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Summer Snow  作者: 悠月 星花


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28/30

ピアノとヴァイオリンの曲にしてほしい

「また、見てるんですか?」


 緋月の後ろから、広瀬がスマホを覗いていた。響らしい人から送られてきた雪の映像。それを見ながら、響のことを考えていた。


「いいじゃないですか?」

「まぁ、そうなんですけど。雪景色なんて見て、この暑さを乗り切ろうだなんで、緋月さんは、変わっていますね」

「そういうわけじゃないんだけど……」


 広瀬も緋月の隣に座り、一緒になって雪が舞う動画を一緒に見ていた。どこか少し高い部屋から撮られたらしいそれをただ見つめていた。

 音のない動画は、静かであった。


「この雪の映像を曲にするなんてどうですか? 雪と言っても、この映像は、吹雪いていたり、ゆっくり降り積もっていったりと、片時も同じではないのですから、移りゆく時間を表現するみたいな。私は、そういう才能はないけど、緋月さんなら、可能なんじゃないですか?」


 映像に集中しながら、広瀬は変哲もない雪の映像に何を感じたのだろうか。緋月は、映像から広瀬へと視線を移した。


「そんなに私を見たって、何もありませんからね」

「……広瀬さんって、たまに鋭いことをいいますよね。そっか。雪の曲か」


 緋月は、考えもしなかったというように、映像を見ながら、手近にあったメモとペンを手に取る。響が残してくれたのだろう映像を緋月は凝視する。その映像に、探している人物が映っているわけでもないのに。


 ……そっか、ピアニストなんだから、ピアノでこの感情を表現すればいいんだ。


『雪の曲が聴きたい』


 そのメッセージを思い浮かべ、さらさらと音階を書いてみる。頭の中で音になっては消えていく音を追っていく。沈みがちだった音が、半音ずつ上がっていくように、緋月の持つペンにも力が入っていく。


「あっという間にかけるんですね?」


 緋月の書き終えたメモを見ながら、広瀬は首を横に傾げている。音符が並んではいるが、実際の音がわからない。ただの紙に書いてあるだけのものに、広瀬は曲のイメージがつかなかった。


「パソコンいりますか?」

「ありますか? すぐに音におこします」


 広瀬から借りたパソコンに、今書いたばかりの音符だけのメモを写していく。メモではわからなかったが、音階もわかるようになり、それとなく口ずさむ広瀬。チラリと広瀬の方をみる緋月に気がついて、慌てて謝ってくる。


「あの、下手な鼻歌でごめんなさい」

「いえ、少し驚いただけです。音符をおいただけなのに、もう、正しく音を理解しているだなんて」

「一応、音楽に携わる仕事をしていますからね! 楽譜は読めますし、それなりに曲への理解もありますよ!」


 少し照れたように頬をかきながら、緋月の楽譜に二人で目を落とす広瀬。最後まで書き上げた緋月と最後まで鼻歌で曲の確認をしていた広瀬がお互いににっこりと笑いあった。


「素敵な曲になりましたね?」

「そう思ってくれるなら嬉しいですよ。僕にできる精一杯のラブレターだ」

「……ラブレター? それって……」


 広瀬は、緋月と光希が探している女性のことを思い浮かべた。実際会ったことはないが、緋月があげていたストリートピアノを演奏しているSNSに、ときおり登場していた日本人女性だ。大学の文化祭で再会したあと、行方知れずになっていると聞いていた。


「……まだ、見つかっていないのですか?」

「言ってなかったかな? 響は、どこにいるかわからないんだ。ただ、この映像を見る限り、南半球……オーストラリアにいるんじゃないかなって思っているよ」

「オーストラリア?」

「そう。ちょうど、ここと季節は逆だから……」

「夏の雪ってことですか?」


 広瀬はポツリと呟いたので、頷いた。緋月たちが探せる範囲は探した。以前入院していた病院やルームシェアの同居人であるクリステル、学校にと……。緋月たちは、スマホだけで繋がっていたので、それ以上を手繰り寄せることができなかった。光希は、音楽の世界に入ったことで、その人脈を使って、緋月は引き続きSNSで……探し続けていたが、未だに見つかっていなかった。

 何も手がかりなかったのに、突然送られてきた見知らぬ相手からのメッセージと雪の映像に二人ともが縋ってしまった。


「いいね。夏の雪。Summer Snowっていういのは、どうだろう?」

「安直ですけど……いいと思います。これ、きちんと弾きこなせるようにしてください。入れましょう。次のCDに!」

「……商魂たくましいのは結構だけど、これは入れたくないな。コンサートだけの曲にしたいんだけど」


 緋月の提案に、承服しかねるというふうな広瀬。新しくピアノのCDを出すことが決まっているので、入れたいようだ。


「……とても、気に入ったんですけどね」


「残念です」と気落ちしている広瀬にお礼をいうと、編曲だけは、誰かに任せたいと話を進めていく。


「あぁ、そうそう」

「なんですか? やっぱり、CDに入れてくれますか?」

「いや、違うんですけど。この曲の編曲をお願いするときに、ピアノとヴァイオリンの曲にしてほしいって」

「ヴァイオリンですか?」


 広瀬は首を傾げたが、あっ! と思いついたようだ。「わかりました」と言って納得してくれる。


「メールでメロディーと楽譜を送っておくから、お願いします!」

「はいはい。わかりました。日本で初コンサートで、必ず弾いてくださいね! 完成したこの曲をSNSに載せたいです! それは、許されますよね?」


 圧を強めに詰め寄ってきそうな広瀬に頷くと、ガッツポーズだけして部屋から出ていった。緋月は、スタジオに入って、メロディーを確定するべく、さっき起こしたばかりの楽譜を弾き始めた。

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