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Summer Snow  作者: 悠月 星花


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22/30

響き渡るメロディ

 緋月は、大きな広場に来ていた。欧州らしい石畳、近くに古い塔が建っていて、城門まである。観光客がちらほら歩いているが、ここはそれほど有名な観光地ではない。小春日和のような暖かな太陽の元、おかれたピアノ。この場に似合わないペイントがされており、なんだかピエロのようだった。

 この場所は、時間になれば、地元の人が行きかう。駅に近く、通勤通学で通りがかる人が多いが、今は、まばらであった。


 緋月は、少しずつピアノに近づいていく。人差し指で一音を確認する。澄み渡るような音は、開放的なこの場所から遠くへ響く。その音を聞いた人のうち、何か始まると足を止める人が緋月の周りに集まり始めた。


「あの……」


 緋月がピアノを弾く準備をしていると、一人の男性が近寄ってきた。少しおどおどした彼を見上げ、微笑みかける。


「どうかされましたか?」

「……緋月くんだよね?」

「えっ?」

「動画で、よく、君のピアノを聞いているんだ。息の合ったチェロリストと……」

「ありがとうございます! 見てくださっているんですね」


 二度頷く男性に、「いつもありがとうございます」と握手を求めると、慌てて手をズボンで拭いてから応えてくれる。


「その、もしよかったらなんだけど、1曲、僕のために弾いてくれないかい?」

「もちろん! どんな曲がいいですか? リクエストをお願いします」

「うん、この曲知っているかな?」


 少し前、世界中で流行った曲を弾いてほしいという彼に緋月は頷き、「これであっている?」と確認をした。彼は、また、二度頷いて「歌っても?」というので、緋月も頷く。

 実はメロディーは知っていても、ちゃんとした楽譜は見たことがない。聞いた音を頼りに弾いているので、間違っているかもしれないが、そんなことは、どうでもよくなった。


 ……すごい。さっきまで、おどおどとしていた人だとは思えないくらいの声量だ。それに、かなりうまい!


 その歌声に惹きつけられた観客がだんだんと集まってきた。彼の声は自信に満ち、緋月の音を正確に拾っていく。素晴らしい歌い手に出会ったと緋月は感じた。

 1曲が終わるころ、まばらだった行きかう人々は、ピアノの周りに集まっている。拍手が起こり、高揚し頬がほんのり赤くなった男性が頭を下げて、「ありがとう!」とお礼を言っている。

 そのとき、緋月の肩を突く女学生がいた。その目には、私もというふうに見て取れたので、何か言われる前に頷いた。女学生が、喜んだ後、曲名を伝えてくるので、それに応える。まだ、熱の冷めない観客が、彼女のアカペラを聞いた瞬間、ピアノの隣に立っていた女学生に視線が集まった。ピアノの伴奏が入れば、彼女の良さを引き出すべく、緋月は息を合わせていく。

 さっきまでの男性が緋月に合わせるのなら、この女学生は緋月を引っ張っていく。対照的な二人の歌い手に合わせてピアノを弾けば、観客はさらに増えていった。


 ……今日は、こんなつもりはなかったんだけどな。


 二人の歌い手のためにピアノを弾き終えた後、観客は去っていくのだと思っていた。緋月の次を期待しているのか、以外にも、この場から去った人は、数人だけだった。人だかりが、さらに人を呼び寄せる。中には、配信を見ている人もいるようで、ずっとカメラを向けている観客もいる。緋月は、帰らない観客の中心で、先日、光希に聞かせた曲を弾き始めた。

 観客は、帰るどころか、緋月が弾く曲に興味を持ったのか、さらに人が増えていく。この街は音楽を聴く耳がとてもいい。生まれたときから楽器が側に、街を歩けば生演奏が聞こえてくるような場所で、世界中から音楽の街として知られている。耳の肥えた観客を前に、新たな挑戦でもあった。


「ブラボー!」


 観客の中、一人の男性が叫ぶ。こちらからは見えないが、緋月のピアノに耳を傾けてくれていたらしい。その声を皮切りに、たくさんの人が拍手をしてくれる。馴染みのある曲ではなく、配信でしか流したことのない曲を評価してくれる人々がいる。


「なんていう曲かしら?」


 観客の中、1番初めに足を止めた女性が聞いてくる。先日、光希と話をした中で、適当に曲名を言っていたが、まだ、決めたわけではなかったので、緋月は女性に首を横に振った。


「実は、まだ、曲名を決めていないんだ。何かいいタイトルがあるなら、教えてほしいくらいだ」

「まぁ! 素敵な曲なのに……まだ、ないのね」

「『Melody of Revival』なんてどうだ?」


 他の観客も考えていてくれたらしい。その人も、人生の暗闇の中、ずっと苦しんできたらしく、ようやく抜け出せたと苦笑いをしていた。緋月の音楽を聴いて、自身の境遇を重ねたという。確かに、緋月自身、ここ数年の思い悩んだ時期のことを考えながら書いた曲であった。この街の澄み渡る空がこんなに青かったなんて、最近知ったくらいだ。


「……メロディ……オブ、リバイバル……。蘇りの旋律……」


 口元で何度か曲名を言ってみる。良い曲名を考えることができなかった緋月は、次に光希に会ったときにでも決めてもらおうと思っていたのだが、思いがけず、曲名がぴったりくるものと出会えたようだった。


「その曲名、採用させてもらいます! ありがとう! 名前を聞いても?」

「名前かい?」

「えぇ、ぜひに」


 照れくさそうにしている男性に隣にいた女性客が頷いている。それが、何を意味するのか知っているのかもしれない。


「ジェームスだ」

「ありがとう、ジェームスさん。今日の出会いに感謝します」


 緋月はお礼にジェームスのリクエストを1曲弾くことにした。以外にもロマンチストなのか、最近はやりのラブソングだったため、観客の一人が素晴らしい歌声を響かせてくれる。

 音楽とは、かくも美しいものなのだと、改めて、緋月は感動した。

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