クロウの部屋で
ラメールで過ごす事、はや一か月。
次の討伐対象である魔物が発生するまでの間はたまに近くに出る魔物を狩ったり、魔物除けである結界石の確認をしている。
それに加えてクロウは子どもたちや志望者に剣を、キアラは魔法の指南をしてそれぞれ別に過ごす事が多い。
最初は尻込みしていたものの、もともと人好きのするキアラは町の人々に溶け込んで毎日誰かしらと話をする時間が多かった。
クロウと二人で過ごすのは朝と夜の食事くらいだ。
家にいた時のほうが一緒に過ごせた時間は長かった気がする。
少し寂しさを感じつつも町の人はみんな親切でとても楽しいし、キアラは充実した日々を送っていた。
一つ気になるのは、家にいる時よりクロウの表情が柔らかく見える。
しかもキアラにではなく町の人に対して。
滅多に見せない笑顔を女性にも向けたりして、それがとにかく面白くない。
そうやってクロウを観察していると、いつも気にしないフリをしているモヤモヤにぶち当たる。
「本当、やだなあ……」
そう呟いたキアラは、つい両手で目を覆った。魅了するどころか、この目のおかげで嫌われるなんて、本当に馬鹿みたいだ。
ある日の夕暮れ時。
宿には共用のバルコニーがあり、自由に町の眺めを楽しむことができる。
最近こうやってひとりでぼんやり過ごす時間が増えた。
それでも兄の姿を探してしまうのは、もう習慣となってしまっている。
手すりに頬杖つくキアラは、すぐ近くの路地で顔見知りと話しているクロウをぼうっと眺めていた。
特に伝えたいこともなかったし、それほど長い時間見つめていたわけではない。
だけど視線に敏感な兄には気づかれてしまったらしい。
こちらを見上げたクロウは会話を切り上げ、突然走り出した。
しかも向かう先はキアラがいる宿のようである。
途中にすれ違う人々や障害物を器用に避けながら駆けるクロウは風のように速い。
そういえば重い剣を振るう速度も速かった、なんてことを思い出す。
それにしてもなにを急いでいるのだろう。
どうしたのか驚くキアラの元へ、彼はあっという間に駆けつけてしまった。
「キアラ」
たどり着いたクロウはバルコニーの柵にもたれかかる。
すぐ隣で呼吸を整える彼の額には汗が浮いていて、前髪をうっとおしそうにかきあげる。
ぎらつく太陽が沈みかけているとはいえ、この季節に全力疾走をしたのだから当然だろう。慌てるキアラは押し付けるようにして、手に持っていたタンブラーを渡す。
「どうしたの? びっくりしちゃうよ」
大丈夫? と覗き込んだ途端、強く腕を掴まれた。
直に伝わる熱い体温が妙に心拍数を引き上げる。
突然のことに身をこわばらせたキアラを気にせず、クロウは渡された水を一気にあおった。
「少し話そう」
そう一方的に告げ、あごに伝う雫を雑に拭う。
戸惑うキアラの腕を強引に引いて、クロウはそのまま宿の自室へと足を向けた。
初めに宿泊した町以来、それぞれずっと別の部屋で過ごしている。
緊迫しているようなクロウの雰囲気も気になるけれど、彼が過ごす部屋へ入ることがやたらと緊張感を促した。
家にいた時だって、クロウの部屋に入ったことなど数えるくらいしかないのだ。
「えっと、お邪魔します……」
そっと部屋に足を踏み入れたキアラを先にベッドに座らせて、クロウも隣に腰を下ろす。ここで毎日クロウが過ごしていると思うと、どうしても胸が最高潮に高鳴った。
出来ることなら今すぐこのベッドに寝転びたいけど、そんなことができる雰囲気とは思えない。
落ち着かないキアラは湧き出る欲望をぐっと抑えた。
「椅子がひとつしかないから、ごめん」
「あ、私の部屋からひとつ持ってこようか?」
「いや、いい」
そっか……とソワソワしているキアラにどう切り出すか、しばらく考えていたようなクロウだったが、悩んでも仕方ないとばかりに口を開く。
「あのさ、何度も聞いてるけど……。なにかあったのか?」
「んー、なにも……」
はぐらかそうとするキアラは隣にいるクロウから体を遠ざける。
しかし距離を置く前に引き止められてしまった。




