ソフィー達もライナの行方を知っている人がいないかと待ちゆく人々に声を掛けることにした。互いに探し人を尋ねるが、手掛かりを見つけることは叶わない。


 そんなことを何度も繰り返して何の手ごたえもないまま街を練り歩いていると、あるお店に入りきらないほどの人が集まって並んでいるのが見えた。


 口々に飛び交うのは、私の子供を探してというものばかり。受付の令嬢は毅然とした態度を取りながらも対応しきれない。人々の言葉を浴び続けて困り果てたその姿は、疲弊していた。


 しかしそのあふれた人々の声を一瞬で沈めたのは「静粛に」という透き通った女性の一言だった。


 何事かと皆が振り返ると、人波をかき分けて現れたのは、ブロンドの髪を腰まで伸ばして束ねた純白の鎧を身に纏う騎士だった。後ろには甲冑と兜を被った背丈の高い二人の騎士を連れていて、見るからに迫力を感じさせる装いだ。


「あの人達、誰だろう?」


 初めて見る装いの人たちにソフィーは緊張する。彼女たちがこの街を収めている人たちなんだろうか。周りの反応を見る限り女の騎士を目にすると逆に安心した様子で街の人々は落ち着きを取り戻している。


「俺も知らん。だが、一つ言えるのはこの国の騎士団の奴らだろう。一番前の女は後ろに部下みたいなのがいるのを見るに、恐らく正騎士クラスかそれに準ずる位じゃないか?」


 ボートが言った騎士や位についてはあまり良く分からないけどとりあえず偉い人だというのは分かった。


 彼が推測した女性は困惑していた受付の人に声を掛ける。それに彼女が気づくと途端に安心したようで、感謝の言葉を述べながら女騎士に頭を下げているように見えた。


 さっきの答え合わせで後に分かったことだが、ボートの言う通り彼女達は騎士団の人だった。さらにあのお店のような装いの建物が騎士団の本部でもあり、自分たちの所属する場所に戻っていただけみたい。


 この数日にかけて起きた児童失踪の真相について、必ず解決して見せると彼女は自身の剣を掲げて誓いを立てる。それを見た人々は不安ながらも同時にこの街で一番の力となる騎士団の言うことを信じて待つ他にはなかった。


 騒ぎもいったんの落ち着きを見せ、に人々はそれぞれの家へと帰っていく。静かながらも再び市場のお店は息を吹き返しだした。そこには昨日ほどの活気はなくとも彼らはそうするのが正解なんだとでもいうように街に声が響く。彼らには、子供たちの帰る場所を守るということが必要だから。


 人々が街に戻ることを見届けると、騎士らは建物に入っていこうとしていた。建物の陰から彼女達を覗いていたソフィーはボートにどうしようかと隣を見る。しかしすでに彼の姿はそこにはない。まさか、と思いつつ辺りを見渡すといつの間にか彼は建物のすぐ側まで行っていて、建物の中に入っていこうとした女騎士にちょうど声を掛けるところだった。


「すまない、聞きたいことがあるんだがいいか?」


 声を掛けられて振り返った女騎士はまだ何か言いたいことがあるのかといった様子でボートを見た。


「どうしましたか。さっき言った通り子供の失踪については私たちが必ず見つけ出すと言ったはずですが。今からその計画を練らなければならないため、できることならそこの受付で依頼内容を伝えてほしい」


「ああ、悪い。自己紹介からしたほうが良かったな」


 さっきまで声を掛けていた人々と同じ要件なのだと思われてしまったので、ボートはコートの裏に掛けていた懐中時計を見せる。それを見て一瞬目を見開いたが、すぐに緊張した面持ちに戻る。彼女は「分かりました」と言うと扉を開けたままにして中へと入っていく。開けたままにしているということは付いて来いということだ。ボートはソフィーに来るようジェスチャーをして彼女に続いて中に入っていく。


 建物の中は、なんというかおしゃれな喫茶というイメージを持たせてくれるような空間が広がっていた。少なくとも騎士団と呼ぶような場所の内装ではない。かろうじてそう思わせる要素があるとするなら、そこにいる人々の装いが甲冑を纏った堅苦しい人が多いことだと思う。


