宿までの道
「えーと、ごめん……。今年のはやたらと手こずって……。その、色々あって……。結構時間がかかって……。魔法石はほんと役立ったし、いや、あの、本当にごめん……」
さすがに、寝ていたと軽く言い出せる雰囲気ではない。クロウともどもキアラも視線をあちこちに彷徨わせる。
「そうだったのか……。お前が手こずるなんて相当の奴だったんだな」
町長や街の人々もそうだっだが、これほどまでに信頼を寄せられているクロウに感心すら覚える。これには当のクロウも予想外のようだった。
無事に帰ってきてよかったと心の底から喜んでいるケイを見て、キアラもまた心の底から反省した。
「あ、あの。私が足手まといになっちゃって……、本当にごめんなさい。ちょっと、良くなるまで休ませてもらったりしたの」
休んでいたのは本当のことだ。
しかし仲良く寝ていましたとはとてもじゃないけど言えないゆえに、まっすぐケイを見られなかった。
言葉が詰まる様子を見たケイは、今度はキアラに心配そうな目を向ける。
「キアラちゃん、もしかして怪我した? 大丈夫?」
「うん、もう大丈夫! 本当に、心配かけてごめんなさい……」
慌てて訂正すると、クロウから離れたケイがキアラを抱きしめる。
「無事でよかった! 最近元気なかったし、帰ってくれて本当によかったよ」
抱擁はびっくりしたけども、ケイの純粋な優しさが十分に伝わってくる。
罪悪感もあってキアラが大人しくしていると、クロウが猫の子をつまみあげるようにケイの襟元を引っ張って剥がす。
そしてそのまま当然のようにキアラの肩を抱いて寄せた。
「離れろ。近いんだよ、お前は」
「は?」
昨日までのクロウならここまであからさまに独占欲を滲ませなかっただろう。
威嚇するようなクロウを見て、しばらくぽかんとしていたケイだったが、
「あー、へー、そー、なるほどね」
と一人で納得して、ニヤニヤしながら二人を交互に眺めて頷いた。
「何かあったんだな。もしかして、いちゃいちゃしてたから遅くなりました、とか?」
ケイの口調はあきらかに面白がっていて、背中にぎくりと変な汗が伝った。
勘の良い友人には全て見透かされているようで、再び二人して視線を彷徨わせてしまう。
「いや……。ああ、介抱してた」
こちらもある意味嘘ではない。嘘ではないが、やはり素直には言いにくい。
「なんだ心配して損した! ほんとお前は自由だよな。でもまあ、良かったな」
大きく息を吐いたケイは気が抜けたようにしゃがみ込んだ。呆れた顔をした彼はどこか嬉しそうでもある。
「よかったねキアラちゃん! 俺もみんなも、キアラちゃんのこと応援してたからさ」
「ありがとう……って、みんな?」
「みんな健気なキアラちゃんが気になってさあ。今日はどうだったとか、クロウの態度にやきもきするとか、正直ここんとこ一番の話題になってる」
「余計なお世話だ」
爽やかにウインクするケイにクロウが心底嫌そうに答えるが、キアラは沢山の人にクロウへの好意がバレていた事実に衝撃を受けた。
しかも自分が今までどんな目で見られていたのか考えると、恥ずかしさで身悶えてしまう。
「とりあえずお疲れさん! 魔物退治の礼は言っとくよ。二人ともありがとな。しばらくゆっくりしてくんだろ?」
「いや、明日帰る」
立ち上がってクロウの肩をポンと叩いたケイの手が、驚いたように止まった。
クロウは毎年夏の間はこちらで過ごすので、純粋に不思議なのだろう。
「なんで? いつもゆっくり滞在してくのに?」
「ちょっと気になることがあって……。また来るよ」
「ふーん……。そっか、また来いよ。もちろんキアラちゃんも」
ケイは少し残念そうな顔をしたが、また来年とあっさり受け入れて、キアラの背中に軽くポンと触れた。明るいケイの笑顔に、キアラも釣られて笑みを返す。
「うん、ありがとう。また来るね」
「クロウに飽きたら、いつでも嫁に来ていいから」
「帰れ」
ケイの言葉を予想していたのか、クロウが容赦のない口調で遮る。
それでも笑ってクロウの肩を叩く彼はやはり良い友人のようだ。
出立前に声かけろよ、と立ち去るケイの背中が見えなくなるまで、なんとなく二人で見送った。
「ケイさんて良い人だね」
ここはきっとクロウにとって特別な土地。
レオから初めて任された場所というのも大きいだろうけど、ラメールには彼を大切にしてくれる人がたくさんいる。
そう思うと嬉しくなって当のクロウを見上げると、なぜか半目で見返された。
「言っておくけど、キアラが飽きても離すつもりないから」
「あ、飽きるわけないよ! だからそういうとこなんだってば!」
突然、しかも自覚なく急に殺し文句を発するクロウ。ときめきでよろめくキアラを、よろめかせた本人が抱き止める。
「なら良かった。今日は一緒に寝よ」
「な、なんで!?」
「よく眠れそうだから」
「そうかな!?」
キアラとしてはどう考えても眠れそうにない。
しかし、あわてふためくキアラとは反比例してクロウは静かだ。
だけどおなかを押さえた彼はぼつりと呟く。
「腹減った……。とりあえずなにか食べよう」
力なく項垂れるクロウに、ふふっと笑い、今度はキアラがクロウの手を引く。
大きくて頼りになる大好きな手。
「宿のごはん、おいしいから楽しみだね」
触れられる喜びをかみしめながら、月明りに照らされる道をキアラは再び歩き出した。




