僕だって何かできるのならしたいんだよ
カブレラの音楽隊は、完璧な演奏をした。会場はこのオケと一体化し、聞いている全ての者と心を重ねられたのではないだろうか? 緋月は、自分の心がとても満たされていることに、今持てる全ての力を出し切れたと、ホッとしている。
客席を見ると、手が痛くならないだろうか? と思えるほと、響は叩いている。それも、嬉しい要因だった。
「緋月くん」
名を呼ばれ、カブレラの方を見ると、かなりご満悦な表情をしており、ピアノ指揮が成功したことを示している。緋月は、椅子から立ち上がり、カブレラをきつく抱きしめた。ステージ上だったにも関わらず、衝動にかられたのだ。
「素晴らしい演奏をありがとう! カブレラ」
「こちらこそだよ。今回の演奏会、キミに任せてよかった!」
二人で、この演奏会の成功に、「ホッとした」と耳元で囁き合う。カブレラも新しい試みだったし、緊張もしていたようだ。安堵感が二人の間の絆へと変わっていく。
演奏が終われば、次の演者のためにステージを移動しないといけない。ピアノは、会場設備の学生が片付けてくれるので、一礼してステージを去った。
ひとしきり、オケのみなで、今日の成功を喜び合ったあと、緋月は響や光希の元へ急ぐ。
「外で待っている」
そう言っていたので、ホールへ向かったが、その場には、誰もいなかった。まだ、会場にいるのかと思い、中に入っていく。ステージから見えていた場所まで急ぐと、その場には、すでに違う人が座っていて、別の演者の演奏を楽しんでいた。
……どこに行ったんだろう?
緋月は、なんだか胸騒ぎがしたが、光希と連絡をとって、なんとか確かめるしかない。再度ホールへ出ていくと、そこには、スーツを着た女性が、緋月を探していたようだ。
「あっ、待ってください。あなたが、緋月さんですよね! あの……私、広瀬といいます。こういうものですが……」
名刺を渡されたが、今はそれどころではない。ただ、これから先のことを考えたとき、邪険にすることもできず、「連絡を1つだけさせてください」とことわり、少しだけ待ってもらうことにした。
「……どこにいるんだ? 光希」
電話をしたが、繋がらなず、返信をしてほしいとメッセージを送っておいた。響に何かあったのかもしれないという焦りがあるが、今の緋月に何かできることもなく、連絡を待つことしかできない。
「お待たせしました。日本の方ですか?」
「えぇ、日本人ですが、会社はこちらにあります。今、演者を探していまして……」
「演者って……?」
「演奏者ですね。ピアノを始め、楽器、声楽……。いわゆる、音楽に関わる人をスカウトしています」
「それで、僕に声を?」
「えぇ、あなたの演奏を聞いて、素晴らしいと! 元々SNSで見たときから、声をかけたいと思っていたのです。一度、ゆっくりとお話をしませんか?」
「……友人からの連絡が来るまでなら、大丈夫ですけど」
少し離れた学内にある人気の少ないカフェテリアへと移動した。なるべく人を避けて生活をしているので、こういう場所はたくさん知っている。
「静かな場所ですね?」
「……そうですね。それで?」
「ピアノ演奏で、CDを出したりすることに興味はありませんか?」
「……そうですね。僕にそこまでの力があるとは思えませんが……、コンテストで優秀な成績があれば別だと思いますが」
「そういったものには、もうでないのですか?」
「……今は、まだ、考えています。復学をしたばかりなので……もし、コンテストに出るのであれば、それなりに準備もひつようですから」
「あんなに素晴らしい演奏をされるのにですか?」
緋月は苦笑いをした。広瀬は、その笑顔に何を感じたのかはわからないが、「一度、会社へ来てみてください」と、販売元として作成しているCDを渡された。それは、よく聞いていたCDだったので、緋月はとても驚いた。
「このCDって……」
「あっ、うちで作っているんですよ。大手ではないので、制限はありますが、世界中で聞かれていますよね。私も、このCDをきっかけに、この会社への就職を希望したので。いつか、このCDを超えるような演奏者と一緒に作り上げたいを思っています」
ニコリと笑う広瀬。緋月の可能性を疑っていませんという妙な信頼を向けられ、反応に困っていると、光希が「戻ってきた」と連絡をくれた。
「お忙しいのに、時間をいただいて……」
「……よかったら、友人を呼んでもいいでしょうか?」
「えっ? でも、急がれているのでは?」
光希からの連絡で、『響とは面会謝絶になった』の一文があったので、緋月にできることはないことを知ったら、今は、広瀬の話をゆっくり聞きたいと思った。
しばらくすると、光希がカフェテリアへやってくる。その間、緋月の今の状況についての話をしていた。
「ごめん、邪魔した?」
「そうじゃなくて……こちら、広瀬さん。音楽関係の仕事をしているんだ。話を聞いていて……」
「それどころじゃないだろう?」
「面会謝絶になったら、僕にできることはないよ。少しでも響に、僕の音楽を届けることしかないんだ」
光希を見ながら、「僕だって何かできるのならしたいんだよ」とだけ呟いた。




