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Summer Snow  作者: 悠月 星花


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16/30

星に願いを 届けたい想い

「ここのピアノが一番近いかな?」


 電車に飛び乗ったあと、光希に地図を見せてもらい、ストリートピアノがある場所まで辿りついた。ちょうど、演奏者がおり、弾き終わるまで待たないといけないが、その間に、光希はチェロの準備をしている。その間に、配信の準備を緋月は、急いでしていく。慣れていないので、戸惑っていると、演奏が終わったようだ。ピアノが鳴りやみ、拍手が聞こえてくる。

 緋月と光希は、演奏をするために、奏者が立ち去ったピアノへと近づく。演奏が終わったことで、少しずつ聞いていた聴衆たちも立ち去っていく。


「俺の方の準備は整ったぞ。緋月はどう?」

「僕も大丈夫。カメラもオッケーだ」

「ふぅーん、準備できるようになったんだ?」


 ニヤニヤと笑う光希にカメラを向けると、ニッと満面の笑みに表情を変える。


「ハロー! 世界の皆さん。緋月と光希の、ピアノとチェロと演奏会へようこそ! 響、見てる? 今から二人で、君のために演奏するから、聞いてほしい。早く戻っておいで。三人で合わせたいよ。ほら、緋月も!」

「はっ? えっ? ちょ、ちょ、ちょっと待って!」


 油断していた緋月は、カメラを向けられるとは思っておらず、自身の映像がスマホに映し出されて、たじろいでしまった。今更恥ずかしいという気持ちはないが、メッセージをと光希に言われ、困ったのだ。


「……その、ひ、響。えっと、倒れたこと、本当に驚いた。一日でも早く復活するように、響の元気な演奏が聴けるように、弾くから聞いていてくれ。光希」

「ん。曲名は何にする?」

「『星に願いを』にする」


「オッケー」と調弦の終わった光希は頷き、いつでも大丈夫だと頷いた。僕も椅子に座り、瞼を落とす。すぅーっと息を腹まで吸い込んだあと、息を吐いた。すべて追い出したあと、もう一度、息を深く吸う。体に酸素がいきわたったのを感じた瞬間、鍵盤に置かれていた指で、鍵盤をなでるようにして始まる。原曲とは違い、少しアレンジをした。それに気をよくしたのか、光希も心得たというように、音を乗せていく。

 先ほどの演奏を聴き終わり立ち去ろうとしていた人たちが、また、音に誘われるよに戻ってくる。それは、曲に集中していたとしても、視線や熱量でわかる。少しずつではあるが、人が、また集まり始めたのを感じた。


 ……響、届いているか? 急に倒れて、驚いた。三人で音合わせをするんだっただろう? そのときは、響の好きな曲にするからさ、早く帰ってこい。星にでも月にでも、神にでも願うよ。

 また、響の笑う顔がみたいんだ。早く、元気な顔を見せてほしい。


 一音一音に響への想いを込め、丁寧に弾いていく。今までないほど、慎重に。弾き終わるころには、緋月がこんなにも響のことを想っていたことに気が付いた。


「……響、早く僕のところに戻っておいで。二人で新しい曲を奏でよう」


 カメラに向かって、自然と言葉にしていた。緋月は、響への想いがあふれてしまったのだ。そのまま、もう一曲を弾くことにする。予定外の緋月に光希は戸惑っているが、曲を聴いた瞬間に演奏に入ってくる。『ピアノソナタ第24番』を弾くと聴衆ではなかった人々も、足を止め始めた。

 音楽の街で知らない人はいないのだろう。ベートーベンの曲だ。チェロの光希が主張せずに、ピアノを引き立たせるように音をとってくれている。


 今の気持ちを弾かずにはいられなかった。


 緋月は、胸に収まりきらない想いを音にしていったのであった。それを聞いた聴衆はどう思ったのだろう。弾き終わるころには、今までの観客の倍以上の人が、忙しい中、足を止めて、緋月たちの音楽へ耳を傾けてくれる。中には、ハンカチで目頭を拭う女性、何かを思い出したように走り出したサラリーマン、二人寄り添って聞いていた老夫婦など、それぞれの胸に何かが届いたような、そんな空気がこの場にはあった。感じたことのないような温かさや甘さ、寂しさ。いろんな感情がこのピアノを囲んで一つの空気を作り出していた。


 そのとき、スマホが鳴る。何かメッセージが届いたようだ。


『心配かけてごめんね。私は大丈夫です。届いたよ、緋月くんの想い。ありがとう……、私も早く緋月くんに会いたいです』


 そのメッセージを見て、ほっとした。肩の力が抜けたような気がする。


「光希、響からメッセージだ。心配かけてごめんって! 大丈夫だって! よかった……よかった」


 心から安心した。そのメッセージが届いたことに、安堵した。


「本当か? 響! 落ち着いたら、また、三人で演奏会をしよう。今日は、ゆっくり休んで。緋月も何か言う?」


 カメラに向かって、光希が響へ話しかける。緋月も何かメッセージを言おうとしたが、言葉にならなかった。メッセージの後半は、光希には伝えていない。緋月と響のメッセージ欄にだけ、ひっそりと送られた文字を緋月は誰にも知られずに隠しておきたかった。

 カメラを向けられたが、緋月は首を横に振り、一音だけ鳴らしたのであった。

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