二人にコントはできないでしょ?
光希は、今日の練習光景をSNSに上げるために編集をしていた。ライブで流していたが、スマホの電池が切れてしまったから、途中から緋月のスマホに変えたためだ。緋月のスマホは、こだわりがないから、ライブをするには、画質が悪いので、編集をして乗せることにした。元々ライブで流していた部分も編集には入れる。
「……こうしてみると、緋月、すごくいい表情をしているな」
機械音痴の緋月は、編集は光希に丸投げである。自身が一人で路上ライブをするときだけ、勝手にしているのにだ。
「声をかけたとき、死んだ魚のような目だったけど、生き生きしている。回復してきているって思っていいんだよな? それに、響もだ。あれから1度も会ってないけど、結構な時間が経つ」
編集が終わったので、SNSへとアップロードする。ちゃんとできたことを確認するために、一度、その動画を見ていた。突発的にこの曲を弾きたいと言い始めたわりにうまく弾けている。ただ、緋月のピアノを思うと、自分の音には深みもなく楽譜をなぞっているだけの音に聞こえてくると光希は感じた。自身の音に絶対的な自信を持っていたはずなのに、どこか、薄っぺらい気がするのだ。それは、日を追うごとに感じる。緋月が復調すればするほど、音楽家として、先を考えてもいいものかと光希は悩みを抱えていくことになった。
スマホで確認をしていると、着信があった。名前を確認すると、響だ。受話を押すと、とても元気な声で「ハロー!」なんて言うから、気が抜けていく。
「元気そうだな? よくなったか?」
「ふふっ、よくなったよ。今は、まだ、外に出れないけど」
「まだ、ダメなのか?」
「そうだね。びっくりしたよね? あの日、急に倒れて……」
響が道で倒れた日のことを思い出す。急なことだった。緋月は取り乱し、大変だったことを伝えると、沈んだ声で「……そっか」と呟いている。しばしの沈黙が続き、響が電話口の向こうで何を考えているのか気になる。無音のはずの電話の向こうで、病院で聞くような音楽が流れていることに気が付いた。
「響」
「ん? どうかした?」
「……まだ、病院なのか?」
「えっ? どうして?」
「なんとなく」
「……光希くんには、なんでもわかっちゃう感じだね。緋月くんには、言わないでくれる?」
緋月の名前が出たとき、まだ、電話をしていない気がした。なぜ、光希へ先に電話をしてきたのか……考えていると、緋月の近況を聞きたかったからだろう。SNSに緋月が動画を流している日は増えていっている。忙しいはずなのに、日に1回、どこかのストリートピアノにわざわざ出かけて行っているのは、共同アカウントの更新を見ていればわかる。
「返事はしかねる。俺に電話をしてきたんだから、緋月にもしてやれよ? ものすごく心配していたんだから。この前、病院に行ったときも、面会謝絶だったしさ」
「うん、そうだね。私は、毎日、緋月くんを見ているのに、二人には会えていないな……」
「そういえば、もう少ししたら、学園祭があるんだ。招待状贈るから、見においで」
「そんなのあるんだ……うちは、コンテストが近いから、そういうのがないんだよね。いいな……絶対行く! 這ってでも行くから!」
響の声が、さっきの声と少し変わった気がした。元気そうな声は、実はカラ元気で、今は声に力が出た感じがする。そう考えると、知らせておきたい話ができた。
「響、あとで、緋月には電話する?」
「……しないかな。したら、会いたくなるから。どうして?」
「わかった。じゃあ、響がとびっきり元気になる話をするから、よく聞け!」
「何々? そんなこと言われると、気になりすぎる」
興味を引いたようで、わくわくしていると声が弾み始める。光希が話す内容は、緋月のことだということをわかっているのだ。ここ最近、緋月がひたすら同じ曲を弾いている動画が流れていることが多い。服装やストリートピアノの場所が違わなければ、同じものを流し続けているのではないかと思えるくらい同じなのだ。それを心配していたのかもしれない。表情は少し硬いものが多いのも、理由の一つだろう。
「学園祭でさ、2つ見てほしい催し物があるんだ」
「なんだろう? 早く教えて!」
「ひとつ目は、緋月と俺が一緒にステージに立つことになった」
「それって……どういうこと? 二人にコントはできないでしょ?」
「なんで、コントなんだよ……。俺らができることっていったら、ピアノとチェロの演奏ってことだよ」
「それは、とても素敵ね! いつも動画で見ているのをステージで見れるってことね?」
「そうだ」というと、とても喜んでいるようだった。そして、その場に立てない悔しさも感じ取ることができた。
「緋月くん、ステージに戻る決心がついたんだね?」
「そうみたいだな。いろいろと緋月も抱えたままだろうけど、前に進むって決めたみたいだし。そうそう、今晩アップする動画、保存必須だからな!」
「何それ! 光希くんの名言飛び出た感じ?」
「……いや、緋月のほうだ。あと、もうひとつ、オーケストラの指揮ピアノを緋月がすることになった。今、練習している曲が、それだから、心配はいらない。緋月は緋月なりに前に進む決心をしたみたいだから、響」
「うんうん」
「……早く、俺たちの元へ帰ってこい」
沈黙が流れる。鼻をすする音が聞こえるが、聞こえないふりをして、「わかった」と小さい声をスマホが拾った。
「わかった。必ず、二人の元へ帰るから! 待っててね!」
「おう」と返事をしたところで、話が終わった。動画の更新を待っていると言葉を残し、響は電話を切ってしまう。そのあと、やはり、緋月には電話をしないだろう。それなら、動画の最後に響の言葉を入れようとこっそり録音した音声を最後の最後に編集で入れた。
SNSの更新が終わった夜中、緋月から電話がかかってきたのはいうまでもない。




