最悪な誕生日
わっと両手で顔を覆って伏せたレオの発言に、思わず立ち上がったサアレの顔が青褪める。
「な、なんてことを……! まさかあの子が聖剣も魔法も使えないのは……!」
「だってサアレあのままじゃ死んでたよ!? 産まれてきたら解くつもりだったし!」
「忘れてたじゃないか!」
「仕方ないよ! まさか頭のおかしな集団に拉致られるなんて予想もしなかったよ! 不可抗力だよ!」
それはそうだろう。
二人で顔を見合わせ、しばらく沈黙が続いた。
へなへなと力なく椅子に座り直したサアレも、がくりと項垂れる。
「確かに……。だが、クロウにはレオから告げてくれ」
そうするのは当然のことだが、それでもレオは青褪めたまま震え上がる。
「ひぇ……。あの子怒るとサアレそっくりで、めっちゃ怖いんだよね……」
「それこそ怒られても仕方ないだろう!」
あれは忘れもしないクロウの十五の誕生日。
クロウは小さな頃から剣が好きだった。
それこそ赤子の時には木で作った角のない剣を振り回して、頬を紅潮させて喜んでいるような子だった。
次第にレオの聖剣に憧れ、物事ついた頃から毎日サアレのスパルタ指導を受けて鍛錬に励んだ結果。
少し早いけどそろそろ良いかもしれないと、十五歳になった当日に聖剣を継承した。
それなのに、クロウは鞘から引き抜く事が出来なかった。
継承時に合言葉のような呪文と、クロウの血を獣の紋章に数滴垂らすだけのごく簡単な儀式だ。
手順を間違えるはずもなく、あの時はレオ自身もえらく動揺していた。
昔からあまり表情の変わらないクロウが、あの日ばかりは形振り構わず自分に混じる魔族の血のせいだと叫び、サアレは酷くショックを受けた。
慰めるキアラにも魔族なんか嫌いだと食ってかかるので嗜めたところ更に逆上し、その日は最悪の誕生日として二人の記憶に残っている。
だが翌日にはいつものクロウに戻っていた。
剣が使えないのは自分が未熟だからと、一段と鍛錬に励むようになった息子の成長に胸が熱くなったものだ。
しかし半年程で少し仲良くなったキアラとは、その日からまた距離を置くようになってしまった。
クロウが長年キアラを避けていた理由はあの誕生日が深くかかわっている。
「考えれば考えるほど、罪が重すぎて言い出せない……」
「レオ……、心配するな。本気で危なくなったら私も応戦しよう」
サアレとて息子の荒れ狂う姿を思い浮かべると背中がゾッとする。
どう対処しようかと二人で頭を悩ませても一向に良い案は浮かんでこない。
「拉致られた時より怖い……」
いくら悩んでも時間の無駄だとレオの肩を叩き、ファイト! と作り笑顔のサアレが応援する。
渋々とクロウの元へ向かうレオの足取りは鉛のように重い。
それはサアレも同様で、すぐそこの庭が千里の道のように感じられた。
そっと家の扉を開けて庭を眺めると、テーブルについたまま楽しそうに話すキアラと、相槌を打つクロウが見える。
たまにクロウが微笑むと(これには両親とも度肝を抜かれた)少し恥ずかしそうにキアラが俯き、初々しい雰囲気この上ない。
明るい日差しと木々の彩りも相まって爽やか且つ穏やかな二人とは対極的に、レオとサアレの表情はどんよりとした曇り空のように憂鬱だった。
真実を知った息子がどんな風に荒れるのか気が気ではない。
クロウのためには一刻も早く封印を解いてやりたい。
やりたい……が、最悪な記憶として残る十五歳の誕生日を思い出しては、声をかけるタイミングをレオはなかなか掴めないでいた。
しばらく悶々と眺めているとキアラが気付いて手を振り、クロウも両親に視線を移す。
「父さん母さん、話は終わったの?」
「ああ、うん……ええと……」
背の低い雑草をなるべく踏まないように、子鹿のような軽い足取りでキアラが駆け寄る。
わくわくと期待の眼差しで見上げてくる娘の瞳をじっと見つめて、レオはもう一度術式のパターンをいくつか想定した。
「ああ、そうだね。先に封印しよう」
「嬉しい! ありがとう!」
あとになると封印どころではなくなるかもしれない。
渦巻く不安を一度置いて、レオは気持ちを切り替えた。
椅子に座らせたキアラの正面に立ち、微かな風に揺れる森の木々に耳を傾けながら、自らの呼吸に集中する。
「キアラも呼吸を深くリラックスして。感覚器官に干渉する魔法だから少し気持ち悪くなるかもしれないけど、しばらくすれば治るはずだよ」
素直なキアラは頷いて、言われた通りゆっくりと息を吸い込んだ。




