【番外編】勇者な兄とお付き合いしました⑤
それからしばらくして、アルコールから醒めたクロウがようやく目を覚ました。
空はいつのまにか夕暮れに差しかかっていて、肌に当たる空気も涼しくなっている。
キアラは街の女の子たちと話に花を咲かせていたところで、ケイはもう広場へと戻っていた。
「おはよう、大丈夫?」
「ん……、大丈夫」
手渡した水を飲むクロウはまだぼんやりしているけど、特に顔色も悪くない。
口々に声を掛ける女の子たちにもあくび混じりに「おはよう」と返している。
様子をうかがうキアラが覗き込むと、クロウはおもむろに抱き込んできた。
「ひゃあ! な、なに!?」
予想外の抱擁にわたわたと慌てて赤くなっているキアラを、周りの子たちがきゃあきゃあと嬉しそうにはやし立てる。
彼女たちとも、この夏の間にすっかり仲良くなった。今となってはほぼ毎日顔を合わせている気の置ける友人だ。
クロウと付き合えたことも、まるで自分の事のように喜んでくれている。
色々と聞かれて少し恥ずかしくもあったけど、純粋に祝ってくれることが素直に嬉しかった。
「がんばって!」
「また聞かせてね!」
など口々にキアラに激励を送り、気を利かせた彼女たちは、「またね」と行ってしまった。
この場にいるのはクロウとキアラ二人だけ。さっきまで賑やかだった周りは途端に静かになる。
「クロウ……。あの、離して……。恥ずかしいよ」
誰もいないとはいえ、ここは屋外。
またケイが現れる気もしてキアラはきょろきょろと辺りを見渡す。
しかしクロウは一向に離す気がないらしく、さっきより腕から抜け出せないようになっている。
「嫌だ」
「お、起きてるでしょ? えっと、せっかくだし広場に行く?」
「寝てる」
「嘘ばっかり!」
抑揚のない声はどこまでが本気で冗談なのかわかりにくい。
しかし甘えるように擦り寄ってくる姿はやっぱり大きな犬のようで、重症なキアラとしてはときめきで悶え転げそうになる。
上がりそうな悲鳴を押さえるキアラは、大人しくクロウに身を預ける事にした。
「はぁ……。もう心臓がもたないかも……」
「それは困る」
思わず口から出た呟きを聞いたクロウがぱっと腕を離す。
しかし、頬に手を添えて真っ直ぐに見つめられたおかげで距離は近いままだ。
真剣な視線についキアラの喉がこくりと鳴って、目線を合わせたままクロウの言葉を待つ。
「恥ずかしがってるキアラも可愛いけど、沢山触りたいから、早く慣れてくれると嬉しい」
「だ、だからっ! そういうとこなんだってば!」
なにか特別な言葉を告げられるような雰囲気だったのに。
期待への肩透かしを食らい、悔しさと恥ずかしさで顔が熱い。
当のクロウはしれっとしているけれど、絶対に面白がっている。
なにかやり返したいと考えているうちに、ふとクロウが広場の方角を見た。
「この祭り、いつまで続くんだ?」
「えっと、花火で終わりだって言ってたよ」
「そこまでするのか……」
空はすっかり茜色に染まっていて陽が沈みかけている。
花火が上がるまでもうしばらくありそうだが、広場に行ってもきっと二人の関係を根掘り葉掘り聞かれるに違いない。
うんざり呟くクロウが部屋に戻ろうと提案した。
開始の挨拶時に町長が花火は浜から上がると言っていたし、それならば宿の部屋から見えるはずだ。
もちろん反対する理由はない。
テーブルの上を片付けてから、見晴らしのいいキアラの部屋へ向かうことにした。
そういえばクロウが部屋に来るのは、突然キスされたあの日以来になる。
思い出したキアラはなんとなく緊張したけれど、クロウは特に気にするそぶりもなく平然と窓に歩み寄った。
(マイペースなんだから……)
少し悔しくもあるけれど、いつまでも気にされるよりいい。
気を取り直したキアラがあとをついていくと、クロウは大きな窓のレースカーテンを開けた。
太陽はもう地平線から少し顔を覗かせているだけで、水面は紫色に染まっている。
日中の綺麗なエメラルドグリーンも、夕暮れに見せる不思議な色合いもどちらも大好きな景色だ。見ているだけで心がやわらかくなる気がする。
うっとり目を細めるキアラと同様、しばらくクロウもじっと海を眺めていた。
陽の沈む速度は驚くほど速い。もっと眺めていたかったのに、みるみるうちに海は暗い闇に包まれていく。
「そろそろじゃないか? 多分、特等席だな」
「うん! 早く見たいね。すっごく楽しみ!」
窓の広い部屋でよかった。大げさなほど喜ぶキアラはクロウを見上げ、ぱちくりと瞳を瞬かせた。