 入るやいなや、二人は客間まで通されて座って彼女が再び来るのを待つ。ボートは自身の所属しているアンメルド支部がみすぼらしく見えてくるなと内心思った。こんなに他の支部に訪れたことのなかった彼は他は皆こんなにしっかりとしているのかと少しだけ残念に思う。だが思っただけでそれが仕事に何か影響を及ぼすかと言われればそれはまた答えは異なるのでなんとも言えない。何はともあれ二人は客間で待っていると紅茶と菓子が出てきた。


 やっぱり喫茶じゃない?と思っていると扉の向こうから鎧を脱いだ先ほどの女性が現れた。広場で見せていた剛健な様子とは違って服装もラフな感じだったために心なしか表情も和らいでいる気がする。彼女は椅子に座って自身の前に置かれた紅茶に口をつけると、机の上に書類を並べると静かに話を始めた。


「急に本題を話始めるのもなんだか堅苦しくて気も引き締まったままになる。まずはお互いに自己紹介から始めないか?私の名前はレイ。ショーツ騎士団ホロ支部所属、位は剣騎士だ。よろしく」


 彼女は握手を求めて右手を差し出した。先にソフィーと、次にボートと握手をする。彼女の手は小さくはかない。今この瞬間だけ見たら、ただの少女のようにしか見えないのが不思議なところだけど、しかしながら階位は実力と伴う。人は見た目だけにあらずというのはこういうことかもしれない。


「俺はアンメルド支部のボート。位は銃騎士だ。そして隣のこいつが」


「ソフィーです。騎士団所属ではないですけど、いろいろと訳あって彼と一緒にいます。よろしくお願いします」


 お互いに軽く挨拶を済ませたところで早速話題は連日起きている児童失踪の話へと自然に向かった。彼女の持ってきた机に並んでいる書類には、昨日の段階までの児童失踪に関する情報とその被害者となる人々の名が記されていた。


「私たちは昨日までに既に多くの児童の失踪を確認しています。それについて調べて回ってはいたのですが、なかなか証拠となるような決定的な要因というものを見つけることができていません。加えて、本腰を入れて調査に乗り出した昨日に限って一番子供の失踪が多くなってしまったことで余計に情報が有意義なものではなくなってしまったんです。このような結果になるのであれば、最初から街の警護に総動員していれば子供たちを見つけられたかもしれないと思うと悔しい限りです」


 よく見ると、並べられている資料の情報には多くの箇所にバツ印が付けられている。すでに調べられるところは大方調べ終わっているようで、残っている場所はほとんど昨日に新たに失踪が起こった子供たちについて。残念ながら手詰まりなのはどちらも同じみたいだ。


 とはいっても、ソフィーとボートからすればほとんど手掛かりがない状態だったのでこれだけでもかなりの進歩だと言っていい。念のために資料に目を通してはみたけれど、もちろんそこにライナに関する情報は記されていなかった。


 でもこれだけの子供たちが誘拐されてしまったことを考えると、彼女もこの誘拐事件に巻き込まれてしまったんだと思う。でももしそうだとしたら、どうしてあんな森の奥にまで行って彼女を誘拐したんだろう?


 その疑念を払うことができないまま黙りこくっていると、レイは困った様子でこちらを覗き込む。何か手がかりを見いだせないかと彼女も必死だった。


「もしまだ調べることができていないと思う場所があったら遠慮無く言って欲しい。子供達の生存については最優先事項なので」


 それを聞いて安心した様子でボートは話を切り出すことができた。


「実を言うと、俺たちの仲間の一人が昨日から行方不明でな。次の日になっても帰ってこなかったんで、街に探しに来てみたらこのざまだ。それで俺たちはあいつもこの件に巻き込まれてるんじゃないかと思っている。言ってもあいつも騎士の一人だ。相手は相当の手練れだと考えていいかもしれない」


 子供を狙っておいて突然ライナを狙う理由はなんだろう。確かに彼女は童顔で見た目も子供のように見えるかもしれない。だけどこれもゾルドが何かを企んでいると考えると、これ以上関わるなっていう脅しなのかな。少なすぎる情報から考えられることはあまりないし、きっとこんな推論は間違っているだろうけど。どちらにしても彼女が誘拐されたのはきっと間違ってない。


 同様にボートも彼女が勝手にいなくなるなんてことはありえないと考えていたため、誘拐されたということを確信している。非力なくせに魔力だけは潤沢に持っているから狙われてしまうことはもっともで、より警戒をしておくべきだったと若干後悔していた。


