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七天の傘の下  作者: 八千夜
隠然たる深淵の音
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破滅と再燃

 彼らの国へと向かう帰路の中、私は隣に座る少女に笑われていた。彼女の名はライナ。どうして笑われているかと言われれば、私のさっきの発言があまりにも深刻そうだったからだという。


「あはははっ!」


「そこまで笑わなくてもいいのに」


 私だってもう少し言い方があったとは思っている。だけどそうまで言わないと馬車には乗せてもらえない気がしたんだからしょうがないじゃないか。


 結局のところ、私ひとりでこの世界を救うなんてことは無理だ。だいそれたことを口にしても実現できないなら道化師と変わらない。もしそれを叶えたいなら仲間は多い方が良いに決まっていた。


「ごめんごめん。でもどうして私たちの世界を救うなんて言ったの?」


 自分でも今気づいたけど「守る」という言葉ではなく「救う」という言葉を使った。遠回しに自分が何者かを語ってしまったんじゃないかと不安になる。不安は不安を呼ぶが、良く考えればそれは深読みしすぎだと気づく。


 どう言い訳しようかと悩んでいると、馬車を操っている少年(確か名前はボートと言った気がする)が前を向きながら話に加わった。


「そんな事は別に今じゃなくてもいい。お前が俺たちの仲間になるというだけの話だ。それよりソフィー、お前は炎の聖剣の行方を知っているか?」


ボートは私の事よりも自身に課せられた使命のことを優先する。どんなに些細でも情報収集は大事だ。


「いや、分からないと思う」


「まぁ無理もないか。あの時のお前の様子からは薄々分かってはいたが」


 炎の聖剣はこの国の天使ヨフィエルの象徴だ。武具としての能力を有しているのかは分からないけれど、あの時の空を見る限り戦いに用いることは可能だと思う。だけどそれが誰の手に渡ったかまでは知る由もない。


 だけどそれの所在をなんで今聞いたんだろう。考えると彼女らが何者などということは全く分からない。行き当たりばったりなのだ。気になるのはガブリエルの使者という言葉。つまりやられてしまったヨフィエルにも使者が居たはずなんだ。他の国?にもその人たちが送られていない所を見ると、騎士長の周到さが垣間見えた。


「まぁ手に入らないものはグダグダ言ってても仕方ないし、まずはあの後ろの奴らをどうにかしない?」


 ライナの言う後ろとは。振り返ると馬に乗った騎士たちが続々と炎に塗れた街から追いかけてきていた。その速さは刻々とその影を大きくするほど。彼らは魔力を込めた槍をこちらに構えて揺られながら今か今かとタイミングを見計らっていた。


「おいおい嘘だろ。これでも守護天使の加護が付いた馬車だぞ」


 この馬車は普通の馬車と違って乗り心地もよくそれでいて速い。からくりがわかったのは良いけれど、それならなんでその馬車よりも早く追いかけてくることができるんだ。あわててボートは手綱を引くが、もう間もなく彼らは攻撃を始める気がした。


「ボート、貴方は逃げることだけに集中して。こっちは私とソフィー、いけるよね?」


「たぶん、なんとか」


 私とて騎士なのだ。腰に携えている剣は飾りじゃない。


 だがこんなところで剣を抜いて振り回せば、敵は倒せるかもしれないけれどその前にこの馬車の天井が壊れてしまう。私は何か使えるものがないかとあたりを見回す。


 が、何も見つからない。魔術は得意分野じゃないけれど、いまさらどうこう言ってられない。剣を使うのはまた今度ということで。


 彼女は臨戦態勢を整えると、杖を構えて詠唱を始めようとしてこちらを一度だけ見た。私が何も持たずに敵を直視していたのを見て思わず声を掛ける。


「ソフィーってもしかして魔術は苦手?」


「もう魔力がからっきしです!」


 こうなったら素直に白状するしかなかった。一度だけなら使うことができるけど、それをしてしまうと本当に動けなくなってしまうので潔く彼女に任せることにする。


 逃げるときに思っていた以上に自分の魔力がなくなってしまっていた。。今後はちゃんと管理しながら使っていこうと肝に命ずる。


「じゃあ、貸し一個ね。今度私がピンチになった時に助けてくれたらチャラってことで」


「面目ないです」


 私に今できるのはせめて特攻で飛んできた敵を薙ぎ払うくらい。彼女の詠唱の邪魔を誰にもさせないことだ。


 詠唱が始まって彼女は目を瞑る。ゆっくりと流れる言葉の数々はやがて力となり、立てた杖を中心として魔法陣が生まれていく。徐々に埋まっていく線は繋がっていき紋様が生まれて完成へと至る。


