近い距離
(兄さんはどんな女の子が好きなのかな。どうしたら相手にしてもらえるんだろう……)
もしかすると、どこかの町に恋人がいるのかもしれない。
クロウが家を離れている間なにをしているのか、キアラには全く分からないのだ。
考えたくないことが頭に浮かび、思わず鼻がつんと痛む。
ひとりで落ち込んでいると、目の前に手が差し伸べられた。
一瞬理解が出来ないキアラは、ぱちくりと若葉色の大きな目を瞬く。
自分とは違う大きな手に、剣を扱う硬く長い指。
いつも触れてみたいと思うその手がキアラに向かって差し出されている。
「ずっとそこにいるのか? 僕は帰るけど」
「あ、ううん! 私も帰る!」
こんなことめったにないことだった。
珍しさに戸惑いつつも手を重ねると、引っ張り上げられた勢いでクロウに抱きつく形になってしまった。
小柄なキアラは簡単に、抱きとめたクロウの腕に閉じ込められる。ばくばくと跳ねる心臓がやけにうるさかった。
「……危ない」
こんなに密着しているのにクロウの声も態度も相変わらず動じない。
近い距離で聞こえる声がくすぐったく、顔が熱くなっていくのを自覚する。
顔から火が出るなんて誰が言い出したのだろう。まさにその通りで、あまりにも熱くて全身に汗が浮かびそうだった。
「ご、ごめん! わざとじゃないの! あの、それより、兄さん、珍しく、優しい……」
言い訳のような声は途切れ途切れとなり、少し裏返ってしまった。
ドキドキ高鳴る胸はこのまま破裂してしまいそうだ。
「悪かったな、優しくなくて。他の男に手を貸された時は気をつけろよ」
「に、兄さん以外の男の人の手なんか、とらないよ……」
ごにょごにょと再びさり気なく好意を伝えても、クロウは動揺も照れもしない。
「そう。まぁ僕には関係ないか」
興味なさげに呟いたクロウは体を離し、一人で歩き出してしまった。
そんな兄とは対照的にキアラはもう一度その場にへたり込む。
ひやりとした土が短いスカートから覗く足に触れて、火照った体を冷やしていくようだ。
「声……。耳が……。反則だよぉ……」
抱き止められた体勢で囁かれたせいで、顔も体も熱くてたまらない。
クロウは普段冷たいくせに、たまに気まぐれで優しさを見せる。
そんなところは嬉しくもあるが、そのたびに振り回される身としてはとてもタチが悪い。
不可抗力とはいえ抱き止められた感触に体が震えてしまい、キアラは両腕で自分を抱きしめた。
「兄さん……。さっき、抱きしめたよね? 気のせい? 願望? うん、そうだよね……」
あの血の繋がらない兄がまさかキアラを抱きしめるなんて、あり得ないのだ。
クロウは優しく頼もしい父も、賢く強い母の事も尊敬している。けれど母以外の魔族には、あまり好意的ではない。
それはキアラの瞳にも原因があった。
人の心を魅了する魔の瞳。
望んで得たわけではない。この能力は生まれつきのものだ。
しかし正義感の強い兄は心に干渉する魔法や術に強い拒否感を持っている。出会った当初はキアラの力を心の底から毛嫌いしていた。
この力を使うのは自分の身を守る時だけ。それ以外で使うつもりはないと訴え、現に一度も使用したことはない。
そもそも人の心を操るなんてそんな恐ろしいことをしたいとも思わなかった。
共に過ごしているうちに警戒心は薄れたようだが、クロウは極力キアラの目を見ようとはしない。
悲しいけれどきっと信頼されてないんだろう。キアラはもう諦めている。
だからそんなキアラがクロウから好意を寄せられるなんてあり得ないことだった。




