【番外編】勇者な兄とお付き合いしました①
ケイに明日帰ると告げた翌日。
いつもより早起きしたキアラがクロウとともに町長宅へ挨拶に行くと、
「今年の魔物は一段と凶暴だったのだろう? そんな壮絶な戦いの末に帰還した英雄を何もせずに帰すわけにはいかない。せめて町の皆でもてなしたい」
と訴えられ、結局もう一日だけ滞在することになった。
特にそういうわけでもないのだが、もちろん真実を口にするのは憚られ、クロウは渋々その案に頷いていた。
「クロウ、この町の人にすごく愛されてるんだね」
「なんだかんだ理由をつけて、騒ぎたいだけだと思うけど……」
海沿いという立地もあり、ラメールは裕福な町だ。
この町に住む人々は心にも余裕がある。
急遽開かれた祭りに人々はそれぞれ、少しずつ持ち寄った食材や酒の用意を楽しそうに準備していた。
何か手伝いたいと申し出てみたが、昨夜命懸けで帰ってきたばかりのクロウとキアラに雑用をさせる訳にはいかないと拒否されてしまった。
現在二人は宿の共用バルコニーから町の様子を眺めている。
今日も天気が良く、少し日差しが強い。
最近愛用している薄手の白いフード付きマントが手放せない。
町を見下ろすクロウの横顔はいつもと変わらず、手摺りに頬杖をつく横顔をキアラはそっと盗み見て、昨日からの事を思い出す。
好きだと、名前で呼んでと言われたことが、まだ夢のようだ。
こうやって隣にいるだけで鳴り止まない胸の鼓動が聞こえてしまうんじゃないか、やけにソワソワしてしまう。
ずっと、いつから恋をしているのか本当にわからない。
気づいた時にはもう止められないほど好きになっていた。
(兄さんがまさか私を選んでくれたなんて……)
ぼんやりクロウに目を奪われていると、一見冷たそうに見える涼しげな瞳がキアラを捉えて、距離が近付いてくる。
「へ?」
間抜けな声が出ただけで瞬きも出来ない。
何が起きているのか把握するより前にクロウはくちびるをゆっくりと重ね、すぐに解放した。
「どうかした?」
突然のキスに対処ができない。
赤くなるキアラの顎に手を添えて上を向かせたクロウは、やたらと甘い眼差しでじっと見つめてくる。
静かに見つめるクロウとは対照的に、キアラの頭は軽く混乱を起こしてしまった。
強制的に視線を合わされているおかげで動悸は忙しなく、あわあわと目が回るようだ。
「あ……あの、その……」
「ん?」
「そういうとこなんだってば!」
ひとまず後ろに飛びのいて心臓を押さえる。
キアラが呼吸を整えて振り返ると、まるで尻尾と耳が垂れた大型犬のようなクロウが佇んでいる様子が目に入った。
「はうっ! 可愛い!」
ときめきで直視できないながらも罪悪感に駆られてしまった。
よろりと立ち上がったキアラは背伸びをして、自分より背の高いクロウの頭をよしよしと撫でる。
「可愛いのはキアラだ」
油断していたところを口説き文句と共にむぎゅっと抱きしめられて、またキアラの鼓動が最高潮に跳ね上がった。
この分だとそのうち心臓が壊れてしまうんじゃないか。キアラは少し不安になる。
「あっ、あのっ、クロウ?」
「逃げられると傷付く」
少し前のクロウに言ってやりたいセリフだが、更にぎゅうっと強く抱きしめられ、圧迫された胸から吐息が溢れる。
ときめきでくらくらと感じる目眩でしがみつくけれど、見下ろすクロウの瞳はおそろしいほど甘く抗えない。
「クロウ……」
頬に手が添えられ、近付いてくる端正な顔は簡単にキアラの感情をかき回す。
胸の高鳴りは全くおさまらなくて、誘われるようにキアラは長いまつげを伏せた。
「おーい、ここ共用スペースなんですけど。下からも丸見えってこと知ってた?」
そんな二人の後方から、バルコニーの出入り口で必死で笑いを堪えているケイが声を掛けた。
ハッと我に帰ったキアラがバルコニー下を恐る恐る覗くと、見守っていた幾人かの町人たちがニヤニヤと笑っている。
明るく手を振る彼らからは好意的なものしか感じられないが、キアラは声にならない叫びを上げて羞恥に身を震わせてしまった。




