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Summer Snow  作者: 悠月 星花


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雪の曲が聴きたい

「あの、不躾な質問なのですが……」

「響のことですか?」


「はい」と頷く広瀬に、響の話をする。緋月と光希と一緒に活動をしている学生であること、入院をしていて、今日の演奏会に来ていてくれたことを伝えると、広瀬の顔が曇っていく。


「それは、心配ですね」

「響と面会謝絶となったなら、僕らに直接、何かしてあげられることはないので、また、SNSに音楽で応援するくらいですよ」


 緋月は笑う。すぐにでも、響の元へ行きたかったとしても、何もできないことをこの数ヶ月、嫌というほど実感している。

 広瀬と話したあと、光希と一緒にアパートへ帰った。街を歩けば、ときどき声をかけられる日も出てきた。


「このまま病院へ行くか?」

「会えないなら、響からの連絡を待つしかないよ」


 その後、響からの連絡は来ることはなかった。


 ◇


 演奏会から1年と半年が経った頃。緋月は卒業に向けて、最後の課題に取り組んでいた。

 光希は、今はプロのオーケストラに入り、演奏のためにヨーロッパ中を移動している。そんな忙しい中、光希は大学へ来て、緋月の演奏の邪魔をしに来る。


「よっ!」

「あぁ、光希。帰ってきてたんだ?」

「そう、こっちで演奏会があるからさ」

「順調?」

「だったら、緋月の顔なんて見にこないよ」


 軽口を言う光希は、時折、大学に残っている緋月の様子を見にきてくれる。響が、行方不明になったあと、緋月の精神は不安定になり、手が壊れる寸前まで、ピアノを弾き続けた。皮肉にも、ピアノ以外の他に感情を表現できる場所がなかったからだ。

 鬼気迫る演奏で、何度かコンテストでも優秀な成績をおさめ、大学卒業後はピアニストとして、世界に出ることになっていた。


「響から、連絡は?」


 諦めたような表情の緋月が、テンプレートのように光希に聞いている。光希が首を横に振る様子を見て「そっか」とだけ、つぶやいた。響がルームシェアをしていたクリステルにも聞いたが、響本人からも病院からも知らされておらず、今でも行方がわからない。大きな病院で、入退院していることを聞いた僕らは、響のどこが悪いか、クリステルに聞かされた。


「心臓が悪いんだ。移植をしなければ、あと1年くらちの命だって、宣告された日に、緋月くんのピアノを聞いたんだよ」


 クリステルに響の病状を聞かされて驚く緋月。光希も知らなかったようで、「なんでだよっ!」と語気を荒げたことは、未だに覚えていた。


「きっと、どこかで、聞いていてくれるさ」

「光希、暇なら、一曲、弾いていかないか?」

「あぁ、いいよ」


 二人が、演奏を始めたとき、緋月のスマホが鳴ったことに気が付かなかった。


「僕、作詞をしようと思ってるんだけど、どんな曲にしようか迷ってるんだよね」

「クラシカルな感じ?」

「うーん、伝統的な? そういうのもいいけど、少し軽めの音調がいいかな」

「なるほどな……って、緋月、スマホの着信ない?」


 光希に言われて、スマホを見てみると、見知らぬ人からのメッセージが入っていて、動画が添付されていた。窓の外、雪がちらつく映像だった。


「……雪?」

「そうみたい。雪って、今、南半球にしか降らないだろう? こっちは、真夏……」

「これって……」


 緋月と光希は、同時にスマホの映像から頭を上げ、見つめあった。二人が考えていることは、同じ。


「「響は南半球にいるのか?」」


 重なる言葉にいろいろと考えを巡らしてみた。返信をしようとしたが、こちらからは、メッセージを送れないようだ。


「ダメだ、送れない」


 緋月のスマホはエラーメッセージを送り返してくるだけで、こちらからの返信はできない。


「……生きていたんだな。とりあえず、ホッとした」

「僕も」


 緋月がふうっと息を吐いたとき、また、新たなメッセージがきた。


『雪の曲が聴きたい』


 ……雪の曲?


 二人は、考えを巡らせる。光希がスマホで配信の準備を始め、緋月は、ピアノで軽く、音を確かめる。光希もチェロケースから取り出したチェロの調弦を始めた。

 どれくらいの時間だっただろうか。あっという間だったのかもしれないし、実際に弾き始めれば、4分くらいの演奏だ。


 演奏が終わったあと、二人で頷き合い、録画しているスマホへと駆け寄った。


「響! 聞いているなら、いつでもリクエストしてきてくれ!」

「俺たちは、いつでも、響の帰りを待っているから!」


 響に向けたメッセージではあったが、世界中のどこで聞いているかわからない。響に届け! との切実な思いだけが、二人から世界中に配信された。

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