海辺にうごめく影
家から海沿いの町ラメールまではそれなりの距離がある。
クロウ一人でならもう少し早く辿り着くのだが、町に着くまで野宿でも大丈夫と言い張るキアラに過保護な両親が大反対した。
共に行くクロウも、
「宿があるルートで行けるのに旅慣れないキアラに野宿は厳しいだろう」
と、変なところで気遣いを発揮し、満場一致で宿旅ルートが確定した。
二人で過ごす初めての遠出は何もかもが新鮮で、毎日がとても楽しく過ぎていく。
宿も、途中に立ち寄る町も、それになによりクロウと四六時中一緒にいられることが嬉しくて仕方ない。
宿の部屋はたいてい別だったのは少し残念だけど、意外に心配性らしいクロウはいつも近くにいてくれた。
「兄さんがずっとそばにいてくれて嬉しいな」
と言えば、
「キアラになにかあったら、僕が母さんに殺されるからな」
なんて返されたけど。
そして今日はついに目的地であるラメールから近い海岸までやってきた。
目の前にはエメラルドグリーンの水面が広がり、キアラは海風に揺れる髪を片手で押さえる。
余裕のある日程でここまでやってきたおかげで、体力的にも問題はない。
「うわぁ、すごい……。海って綺麗だね。兄さん、私のペースに合わせてくれて、ありがとう」
振り向いて見るクロウの顔はいつもと変わらずだけど、こんなに綺麗な景色を共有できていることが嬉しくてたまらなかった。
陽射しにきらめく海と同じくらい目を輝かせながら、キアラは砂浜に駆け下りる。
いつも歩く森の道とは全く違う、柔らかな砂の感触。
足を取られながらも細かな砂粒を楽しみ、磯の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
しかしここに来たのは観光が目的ではない。
ピシスと呼ばれる魔物を駆逐することが、今からやるべきことである。
「もしかして……、あれがピシス?」
浜に着いて辺りを見渡せば、太陽の光に反射する不自然な塊が遠目にうぞうぞ動いているのが見える。
初めての討伐で怖気づくキアラにクロウは無言で頷いた。
躊躇しない兄は迷いない足で近付いていくから、キアラもそれにならって後ろを歩く。
異様にギラつく大きな厚みのある鱗、ギョロリと飛び出した目玉。
やや離れた場所に奇声を発する魚のような魔物がうじゃうじゃと蠢いている。
大きさはまちまちで、小さなものから両手で抱えるほどの大きな個体も混じっていた。
クロウは二十匹まで声に出して確認していたが、途中で数えるのが面倒になったらしい。どうせ全滅させるからと数の確認をやめにした。
甲高い鳴き声と共に、ぬめぬめした液体をぶち撒けながら動くグロテスクなピシスたち。
こんなに近くで魔物という存在を目にすることなど初めてになる。
思わず涙目で震え上がるキアラは今すぐ逃げたくなる衝動をぐっと堪えて、邪魔にならないようクロウの後方で援護することにした。
当のクロウからは、
「魔物が近くに飛んできたら、風で切り刻んでキアラに近寄らないようにしてくれればいい。まずは自分に集中してくれ」
つまり足手まといになるな、と言われている。
とりあえず迷惑をかけないよう自分の身は自分で守ろうと決意し、深呼吸をして気を引き締める。
そんなキアラの前方でクロウは剣帯に差してある二本のうち一本の柄に手を掛けた。
彼はいつも二本を帯刀しているが、二刀流というわけではない。
ちらりと振り返ったクロウは後ろで緊張しているキアラを一瞥し、ピシスたちとの距離を測る。
一匹なら大した強さではないけれど、初めて魔物と対峙するキアラには十分過ぎるほど危険なものらしい。
剣を構えた兄は小さな溜め息をひとつ吐いて、うごめく群れに走り寄った。




