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Summer Snow  作者: 悠月 星花


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僕は、それを許さない

「光希、あの、あの、あの動画!」

「いいだろう? 俺の傑作」


 電話の向こう緋月の恥ずかしがって憤慨したりアワアワしたりしているのが、見て取れるようでおもしろくなった。緋月の言葉を動画として残したのは、他でもない光希自身のためであり、ついでに響へのメッセージでもあったのだ。光希の悩みなんて、緋月が気づくはずもなく、その言葉に救われたとは思っていないだろう。


「消すよな?」

「消さないな。響もみているんだから、消さない。俺も響も、緋月から言われた言葉を大事に胸に刻んでいるんだ。動画を消したとしても、俺らからは消せないぞ?」

「……動画になってなければいいんだよ!」

「消すなよ? 大事なんだ。俺たちにとって」


 緋月は、受話器の向こうで黙った。どれくらいの時間が流れたかわからないが、そろそろスマホが熱くなってきた。ハンディーに変えたとき、ボソボソっと緋月が何か言ったように感じた。スマホでは、聞き取れなかったが、すぐさま録音をするようにした。

 少し間があったあと、カタッと椅子を調整する音がした。


 ……エルガー、『愛の挨拶』? 俺に愛を語ってどうするんだよ!


 光希は、スマホから流れてくる旋律を聞きながら、どうしようもなく涙が溢れてくることに驚いた。世界中で弾かれている楽譜だ。それに、音楽をしていれば、なじみのある1曲でもある。


 ……変だな、俺。


 うまくいかないことも多かったここ数ヵ月。それとなく、緋月は気が付き、ディオを提案してくれたのだとわかっていたが、こんなに優しいメロディーを聞かされたら、光希の中に燻っていた黒い感情が流されてくようだ。練習へ行き憤り、焦り、他者を羨む。実のところ、緋月を見て、緋月を尊敬していると口では言いつつ、弾けなかった緋月を光希自身が1番馬鹿にしていたんじゃないかと思えてきた。

 緋月を見てほっとして、授業に出て黒い感情を持ち、また、緋月よりはいいはずだと言い聞かせていた。そんな自分を光希は恥じた。


「光希」

「……うん?」

「焦るなよ。僕は、光希と響がいたから、前を向けた。じゃあ、光希は? 僕がいることで、ダメになるような人間じゃないってことはわかっているけど……」

「……いいたいことは、わかる。俺、緋月を憐れんでいたんだ。うまくいかない自分よりかは、完全に足を止めてしまった緋月を見て、どこか、ほっとしてた」

「そっか。でも、それでいいんじゃないか? 人は結局一人かもしれないけど、一人で生きていくことはできない。見えない繋がりが、僕らを結んだんだから」

「そうかもな。でも、俺は俺を許せない」

「光希」

「今度の文化祭で、弾くのが最後になると思う」


 沈黙が続いた。光希は、傍にあったチェロを撫でる。何年も一緒に歩いてきた相棒は、悲しそうにしている。


「僕は、それを許さない。光希、聞いて。今は暗くても、必ず光が差してくる。僕に光希という名の光が差したように」


 返事をしようとした瞬間、黙っていた緋月が、また、ピアノを弾き始める。クラシックや流行の曲、アニメなど、何でも弾く緋月ではあるが、光希も今まで聞いたことがないような重苦しい音で始まる。

 耳を澄ませて、それをずっと聞いていた。初めて聞くメロディー。光希の頭の中で世界中の楽譜を探すが、どこにもなかった。


 ……オリジナル? 重い出だしだった。それが、少しずつ軽く。まるで、暗く先の見えない長い長いトンネルの中を手さぐりであるいて、転んでけがをして……俯いて。でも、前を向て歩き始めた。光が差したように……。

 まるで、俺の……いや、緋月のこの何年かのような……。俺を光と希望、響を自分の音を世界に響かせたって……言っていた。


 最後の一音。それは、トンネルから抜けだしたときに見た、青い澄み渡った空のような晴れやかな気持ちになる。


「……これ、オリジナル?」

「そう。書きたくなったから、こっそり書いてみた。まだ、直すところはあるけど、僕から光希と響への感謝の贈り物だよ」

「タイトルは『光さす希望を響き渡る』みたいな?」

「……なんだよそれ。普通に『光と希望の響き』でいいんじゃないの?」

「だっさ」


 頬を伝う涙をぬぐいながら、光希はぎこちなく笑う。受話器の向こうから苦笑いが聞こえたあと、ぶっきらぼうに「もう切る!」と怒った声が聞こえてくる。緋月は、何か予感めいたものを感じていたのかもしれない。

 通話の切れたスマホを見ながら、録音を止める。


「……こんばんは、もう1曲、編集ができたじゃないか。悩んでいるのは、お見通しか、緋月のくせに」


 おおきなため息をつきながら、パソコンへと向かった。今、聞いた曲と、緋月の画像の合成を考えながら、動画編集をし、朝日を拝むことになろうとは、光希は思ってもみなかっただろう。

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