名前で呼んで
「にいさ……」
「クロウ」
「へ?」
「兄じゃない」
ぽかんと止まったキアラをクロウはただじっと眺めてくる。
どこかで聞いたような……、と記憶をたどればつい最近「妹じゃない」と訴えた自分を思い出し、キアラは小さく肩を震わせ笑いだした。
「兄さんがそれを言うなんて! 私みたい!」
あまりにも気持ちが高揚して声を上げて笑ってしまった。
嬉しくてこぼれる涙はまだまだ止みそうにない。
すると何を思ったのか屈みこんだクロウの吐息が触れて、軽いキスが重なった。
「兄妹はこんなことしない」
「……はい」
流れるような不意打ちのキス。クロウは真っ赤に顔を染めるキアラを上から覗き込んだ。
そのままくちびるを指でなぞられ、キアラの口から音にならない悲鳴が発せられる。
「ほら、名前で呼んで」
「くっ……クロウ……」
「うん、よくできました」
目を緩ませたクロウがもう一度優しくキスを送ると、「はわわわ」と変な声を出したキアラはくたりと意識を失ってしまった。
ゆっくりとまぶたを開き目を覚ましたキアラは、まず目の前に大好きな人の寝顔があることに慌てふためいた。
一人で横たわっていたはずなのに、いつの間にか間近でクロウが眠っている。
しかも抱き寄せられているせいで腕の重みがこれは現実なんだと思い知らせてくれた。
(えっと、そう、兄さんがピンチで、助けるはずが失敗しちゃって、魔物に攫われて、それから……)
毒の影響か寝起きのためか、キアラはしばらくおぼろげだった記憶を辿る。クロウに告白された詳細を鮮明に思い出し、急に恥ずかしさが込み上げてきた。
まだ信じられないけれど、クロウも好きだと言ってくれた。
意識が落ちる寸前に触れたくちびるがやけに優しかったことも覚えている。
片想いでいいとずっと思い込むようにしてきたけど、本当は初めからこんなふうに、妹じゃなくて女の子として受け止めてほしかった。
がっちりと逃がさないように抱き締めるクロウの引き締まった腕が、とんでもなく愛しい。
うずうずときめく胸は抑えきれなく、キアラは目の前の胸板に頬を擦りつけて感触を堪能する。
しばらくクロウの鼓動に耳を澄ましていたキアラだったが、室内の状況に違和感を覚えて首を傾げた。
小屋の中を見渡すと、明るかった室内にはオレンジ色の光が差している。
町を出たのは午前だったはずなのに、カーテンの隙間から覗く空はすっかり夕方に差し掛かっていた。
「に……クロウ、大変! 帰らなきゃ」
キアラが腕の中から「起きて」と揺すると、「おはよう」と口づけられる。
「ひえっ!」
「なにその反応」
「だってぇ……」
心臓が飛び出しそうになるキアラを眺める顔はいつもの無表情なクロウだ。
どうやらこれが彼の通常運転らしい。昨日までの距離が嘘のようだ。
(これは慣れるまで大変かもしれない……)
キアラは早鐘を打つ心臓の辺りをぎゅっと押さえてから、窓の外を指差す。
「もう夕方だよ。早く帰らなきゃ、みんなきっと心配してるよ」
朝早く出発したクロウがまだ帰らないとなると、町ではちょっとした騒ぎになっているのではないか。
しかしクロウに慌てる気配はない。
「大丈夫。寝てたって言えばいい」
「ええー……」
そんな馬鹿なと思う反面、クロウならみんな納得するかもしれないという変な説得力もある。それでいいのか悩んでいると、二人そろって仲良く腹の虫が鳴く音がした。
「……そういや、昼食べてないな」
「……お腹空いたね」
ふたりっきりの雰囲気など台なしで、顔を合わせてどちらかともなく噴き出す。
珍しくクロウが笑っていることが嬉しくてつい跳ねてしまいそうだ。
たったそれだけでキアラの胸はキュンと満たされるのだから、本当にこの恋はどうしようもない。
「クロウ、大好きだよ」
肩に頭を乗せて甘えると優しく髪を撫でられて、そっとまぶたにキスをされた。




