恋のはじまり
冷たい錆色の目が怖いと思った。
彼の視線はキアラの全てを拒絶していたから。
それが、今日から兄となる人だと紹介された少年の第一印象だった。
桜色の髪に、明るい若葉色をした猫のような瞳。
魔族の娘である幼いキアラは母と二人、小さな村でつつましく穏やかな日々を過ごしていた。
他に身寄りはなく、優しい母だけが唯一の肉親であった。
しかしキアラが十歳の冬、母が病に伏せってしまったのだ。
癒しの魔法でも治せない流行り病は瞬く間に村に拡がっていった。
寒さの厳しい年だったことも関係したのかもしれない。
キアラの母だけでなく、たくさんの人が帰らぬ人となってしまった。
村は閑散とし、頼れる者もいない。
小さな体で途方に暮れていたその時、サアレと名乗る赤い髪の女性がキアラの前に現れた。
鮮やかな赤い髪も魔族特有の色である。細身で背が高く、凛としたきれいな人だと思った。
年齢は母とあまり変わらない頃だろうか。
母と同じ濃い翡翠の目をした彼女はどうやら遠縁にあたるという。
少し前に、どうか娘を頼みたいという便りが届いたそうだ。
「これからは私たち家族とうちで暮らそう。不愛想だけど、年の近い息子もいるからな。なにも遠慮はしなくていい」
そう微笑むサアレに手を引かれた先で、キアラは養女として生きることになった。
住み慣れた村を離れることに不安はあったけれどサアレの手も表情もあたたかく、なにより寄せられる温かな好意のおかげで、すぐに打ち解けることができた。
サアレの夫であるレオは太陽のように明るく、快活な笑顔と優しい声にホッとしたことはよく覚えている。
そして三つ年上の義兄。
道中に話を聞きながら、仲良くなれたらいいなと期待に胸を膨らませていたキアラだが、そんな楽観的な望みは叶わなかった。
サアレによく似た整った顔立ちをしている彼はにこりともせず、訝しげな目をキアラに向けていたから。
「魔族と馴れ合うつもりないから」
呟いた不機嫌な声音はキアラの心を悲しく沈ませる。
全力で歓迎されるとは思っていなかったけど、想像していた以上の辛辣さだった。
その直後に「クロウ!」と、息子の名を叫んだサアレにより彼の頭には強烈なげんこつがお見舞いされたのだけど。
翌日からもクロウはちっとも優しくなくて、打ち解けようとする心づかいなど欠片もなかった。
話しかけてもそっけないし、一緒に遊んでもくれない。
それなのに、どうしても嫌いにはなれなかった。
笑ってくれたらいいのに。
単純にそう思い、剣の練習をするクロウについて回っては毎日兄を追いかけていた。
たまに優しくされるとどうしようもなく嬉しく、その日は眠るまでずっと頬をゆるめて過ごしたものだ。
そうやって気づけばもう六年の日々を過ごしている。
一緒に遊びたい。もっとたくさん話したい。
兄さんはなにが好きなんだろう。どうすれば私を見てくれるのかな。
そんな想いが恋だと気づくのに、そう時間はかからなかった。
なにがきっかけだったのかもわからない。
ただ触れたい、そばにいたい。
そんな気持ちは年々大きくなる一方である。
冷たい印象を与える錆色の瞳も、癖のつきやすい鳶色の髪も、それに少し気怠げな声も好き。
あとは感情表現が下手なところ。更にはふとした癖や仕草さえ……、こうやって挙げるとキリがないくらいだ。
いつからかだろう。とにかく彼を作り上げる全てが恋しくて仕方がなかった。
そうしてキアラはいつも、つれないクロウの姿を探している。
元気でめげないキアラと、クールで面倒なクロウのお話です。
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