全部大好き
クロウがなにを考えているのかわからない。
それは今日に限ったことではないけど、こうやって腕に抱かれ、甘やかされている状況が理解できなかった。
まだぼんやりするキアラはちらりとクロウを盗み見る。
相変わらず表情はないけれど、怒っているようにも呆れているようにも見えない。
助けに来たはずが魔物に捕えられ、結果的に足を引っ張ってしまった。
何年も対峙しているクロウが危険だと言って置いていったのだから、おとなしく待機しているのが正解だったのに。
自己嫌悪で落ち込みながらも、同時に嬉しくて仕方がない。
相反する感情が交互に押し寄せるのは、キアラを抱く腕があまりにも優しいからだ。
クロウが助けに来てくれるまであんなに怖かったのに、衣服越しに伝わる体温は泣きたくなるほど安心させてくれる。
「ごめんなさい……。いつも、迷惑かけて……」
「迷惑じゃないから」
つい謝罪ばかりが口をついて、その度にクロウは短く否定する。
さらに、
「無事でよかった」
と言われ、また涙が浮かんでしまった。
そんなやり取りを数回繰り返しているうちに、泉に行く前に立ち寄った小屋へ到着した。
雨宿りにも使用されるという小屋には簡単な着替えも置いてあって、キアラは丈の長いシャツを身につけることにした。
簡素なベッドに横たわると、クロウが薄手のブランケットをかけてくれる。
木々に囲まれているおかげか、小屋の中は町よりいくぶん涼しい。
そういえば森の中にある家も、近くの町より涼しかったな、なんてことをぼんやり思い出した。
ラメールに来てからほんの一月ほどなのに、ずいぶん懐かしく感じる。
ベッドのそばには簡易的な木の椅子があって、引き寄せたクロウはそこに腰掛けた。
「危険はないから、ゆっくり休むといい」
「うん……。ありがとう」
クロウは何も言わず、ただキアラの様子を眺めている。
眠ろうにも視線が気になり、何度も兄を見ては視線を彷徨わせた。
「眠れないのか?」
「えっと……、うん……」
(だって兄さんがめっちゃ見てくるから!)
そう言おうとしたけど、「じゃあ外にいる」と言われるのも嫌で理由は敢えて口にしなかった。
だからといってこの沈黙をどうしたらよいのかわからない。
ブランケットの上に置いた指を動かせば、その手をふいに握られた。
剣を握るクロウの指はキアラより固くて長い。
とっさに兄の顔を見ればやっぱり彼は涼しい顔をしている。
「な、な、なに!?」
「昔、こうやって握ってやったなと……。イヤなら離すけど」
「イヤなわけないよ!」
「そうか……」
確認したクロウの表情がホッとゆるんだのは気のせいだろうか。
おずおずと握り返せば、しっかりと指が絡んで思わず肩が跳ねてしまった。
こんなこと、らしくない。
困るキアラがクロウを見れば、いつも涼しい錆色の瞳はなにかを訴えるように熱い。
思えばクロウがまっすぐ視線を逸らさないなんて、そこからしてあり得ないことだ。
もしかすると自分はすでに眠っていて、これは夢なんじゃないか……。そんな疑惑が浮かんでくる。
「好きだ」
「え……?」
なにかとてつもない幻聴が聞こえた気がする。
信じられないキアラは、言葉を発したクロウをただ眺めることしかできなかった。
空耳としか思えない。
今、なんて言ったの? と聞き返すことすらできず、ただ静かな沈黙だけが部屋を支配した。
しかしクロウもまたじっとキアラを見つめている。
「キアラが好きだ。勝手なことはわかってるけど……、許してほしい」
唐突な告白はさらにキアラを困惑させる。
「え、ちょっと待って。え、夢? 夢だよね」
「僕の認識が正しければ現実だ」
「嘘……」
「嘘じゃない。冗談でこんなこと言わない」
クロウの目はいつになく真剣で、痛いほどの熱情が伝わってくる。
だけど信じられなかった。
先日のキスだって、瞳の魔力に当てられたとしか思えないのだから。
「本当に……? 兄さんが、私を……? 私の目を見たから?」
「それはないと思うけど……。キアラがいないと落ち着かない。好きになってもらえるよう努力するから、せめて近くにいさせてほしい」
どこか照れくさそうなクロウは視線を逸らしてしまった。
それでも繋いだ手は離れなくて、じわじわと胸のあたりが幸福感で溢れそうになる。
猫のような若葉色の瞳からぼたぼた大粒の涙が溢れ、気付いたクロウはギョッと肩をこわばらせた。
「え、何? 泣くほどイヤなのか……? やっぱり僕には愛想が尽きた……?」
ショックで顔が青褪め、クロウは珍しく情けない顔でおろおろと慌てだす。
そんなはずないのに。
病的なほどの恋心は、それこそイヤになるくらいクロウしか見えない。
「違うの。嬉しくって……。だって、ずっと好きだったの。全部全部、大好きなの」
寝転んだまま子どもみたいに泣きじゃくるキアラの頬をクロウの大きな手が包み込む。
こぼれる雫は手のひらで拭ってくれても、あとからあとから流れ出る。
どうやら涙を止めることを諦めたらしい彼は遠慮がちにキアラを抱き締めた。
「よかった……」
耳元で聞こえた声は、安堵を伝えてくる。
こんな声音もめったに聞かないもので、止まらない涙のままキアラは蕩けそうに微笑んだ。




