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Summer Snow  作者: 悠月 星花


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12/30

オーケストラの勉強

 復学が叶った新学期。緋月は、カフェで受講する講義を選んでいた。本来なら、すでに提出済みのはずだが、緋月の復学に異を唱えたあの老人のせいで、遅れても構わないと言われている。それでも、講義は始まっているので、急いで決めるにこしたことはない。


「歴史は……取っておいた方がいいよな。僕、知識が浅いし……。で、こっちを取ると、こっちに行けないから……、あぁ、個人レッスンが、水曜だと、このコマしか空いてないのか。なんか、遅いから、全てにおいて、不利だな」


 時間割を見ながら、ため息をついていると、「ここ、いいですか?」と日本語で話しかけられるので、そちらを見ずに「いいですよ」とだけ答えた。誰が座っていようが、緋月には関係ない。今は一刻も早く、時間割を決めてしまわないといけないからだ。


「南条くんなら、この講義を取っておくといいでしょう。ピアノ専攻とはいえ、オーケストラの勉強は、なかなか、おもしろいですよ? 実際、ピアノ参戦! なんてこともあり得ますからね。プロになれば、オケの前で弾くこともあるし」


 指示された講義を見た。全く興味もなく、今回の選択から外していた講義を取った方がいいという人物は誰なのか、気になり顔を上げた。

 そこには、きちんとスーツを着こなしている男性、学長が優しく微笑んでいた。


「……学長?」

「はい、そうです」


 流暢に日本語を話す学長ではあるが、もちろん、日本人ではない。金髪碧眼の男性に驚いていると、「日本に留学していましたから」と笑いかけてくる。


「この前のリサイタルは、とてもよかったです」

「いえ、そんなことは……。それより、先程の話」

「オーケストラの勉強ですか? 南条くんは、今、ストリートピアノで活躍しているとか。ネットで調べれば、わかりますよ」

「えぇ、まぁ……。その、ダメですか?」

「ノンノン。この街は音楽の街ですから、自由に音楽を奏でることを禁止していません。もちろん、SNS発信も私はとてもいい発想だったと思いますよ! 世界中で、南条くんを見ている人がたくさんいますから」


 自慢げな学長。緋月の活動を知っていてくれたことにも驚いた。音楽大学といえ、世界中から集まってきている生徒は、たくさんいる。ピアノ専攻だけでなく、光希のようなチェロ専攻、響のようなヴァイオリン専攻、クリステルのような声楽。

 専攻する楽器の数だけ枝分かれした学部に、たくさん生徒がいるのだから、1年もサボっていた緋月を見つけてくれた学長のすごさは、普通ではない。ましてや、学外での活動まで知っているなんて、もう驚きを通り越している。


「チェロ専攻の藤谷くんと、よく演奏しているのが流れているね。ときおり、ヴァイオリンの女の子がいたり、飛び入りの奏者がいたりと、とても楽しそうだ」

「はい。ピアノがこんなにも楽しいものだと、彼らのおかげで気づかされました」

「そうかい。南条くんは、ずっとソロで活動していたのかい?」

「ときおり、伴奏は頼まれましたけど、基本的にはソロで。コンクールにも出なくなって久しいですし、ピアノもつい最近まで、弾けませんでした」


「そういうときもあるよね」と、物憂げにつぶやく学長。その目には、緋月への哀れみというより、自身への憂いが色濃く見えたきがする。


「学長は、どんな道を?」

「君ほど、山あり谷ありな道のりではなかった。ただ、平坦で面白みのない道だったよ。音楽を奏でる人生としてね。ただ、音楽を愛するということは、他のどんな人にも負けたと思ったことはない。努力を続け、音楽と自分自身と向き合ってきたんだよ。南条くんは、やっと、自身が歩く道の入り口を見つけた……そういう感じかな?」

「……まだ、わかりません。ピアノを弾くことが、僕にとって、ただの苦痛な時間でした。過去には幸せな時期もありましたが、それは、一瞬で崩れ去った。

 今は、回り道をした分、いろんな音楽を取り入れて、自分だけの道を見つけたいと少しずつ世界を広げているところです」


 学長は、緋月の拙い話を聞いて、頷いている。自身の経験からも同じような時期があったのかもしれない。緋月は、この1ヶ月の出来事のうち、考えを誰かに話したことはなかった。不思議と学長に話せたことに驚いている。


「南条くんは、まだまだ若い。人生もこれからだろう。音楽はね、いろんなとらえ方があるんだよ。聞く人の人生に添った解釈がある。同じ音楽を聞いていたとしても、同じ感想を言っていたとしても、人生経験は、誰一人同じ人はいないんだ。人の数だけ、音楽に対する物語があるんだよ。それをこれから、学んでいくといい」

「人と関わることが、あまり得意ではありません」

「それなら、音楽はもってこいだね。音で語ればいいんだ。言葉もひとつの音楽みたいなものだけど、君にはピアノを弾くという言葉もあるよ」


 緋月に見えるように空中でピアノを弾くジャスチャーをする学長は、とても嬉しそうだった。それを見ていた緋月もいつの間にか口元は緩んでいる。


「ピアノで語る、オーケストラは、指揮者がいて合わせるけど、音やコンバスの動きなんかで語ることもある。いい勉強になると思うよ」


 緋月の持っていたペンを「借りるね」と言って持っていき、『オーケストラ』の講義に〇をつける。緋月は、学長のしていることを見守っていた。

「それじゃあ」と去っていく学長を見送り、もう一度、講義の時間割を見た。追加された〇はそのままに、教務へ持っていき、緋月は明日からの復学に備えた。

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