強い意志を持て
「クロウも……。むしろクロウは十分にリラックスして心を平穏にしておいて。このあと何があっても動じないくらいに」
「え……、それはどういう意味なんだ? まさか危険な魔法なのか?」
言いかたがまずかったようだ。
期待と不安が入り混じったような様子でキアラを見守っていたクロウは、早くも動じている。
「そんなことないよ! 封印は危なくないから! ただそう、周りが緊張するとあまり良くないから、多分。こう、どんと構えてほしいというか」
「そうだ、私たちにつられてレオが集中出来ないかもしれない。いいか、このあと……。いや、たとえ何があっても狼狽えないような、強い意志を持て」
焦りを隠すサアレもやたらと落ち着くように、息子を宥めた。
頼むから平然としてくれ。まさか息子の剣技を恐れる日が来るとは思わなかった。
本来なら誇らしい力が今は脅威である。
両親から真剣な視線を受けて表情が引きしまるクロウは、今二人がどんな気持ちでいるのかなど想像もしないであろう。
「繊細な魔法なんだな……。わかった」
「そうそう、繊細! そんな感じ!」
やたらと早口で、レオ自身よくわからない言い訳をしてしまった。
それでも両親に信頼を寄せるクロウは素直に頷く。その様子を見て、レオとサアレはこっそり安堵の息を吐いた。
せっかく落ち着けた心がまた波立ち、レオはもう一度呼吸を整えて自分の中の魔力に集中する。
一度魔力を丹田に溜めて、そこから胸、肩と順番に通して両手に移せば光が視覚化して集まってくる。
閉じられたキアラの両目に手をかざし、脳内で組み立てた魔法式を唱える。
時間を要する魔法ではない。そもそもレオにとって術式の簡略もたやすいことだった。
すぐに小さな魔法陣が可視化され、キアラの眉間の少し上に吸い込まれていった。
しばらくすると光が収まり、キアラの頭がふらりと揺れる。
すかさずクロウが支えたものの、顔色が悪いのは仕方ないだろう。
頭を押さえるキアラの両頬に手を添えたレオが左右の瞳を確認すると、うっすらした魔法陣が刻印されていた。
「うん、成功してる。大丈夫? 目は見える? ぼやけたりしてない?」
「ん……、見える……。大丈夫みたい」
手を離すとキアラは正していた姿勢を緩め、椅子の背板に体重を預ける。
立ったまま息を押し殺して見守っていたクロウとサアレも大きくため息をついて、「よかった……」と椅子に腰掛けた。
「少し安静にね。キアラは今まで使うこともなかったから特に不自由はないだろうけど、それでも身を守る術が一つ減ったということは覚えておくんだよ。また必要になったらすぐに解くから」
「うん、ありがとう父さん」
緊張していたらしいキアラはホッと息を吐く。
キアラの場合、魔眼を意図的に使った事がないので封印を確かめる事は困難だが、感覚が遮断されたような違和感はあるはずだ。
「私の目、みんなと同じになったんだね」
それでもキアラの声は嬉しそうで、まだ心配そうな顔で見ているクロウとサアレに微笑んでみせる。その笑顔に二人は張り詰めていた息をゆるませて、同時に頷いた。
自信があったとはいえ、レオもまた無事成功したことに安堵の息を吐く。
喜ぶ家族の光景を微笑ましく眺めていると、不意にクロウと目が合った。
「父さんはやっぱりすごいな。僕は一生敵いそうにない」
純粋に尊敬の念を示す息子は、このあと予定している話を聞いてどんな反応をするのだろう。
想像したレオはクロウの曇りなき眼を直視できず、視線を彷徨わせる。
「あー……いや、剣はクロウが上だよ」
「そんなわけない。謙遜だ」
更に澄んだ眼差しを向ける息子はレオにとって基本的にいい子なのだ。
耐え切れなくなったレオは腹を括り、サアレの横に掛けて大きく息をついた。
「ちょっとハードな話だから今まで話さなかったんだけど、クロウにとって大事なことだから聞いてほしい」
いつも堂々としているレオの強く握る拳がわずかに震える。これほどの緊張感はいつぶりだろうか。いや、初めてかもしれない。
ただならぬ雰囲気を感じ取ったクロウとキアラは緊張して襟を正す。
サアレもただ黙ってじっと深刻な顔でクロウを見ているので、更に緊張が増していく。
「父さん、そんなにつらい話なのか?」
「うん……。出来たら、その、仏のような心で……」
「よくわからないけど、心して聞くよ」
真剣な表情で見つめる子供たちの目を見ることが出来ず、レオは過去の拉致事件を話し始めた。