「ではその少女が誘拐された場所にたどり着くことができれば、自ずと誘拐された子供達にたどり着くということですか。ボートと言いましたね、あなたは魔力感知は得意な方ですか?」


 レイはボートに尋ねるが、当然のように彼は横に首を振る。


「いいや全然。俺はほとんどこれ一本で成り上がったみたいなもんなんで」


 そう言ってボートは腰に携えた剣を見せた。次に彼女の視線はソフィーの方へ向いたが、彼女h慌てて首を振る。私はこの世界に来てまだ日が浅すぎる。それに昨日の今日で魔力感知なんていう繊細なことをできる自信はまだなかった。


 二人がそういった類いを扱えないと分かったところで、魔力感知の件については騎士団のほうが手を打つということになった。話し合いも順調に進んでいて窓の方を見るとすでに日は昇っていた。日の昇り具合を見ると恐らくちょうどお昼時だ。誰かのお腹の音が不意に鳴って、さっきまで活発に議論していた空間に急に沈黙が訪れた。


 だれがその犯人なのか。その正体を探そうとみんなが辺りを見回したところでその犯人捜しを遮るかのように、レイが慌てて立ち上がった。


「そうだ、みなさんお腹が空いていますよね?ちょうどお昼ご飯が出来上がってる時間だと思います。お二人とも。一緒に食べませんか?」


 部屋を出ようとすると後ろの扉から顔を覗かせている給仕の少女が苦笑いを浮かべているのが見えて、二人はどういうことかを理解した。お言葉に甘えてご飯を頂戴することになり、地下の広間まで顔を覗かせていた給仕の少女に案内される。


「ここが私たちホロ支部の誇る地下食堂ですよ」


 そこはまるで私がイメージしていたギルドそのままの様子が映し出されたような場所だった。人々はお酒を呷り、カウンターの少女は忙しなく飲み物を運んでいた。


「うわぁ」


「これは……良いな」


 二人からすれば、騎士団にこんなに立派な食堂があるのはうらやましい限りだった。曰く、良い労働は良い食事からということらしいが本当にその通りだった。二人はお腹いっぱいご飯の食べてソフィーは言わずもがな、ボートもいつもの仏頂面だが口の端にはソースがついていた。くつろぎながらとても満足している様子に、レイは笑顔になる。


 食後のお茶をもらってテーブルの品を片付けると、話題は先ほどの誘拐事件に戻る。


 騎士団の方で手を打つことになった魔力感知についての話をしていると、食堂に入ってきたガラの大きな男がこちらに近づいてくるのが見えた。通り過ぎていくかと思ったが、彼はそのままレイの隣で足を止めるとそのままそこから動かなくなってしまう。


「魔力感知ができる人が必要ですか?」


 ソフィーが恐る恐る尋ねると、振り返ったレイは彼に気がついてやっときたといった様子で顔を上げた。


「あ、フワモ。おはようございます。ちょうどあなたのことを呼ぼうとしていたんですよ」


 ささどうぞ、とレイは自分の隣の席を引いて座らせる。隣に座った甲冑に身を包んだ彼は頭に被った兜を外さないまま飲み物を一つ頼んだ。これまでの経緯を軽く彼に話すと、彼はすぐに快く同行することを決めてくれた。どうやら彼もこの件については力になれることが無いかと思っていたところだったらしい。


「ありがとうございます。ですが、これからすぐに出発することを予定していますが構いませんか?」


「全く問題ないですよ。ランテル騎士長がいない今、あなたの決定は団長命令と言っても過言ではないのですから」


 そこにはレイを立てるような言葉があるわけではなく、ただ本心として彼女に抱いている感想をただ述べただけだ。


「それは、違いますよ。ですが気持ちはありがたく受け取っておきますね」


 それから、フワモが今騎士団にいる人のなかで一番腕が立つ人物を連れて来て話を伝えた。レイのお願いはかなり効果的であるようで、フワモが誘った人物もあっさりと承諾してくれた。それを承諾した要因としてなにより大きいのは、誘拐された子供たちを救うことができるかもしれないということだろうけれど。


「それでは、行ってきますね」


 さっそく話をまとめることができた五人は席を立つと、レイは騎士団の受付嬢にそのことを伝えると支部を出る。ソフィーとボート、それからレイと先ほどの甲冑を着た騎士二人で誘拐事件を解決すらために街へと繰り出していく。


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