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Summer Snow  作者: 悠月 星花


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14/30

茫然と

 緋月は、SNSでの動画拡散のおかげで、道を歩いていても、声をかけられるようになった。この街自体が、音楽と深く繋がっているため、ピアノを通してたくさんの人に知ってもらうことになった。中には「下手くそ」とアンチコメントをくれる優しい視聴者もいるが、気にしていない。

 本当に下手なのだから、そのコメントに反論することもできない。


 ピアノを再度弾き始めてから3カ月。やっと、緋月自身でも、納得のいく音がたまに出せるようになってきた。昔のように、純粋に音を奏でることは難しいと感じてはいたが、それはそれでいいとさえ思っていた。


「そこのお兄さん! 私はその音がとても好きだわ!」


 ストリートピアノを地下の一角で弾いていたとき、女の子が急に声をかけてきた。聞き覚えのある日本語に思わずニヤッと笑ってしまった。

 知らないふりをして、ピアノを弾き続ける緋月。自身の音に耳を傾けると、音が変わったことに驚いてしまうが、何食わぬ顔で弾き切る。録画を停止して、振り向くとベッと舌を出した響が、手を合わせて「ごめん」と誤ってきた。


「僕がピアノを弾いているとき、配信してるって言ってなかったっけ?」

「……聞いていた気がします。ごめんなさい」


 しょぼんと肩を落とす響を見て思わず笑ってしまった。クスクスと笑っていたが、抑えきれなくなりケラケラと大笑いしてしまう。

 緋月は椅子から立ち上がり、響の元へ向かうと、困惑している響に「次は、合奏しよう」と誘ってみる。


「えっ?」

「いいだろ? 初めてでもないんだし。最近、光希が忙しくて、一人で弾いていることが多いんだ」

「そうなの? 私は、緋月くんだけの音を聞いていたいけど」

「そういうわけにもいかなくてさ」

「どういうこと?」


 首を傾げる響に事情を話すことにした。SNSのおかげで潤っている懐事情。お茶でも飲んで話すことにして、近くのコーヒーショップへ向かうことにした。長い髪をポニーテールにしている響。視線の端の方で揺れているのは、楽しそうに響が話しているからだ。久しぶりに会う響は、とてもよく笑っていた。ただ、よく見ると、少し痩せたような青白いような気がする。

 女の子である響にどう言葉をかけたらいいのか分からずにいたら、コーヒーショップに着いた。


「お腹すいちゃった。ケーキも頼んでいい?」

「もちろん。お金はあるから、好きなものを頼みなよ」


 オーダーを伝えている響をじっと見つめていた。久しぶりに会うので、そう感じたのかもしれない、心配のし過ぎかもと、緋月は口には出さないことにした。薄化粧をしていたので、隠したいのだろうとも考えたからだ。


「緋月くんのピアノの音、どんどん良くなっていくね?」

「そう?」

「うん。風邪をひいていて、しばらく外に出られなかったんだけど、その間、ずっと配信とか録画動画を見ていたんだ」

「風邪? 大丈夫なの?」

「うん、もう大丈夫。少し拗らせちゃったから、安静にしていただけだから」


 明るく笑う響。緋月も思わず微笑む。ケーキをおいしそうに口に運んでもぐもぐとしている響が口元に生クリームをつけている。可愛い妹のような気持ちで、クリームを指で掬う。驚いたような表情のあと、赤面した響を見て、緋月も恥ずかしくなってしまった。


 ……しまった。僕は何をしているんだ。えっと……、このクリームは、どうしたらいいんだろう?


 掬ってきたクリームを眺めながら、困ってしまう。


「……緋月くん、あの」

「いや、ごめん。えっと……」


 近くにあったお手拭きでクリームを拭き、言葉を濁すことになった。そのあとは、何を話したらいいのか分からず、二人とも下を向いたまま、もじもじとする羽目になった。


 どうしよう?


 気まずいまま、緋月はコーヒーを飲み、響きはケーキを突きすぎてケーキが穴だらけになっている。


「なぁ、二人して何しているわけ?」


 ふいにかけられた言葉に二人がハッとして声の方を二人ともが見た。「おいおい」とあきれた光希が驚きと苦笑いをしている。


「……助かった」

「はっ? 助かったって何?」

「いや、その……」


 二人をまじまじと見た光希は、なんとなく気まずい雰囲気だったのだろうと予想したらしい。はぁ……と大きくため息をついて、目の前の机の上にある穴だらけのケーキと飲みかけのコーヒーを指さして、「響は早く食べて、緋月は飲んで」とせかしてくる。

 光希は背中にしょっているチェロケースをコンコンと叩き、演奏をしに行こうと誘っているのだ。

 いそいそと響はケーキとコーヒーを緋月はコーヒーを平らげ、光希のあとをついていくように店を出た。どこのストリートピアノに向かうか相談しながら歩いていると、コンコンと空咳をする響。


「大丈夫か?」

「うん、たいしたことないから」


 微笑んだあと、少し先を元気よく歩いていく響の後ろ姿にホッとしながら、緋月は光希と後を追う。10歩も歩いただろうか? 急に響が崩れるように倒れていく。それは、スローモーションのように見え、気が付いたときには、響は地面に倒れこんでいた。


「響!!!」

「お、おい!」


 緋月と光希が駆け寄ると、意識もなくぐったりしている。


「緋月、救急車!」


 光希に言われ、慌ててスマホをポケットから取り出した。震える手で番号がうまく押せず、焦ってしまう。緋月たちに気が付いた通行人たちが近寄ってきて、緋月の代わりに救急車を呼んでくれる。緋月たちは、何もできず、倒れた響を見つめることしかできなかった。

 救急車がサイレントと共に来たとき、緋月は目の前で起こったことに茫然としすぎて、光希が呼んでいることにも気が付かなかった。


「しっかりしろっ!」


 強く揺さぶられて初めて、焦点の合わなかった視線が光希とあったことで、正気に戻れた気がした。

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