 眼を開けて彼女が放った言葉と同時に、魔法はその力を示した。


 地面が階段のようにどんどんせりあがっていき、終わりには崖ともいえるほどの断層が生まれた。馬車たちは立ち止まることを知らず、たとえ立ち止まることができたとしても後続の追撃によってもろとも崖から飛び降りることになる。


「ふぅー、疲れたー!」


 彼女はさっきまでの集中が切れて一気に疲れが来たみたいで、倒れるように私の胸に飛び込んできた。私は難なく彼女を受け止めるとそのまま座って、膝枕をした。頬を擽ると彼女の髪の匂いが心を揺らす。


「お疲れ様です。私が不甲斐ないばかりに」


「しょうがないよ魔力がないんだから。それにさっきまで全力で逃げてたんでしょ?荷物だってほとんど持ってなかったし。だからそんな顔なくてもいいし、気にしないで」


「ありがとう」


 見知らぬ人にここまで親切ができるなんて本当に彼女の心音は良いんだろうな。ありがとうという言葉以上に隠していることが多すぎて心が苦しい。早く何もかも吐き出したいのは私の我儘だろうか。


「でもいいんだ。君みたいなかわいい女の子の膝枕を享受することができたから。役得だね。これがボートならすぐに騎士団直行だもん」


「うるっさい。お前は魔力を雑に使いすぎだ。さっさと休め」


「はーーい」


 軽く返事をしてすりすりと頬ずりする彼女を見ながら、私はヒューハのあった街の方を見る。


ボートは何も言わずにひたすら馬車を飛ばした。ライナは疲れたのかそのまま目をつぶって私の膝の上で寝息を立てている。それを見ていると自然と瞼が重くなり、つられていつの間にか眠ってしまった。


 次に私が目を覚ますと、そこは深い森の奥だった。荷台を出ると馬は本当に長い間走ったようでただひたすらに眠りこけている。お疲れ様とその頭をゆっくりと撫でて周りを見た。


 辺りは木々に覆われていて様子を窺うことはできないけれど、よく見ると奥で誰かが音を立てていた。


 それが気になって、私は足音を消すように木々の隙間を歩いて進んで行くと、誰かが来たと知らせるように風が吹いて木々が鳴く。しかしそのままさらに行くとそれが何か分かった。


「ブンッ!ブンッ!」


 恐る恐る木の陰からのぞき込むと、それは素振りの音だった。


 丁寧に同じ動作を、足の動きから振り下ろす角度まで。まるで機械のように繰り返すのに彼が人間だと感じるのは同時に吐く息が聞こえるから。


 汗を垂らそうとやめないで鍛錬する姿に、私はただただ眺めているだけで声をかけることすら出来なかった。


 あれから何分経ったのか。彼の身につける衣類が汗でいっぱいになった頃にやっと持っていた剣を置いた。


「お前も騎士なら、素振りくらいするんじゃないのか」


 背後を向いていたのに突然声がして私は思わず後ずさりする。生えていた草を踏んでカサカサという音が鳴り、私は木の裏から出てしまった。


「起きたら何か音がするからなんだろうと思って見ていたから、声もかけにくくて」


「別に畏まる必要はないんだが。そんなに接しづらいか?」


 あれで彼はフレンドリーなつもりみたいだ。表情も固ければ仕草も緩まない。それでいてフレンドリーとは何かと聞いてみたいけれど、つっこむのも何故か躊躇われる。


 少し話をしていると彼は私たちが寝ている間も、ボートはひたすら馬を走らせ続けてすでに隣の国へと到達していたらしい。それで、馬もさすがにぶっ続けで走りすぎて疲労が限界に達したので人目に付かない森の中でしばしの休養を取っていた最中て今に至るという。


 ボート曰く、ここは「戦」のホロという国らしい。二人が元いた国はかなり遠く、いくつかの国を経由しないとたどり着けないということだった。


「一度、街まで行って食料などを買ってくる。たぶんまだライナは寝てるだろ。ヒューハにいる奴らがこちらまで攻めてきているかもしれないし、早いうちに必要なものはそろえておきたい。お前も来てくれ」


「良いけど、そんなに近いの?」


「安心しろ、すぐそこだ」


 彼は森の奥を指す。ゆっくりとその方向へ私は進んでいく。視界がだんだんと開けていき、ついには青い大空と雄大な草原が眼前に広がる崖に着いていた。しかし、肝心の街はどこにも見当たらない。


「おい、下だ下」


「え?」


 私は地平線まで広がる草原をだんだんと見下ろしていく。ちょうど真下を向くとそこには円形の街が構築されていた。街は大きな螺旋を描いて地下へ地下へと伸びている。


「さ、降りればわかる。ここがホロの中心街アビサルだ」

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