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七天の傘の下  作者: 八千夜
隠然たる深淵の音
3/11

気づかない、気づけない

 ボートは、まるで見慣れた地元を歩いているみたいに迷路のように入り組んだこの街の中を歩いていく。多くの人がにぎわう市場なのにも関わらず迷うことなく進むので、私は着いていくので精一杯で周りを見る余裕すらない。


「すみません、これを六つ」


「はいよ」


 買い物が終わると、またすたすたと歩きだす。こんな調子で何度も繰り返すので、買い物が終わるころには足が棒になっていた。


「もう無理」


 私は気がつけば近くの壁に寄りかかって膝を曲げていた。しばらくはここで休んでいると言うと、何も言わずにどこかに行ってしまった。私は行き交う人々を眺めながら時間を少しづつ潰して過ごす。何もすることがないので、自然と私は目の前を通る人を数え始めていた。


 小さな女の子を連れた親子を数えてちょうど200人になった時だった。私の頬に冷たい何かが当てられて、思わず悲鳴のような声が出た。周りが一瞬こちらを見るので恥ずかしさのあまりそのまま頭を下げる。


「まぁ気にするな。休憩にこれでも飲むといい」


 手渡されたのは、冷えたジュースだった。ビンの中に入ったそれは良く冷えていて一口で喉を潤してくれる。


「ありがとう」


 私とボートはそれを飲み終わって、しばらく行き交う人を眺めながら休んでいた。


 彼も私の隣に座ってぼーーっとしていると、沈黙を嫌がったのか彼の方から私に話しかけてくれた。


「さっき掲示板を見ていて、気になるものを見つけた」


「まさか、ヒューハから人が迫ってきてるみたいなことが載ってたの?」


「違うが、それ関連だ」


 やっぱり騎士長はこのままこの世界を……。思っていたことが現実になりかけていることが心を痛める。しかしそんな彼女の様子を伺うことはなく彼はそのままの調子で話した。


「奴らはどうやら新たなる国を築いたらしい」


「新しい国っていうのはヒューハを潰してってこと?」


「だな。自らをゾルドなる国として名乗り、天使の陥落を掲げている。ほかの六国を敵に回したといっても過言じゃない」


 だけど、それは賢い考えとは到底思えない。数の差も質も、今は圧倒的に六国の方が多いはず。ヒューハを陥落させることができたのも、半ば不意打ちに近い侵攻だったからだ。何度も同じ手が通用するはずもない。

 そしてこの国にもその宣言が伝わっている以上、天使が黙っているはずがない。


「そうする何かが、彼らにあるということだ。もしかしたらすでに戦力を拡大させているのかもしれない」


「でもヒューハが陥落したのは昨日のことだよ。そんなに早く手を回せるはずが」


「分かっている。だが、もう一つそこには気になることが書いてあった。昨日から今日にかけて、数十人という単位で子供が行方不明になっている。どうにもタイミングが良すぎるとは思わないか。まるで既にこの街には彼らが潜伏しているかのような事案だ」


 確かにその可能性は否定できない。もう既にこの街に彼らの手は及んでいて、内側から国を潰そうと。いや、あのお方ならそうしていても全然おかしくない。


「ならどうするの」


「本当は可能性がある程度のことだから先に国に帰ることを優先したいんだが、ライナに知られればどのみち気が済むまで付き合わされるのが目に見えてる。それなら最初から調べておいた方が早く済んでいい」


 空の瓶を隣の空箱に投げ込むと、ボートは立ち上がって再びどこかに向かって歩き始める。私も彼についていった。彼女は見た目通り、正しいことを正しく間違っていることを間違っているという子なんだと思った。


 着いたのはさっきボートが言っていた掲示板の前。時事ネタに興味津々な人たちが集まって雑談を繰り広げている。人波をかき分けて最前列に行くと件の記事を見つけることができた。


 一番大きな見出しを飾っていたのは、やはりヒューハ滅亡の記事だった。人々は様々な憶測を立てるが、それ以上に発展することは無い。この世界における危機がそこまで迫っているというのに結局は自分に不利益を被らない限りそれに気づくことは無いんだろうな。百聞は一見にしかず。あの惨状を目にしなければ誰も動こうとすらしない。


 何か彼らに関わる情報が見つかるかと思ったけれど、それ以上の成果は得られなかった。


「どうだソフィー。なにか気になることはあったか」


「ごめん。一応噂話に耳を傾けてみたりもしたんだけど、何も無かったよ」


「やはり手掛かりは掴めないか」


 彼もそこまで期待はしてなかったみたい。しかしそこには疑問の色が残る。


 そもそも行動に対して痕跡が少なすぎる。数十人という子供をたった一日で攫っておいて痕跡がないなんていうのは普通あり得ない。意図的に隠されたか、痕跡そのものが隠匿されたか。どちらにせよこの街には悪と呼んでいい何かがいる。


「ライナを置いてきたのは間違いだな。だからあれほど規則正しい生活をしろと普段から言っているのに」


 ボートは呆れ気味にため息をついた。今頃、彼女はまだあの馬車の二台の中でぐっすりと

 眠っているのかな。


 二人の印象は、初対面の時とは真逆になっていた。まさかボートのほうが面倒見がいいなんて思ってもみなかった。これ以上ここにいても進展する気がしないので一旦荷物を馬車まで運ぶ。街を出て馬車のある所まで戻ろうと眼前に迫る壁を見上げて、私は絶望した。


「これを登らなきゃいけないんだよね?」


「お前、騎士というくせにあまり体力に自信がないらしいな。そんなに嫌なら俺が持つ。お前は先に行ってあの居眠り女を叩き起こしておいてくれ」


 そう言うと私の持っていた荷物をひょいと奪うと階段を登り始めた。私は彼に言われた通り階段を走って駆け上がった。決してボートに体力がないのかと言われたから意固地になって走ったわけではない。


 森に入ってさっき通った道を戻っていく。草木を掻き分けた先に荷台の影が木々の隙間から見えた。


 馬はすでに眠りから覚めていて近くに生えている草を食べている。だが肝心のライナの姿が見えない。まだ寝ているのかと荷台の中に入って確認したけれど彼女の姿はなかった。


「おーい、ライナ!帰ったよー」


 それでも帰ってくるのは木々のせせらぎと小鳥のさえずり。本当に彼女はどこに行ってしまったんだ。彼女の持ってただろうものはそこに何一つとして残っていない。


 そうこうしているうちにボートはたくさんの荷物を抱えて姿を見せた。荷台に荷物を下ろして座ると、私に彼女の居場所を聞かれる。


「それが、どこにもいなくて」


「それはまたタイミングが悪いな。だが今から街に行ってすれ違いになる方が最悪だ。はぁ、さっきの掲示板を見てたら絶対ライナは置いていかなかった」


 二度目のため息と共に彼はどうしたのだと言いたげな馬を撫でる。確かに彼女の童顔は下手すれば子供と間違えられてもおかしくない。身長が低いので余計にだ。


 そこからいくら待っても彼女はここに帰ってこない。先に日が沈んでしまい、それでも彼女が戻ってくると信じていたけれどついぞ帰ってくることはなかった。


 夜が明けて、二人は昨日買ってきた食料の一部を朝ご飯として食べる。もちろん二人とも寝不足で全然食べ物が胃を通らなかった。彼女がどこにってしまったのだろうかという心配を取り払えるほど薄情ではない。


「一番最悪の事態が起きたな」


「うん」


 噂はあくまで噂。信じるに値するかどうかを確認しなければそれはあくまで現実に即さない。信じざるを得ない現実に突き付けられるまでは。


「十中八九あいつは攫われた。俺としては数人の子供の失踪という曖昧なものと世界を天秤するならすぐにここを発っていたが、仲間が実際にそうなっては助けるしかない。すまないが少しばかり寄り道させてもらうぞソフィー」


「安心してください。私もそのつもりでしたから」


再び二人は崖の底へと彼女を探しに向かった。

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