つれない義兄
「やっぱりここにいた」
家の裏にある森が、小さな頃からクロウのお気に入りだった。
特に用がない日はほぼ森で過ごす兄を見つけるのは簡単なことだ。
大きな木にもたれかかる彼は長い手足を無造作に投げ出し、瞼を閉じている。
いつも冷静な兄の無防備な姿はキアラの頬を緩ませる。
木漏れ日に彩られて、どちらかといえば暗色の彼が柔らかな色合いに見えるこの景色がとても好き。
腰まである長い桜色の髪がゆるやかな風にふわりと揺れて、キアラは心地のよさに目を細めた。
そろそろ、春から夏へと匂いが変わってきた。
だけど森の中はまだ少しひやりとしている。
こちらで過ごす夏も、もう六回目。
でもこの季節はあまり好きではない。なぜならクロウが家を空けてしまうから。
キアラの養父レオは勇者と呼ばれていて、養母サアレは勇者の片腕として活躍した剣士。
二人とも今でも依頼があればそこに駆けつけ、魔物から人々を守っている。
息子であるクロウもそれは例外ではない。
彼は父のように、人々を守る強く正しい剣士となるよう鍛錬と実践を日々積んでいる。
キアラがこちらに住んで少し経った頃から、クロウは両親と共に魔物の被害から近隣の町や村を守ることを生業としている。
そして十五を迎えた年から父に代わり、毎年夏は遠く離れた地に討伐に出るのが決まりとなってしまった。
今のところ確約している長期の不在は夏の間だけだが、クロウはいつかこの家を出ていくのだろう。
かけがえのない相手に出会い、自分の家庭を築くのは自然なことだ。
(その相手が私ならいいのに……)
ありえない未来にため息をこぼしたキアラは、眠るクロウへそっと近付いた。
起こさないよう慎重に、重なる柔らかな葉の上に腰を下ろす。
肩を寄せると薄手のシャツ越しにほんのりと体温を感じて、高鳴る胸が心地良いときめきで満たされていく。
このままずっとこうしていたい。
しかし、ささやかな願いは面倒そうな声音で遮られてしまった。
「離れてくれる?」
見上げると、近くにいるクロウが呆れた視線を向けている。
「起きてたんだ?」
「起こされたから」
もっと体温を堪能したかったのに……。
残念としょげるキアラを構わず、クロウはいつものように距離を置いてしまった。
「寝るなら肩貸してあげるよ。あ、膝枕してあげる!」
相手にされないのはいつものことだ。
キアラは懲りずに、伸ばした膝をポンポンと叩いて見せる。
しかし、これまたいつも通り冷ややかな目で一瞥されただけだった。
だけどこんな視線だって、もう慣れっこになっている。
感情表現が乏しい彼は出会った時からずっとそっけない。
一時期、少しだけ気を許してくれた期間もあったけど、そんなの本当にただの数か月だった。
「いい。遠慮しとく」
「ほんと冷たいよね、兄さんは! 私はこんなに大好きなのに」
これ見よがしにキアラが大きなため息をついても、気にせず腰を上げようとするクロウの涼しい顔が恨めしい。
キアラの「好き」はもう、挨拶のようなものになっている。
「いい加減、そういうのはやめてくれ。兄妹でベタベタするような歳じゃないだろ」
少し前に十七を迎えたキアラと二十のクロウ。
確かにそれはそうだけど、少しは優しくしてくれてもいいのに。
名残惜しいキアラの視線なんかクロウは気にも止めない。
木から離れて立ち上がった彼は軽く伸び上がる。悔しいけど、そんな何気ない仕草も好きなのだ。
なにもかもが大好きで、たまに自分は病気なんじゃないかと不安になることもしばしばだった。
なのにどれだけ好意を示してもクロウにはこれっぽっちも通用しない。




