カブレラの音楽隊Ⅱ
「初めまして……」
「わぁ、本物じゃん!」
「SNSでよぉーく見る人だ!!!」
緋月は、カブレラに呼ばれ、練習場へと足を運んだ。すると、すでに数人が集まっており、雑談しているところだった。緋月をみるなり、駆け寄ってきたのは、ちびっこい女の子と、背高のっぽの男の子のコンビ。おそろいのTシャツを着て緋月を観察している。
「……えっと、あの」と言葉に詰まっていると、カブレラがクスクス笑っているのが見えた。
「こら、サーヤ。緋月くんにまとわりつかない。グレンもサーヤを自由にしない」
「……カブレラ、それは無理がある」
「はぁ? いつもはやっているじゃないか?」
「俺も今、すごく興奮しているんだ!あの、あの緋月だ!」
目の前で盛り上がるのっぽのグレンと元から嬉しそうに飛び跳ねているちびっこいサーヤは、カブレラにその興奮を口々に伝えている。緋月はその熱量に、戸惑うしかなかった。
「……悪いね、緋月くん」
「いえ、大丈夫ですけど……」
「あぁ、サーヤとグレンだ。こんなだけど、音楽は……保障する」
カブレラに紹介された二人は、それぞれ緋月を値踏みするように見ている。光希のおかげで、SNSへの投稿により有名になったので、色眼鏡で見られることもあるが、知名度としては、少しずつ上がってきているのだから仕方がないと諦めてはいた。
「緋月くんってさ、結構無茶な弾き方することあるよね? 昔は、おりこうさんな感じのメトロノームカチカチみたいな弾き方だったのに」
「おい、サーヤ。それは失礼だろう?」
「サーヤさんの言う通りだから、否定はできないかな?」
緋月は苦笑いしながら、サーヤとグレンに笑いかけた。緋月自身、昔のような弾き方をやめたというのはわかっている。コンテストへ出るのであれば、それなりの基準は必要だが、ストリートピアノは魅せる場だと考えている。エンタメとしてとらえるなら、その場その場で出会った人の好みに合わせて弾くことも楽しみの一つなのだ。
「コンテストには、もう出ないの?」
「こらっ、そういうことも、デリケートなんだから!」
「ここは、そういう場所でしょ? みんな、プロを目指している人が、夢を掴むために集まっている。大学の卒業だけなら、このオケに入ったりしないもん!」
サーヤの挑戦的な目に緋月は衝撃を受けた。カブレラに声をかけられてから、このオケのことを耳にしていたが、毎年、何人もプロのオケに入団するくらいのレベルだった。それに比べ、自身はどうなんだろう? と考えらせられる。
「……今は、プロは考えられない。でも、コンテストへ出ることは、将来的に考えているし、少しずつやりたいことも探しているところだよ。SNSに動画をあげることもカブレラに誘われこのオケに入ったことも、今までの自分では踏み出せなかった挑戦だと思っている。邪魔だと思ったら、オケから追い出してくれて構わない。ただ、僕も中途半端な気持ちでこのオケに挑戦しようとは思っていない。僕の持てる全力を注ぐつもりだ」
「それなら、問題はないよ。遊びでオケに参加しようっていうわけじゃないなら、私も応援するから!」
サーヤは、「実は、緋月くんのファンなんだ!」とはにかみながら、一緒に頑張ろう背中をバンバンと叩いてくる。「痛い……」と呟いてみたが、「頑張ろうね!」とさらに強く背中を叩かれ緋月は咽こんだ。
「歓迎されたってことだよ。よかったじゃん?」
カブレラはやや苦笑いだが、サーヤなりの歓迎だったことを教えてくれた。緊張していた緋月は、いつの間にか緊張が取れていたことに気が付き、思わず笑顔になる。
「さぁ、楽しい音楽を始めよう!」
「その胡散臭い笑顔さえなければ、地獄のレッスンでも頑張れるんだけどなぁ……」
サーヤの一言は、みんなが思っていることらしく、楽器を用意し終わった団員達の笑いをさらっていった。




