log-閑話 各自のちょっとした休日の出来事
side:ハクロ
…私は、眠る必要はほとんどない。
それでも、時々眠るときには夢を見ることがある。
その夢はどのようなものなのか、正直言って覚えていないことのほうが多い。
けれども、大抵の場合は何か、悲しい気持ちがあって…
【…ん…ふわぁ…珍しく、爆睡しましたね】
ちゅんちゅんと朝の陽ざしと共に、鳥の鳴き声が聞こえる早朝。
目を覚まし、私は軽く身支度を整える。
村にある家とは違い、大勢の人間が集う寮の中で、この時間帯に起床する生徒もいるのか、耳をすませば少しづつ動きだす音が聞こえるだろう。
その中で、私が一番聞きたいのは…
「んにゅ…すぅ…」
【…ふふふ、私の愛しい番、ジャック。今日もまだ、眠ってますね】
本日は休日であり、早起きする必要はない。
そのため、ゆっくりと眠りにふける大事な人の寝息が聞こえてくる。
そっと覗いてみれば、気持ちよさそうに眠っているが…それでも、日頃の習慣もあってか、そろそろ目覚める気配もするだろう。
なので、それに備えて着替えを用意しつつ、他の様子も見ておく。
【すぴぃなの…なのぉぅ…】
花を閉じて寝息が聞こえてくるのはカトレア。
既に葉っぱ部分は窓の方に伸びて広がって朝日を感じているはずだが、肝心の彼女自身は寝ているようだ。
そしてもう一方では…
【…おお、貴殿も起きたか】
【私よりも、早起きだったようですね、ルミ】
【ははは、早起きと言うよりも一睡もできていないだけだがな。貴殿のように眠る必要がほとんどないモノだが、一応は睡眠をとるものとは異なり…我、アンデッド。元から、眠りとは無縁の存在ゆえか、この身になってから眠ったことが無いのだ】
大剣を手入れしながら、そう答えるルミ。
彼女のほうは、アンデッドのために寝るということ自体がそもそもないらしく、一晩中自身の武器や鎧の手入れをしていたようである。
かなり長い年月さ迷い歩き、つい先日やっと…よりにもよって愛しい番を主と見定めた彼女だが、その歳月で鎧が持っていたのは、こういう手入れを欠かさないことがあったのだろう。
鎧を脱ぎ、こちらも私と同じく何も来ていない状態だが…そろそろ、不味い。
【ルミ、そろそろ着なさい。ジャックが起きますからね】
【む?別に我はこのままの格好でも、かまわぬが】
【朝から主を驚かせたいのですか?私も、本当は何も着ずとも大丈夫ですが…人と生活する以上は、その決まりごとに一応合わせるべきです】
【そうなのか…ふむ、まぁ良いだろう】
正直言って、素肌のままでも彼の前であれば構わない自分がいる。
しかしながら、何となくこの状況は彼にとってあまりよくない影響を与える気がするので、少しばかり改善を試みるのである。
…決して、彼女のほうがサイズが大きいからという理由ではない。人型として一番近いから余計にヤバい絵面になっているということでもない。
そんなことはさておき、着替え終わったところでジャックが目を覚まし、彼の目覚めの手入れのお手伝いを行う。
さくっと素早く糸を動かし、彼の寝癖を解き、目覚めやすいように水を入れておいたタライを渡し、パシャパシャと洗顔してもらう。
朝の起床時、多少の眠気が残っていたとしても、これで結構すっきりするものだ。
「ふぅ…ありがとう、ハクロ」
【どういたしまして】
こういう小さなお礼でも、かなり嬉しく思えるのだから、不思議なものである。
長い間番を捜し求め、ようやく巡り合えた愛しい人。
触れ合えるだけでも幸せなこの今が、本当に心地いいのだ。
しいていうのであれば、二人きりになりたい気持ちもあるが…まぁ、彼が人たらし、いや、モンスターたらしなのが悪いだけだけなので、そこは目をつむるとしよう。
愛しい相手のちょっとした欠点にも目をつぶりつつ、なおかつ悪化しないように目を光らせるのも、番として大事な仕事である。
絶対に悪化させる気はないが。今度、別のモンスターが来たら可愛らしいペットのような方を期待したい。
ああ、ジャックならば立派な狼や、雄々しい馬も似合いそうですが…いっそ、空を飛べるような方として、ペガサスあたりもありかもしれな…あ、いや、やっぱり無しで。私、乗られなくなるのが嫌だ。
――――
side:カトレア
【んー、今日は中々の光合成日和なの~】
根っこを地面に潜り込ませ、葉っぱを広げて、日差しを全身で浴びるミー。
休みの日ということで、各自が好きに過ごすけれども、ミーはやっぱりこういうお日様のもとでのんびりと光合成をするのが、心地いいのだ。
【花壇の花々もおはようなの!】
学園の文学部、菜園部、マンドラゴラブレイクダンシング部などが協力し合って世話をしている花壇に紛れ、ミーは花々に声をかける。
人には聞こえないけれども、植物として通じるものはあり、それぞれと少し会話を行う。
こういう何気ない植物たちは、目も耳もないはずだけれども、思った以上に人を見ている不思議な物。
だからこそ、面白い話が聞けたりして楽しいのだ。
【ふむふむ…今日は雨が少し振って来そうなの。それは良い話なの】
【なるほど、明日には開花して、蜂が手伝いにやってくるのなの】
【え…マンドラゴラブレイクダンシング部に、期待の新人?踊る謎ヒマワリモンスターが紛れているのなの?それはそれで気になるのなの】
各々の話から聞こえてくるのは、便利な情報や人の噂話。
こういったものを聞いておくことで、ジャックとの話に出して、一緒に楽しむことができる。
ハクロやルミも話が好きなので、盛り上がるのは非常にうれしい。
【なるほどなのなの…あ、危険人物が先日、花の巨大モンスターウゴボッドを貴族学園の花壇に植えこんだなの?‥‥何やっているのなの、あれって確か…】
ミーの前、トレントの中にある情報を、引き出して確認する。
確か、そのモンスターは一応友好的なもので、人を喰らうタイプでなければ問題は無いのだが…
【…怒らせて、胃液まき散らして、やばくなったのなの。どうにかこうにか収めて帰ってもらったけど、代償に1万枚の反省文…既に慣れた様子で書いているって、罰になっているのなの?】
人間の生活ぶりを聞くのは面白くもあるが、理解に苦しむものもある。
いや、あの人物はエルフだが…トレントの中の知識では、ここまでの奇人はいなかったはず。
自由に動ける身になって、初めて目撃することができた貴重人物と言うべきなのか…んー、でもミーたちにとってはちょっと厄介な人なので、貴重さよりも避けることを優先したい。
そうこうしている間にも、時間は過ぎていく…
――――
side:ルミ
【はぁぁぁ!!】
ガァンッ!!
「ま、参った!!」
「おお、また彼女が勝利か」
「絶対に勝ちたいが、やっぱり強いよな…別個体のデュラハンが出てきたら、どう対応したらいいのやら」
「だが、強いものだからこそ、我々も限界まで力を高める楽しみができるではないか」
…ふむ、ここの騎士団の練度は中々のものでありつつ、向上心も高いようだ。
そう思いながらも、我はこの王城の練習場内にて、ぐるりと見渡し、次の相手が来るのを待つ。
休みの日だからと言って、鍛錬は怠らない。
たとえここにいる者たちが自分よりも弱いとしても、それはそれで様々な戦術を組み込んで対応してくるため、つねにこちらも学ばされるだろう。
【…良いな、ここの騎士団は。ぶつければぶつけるだけ、しっかりと返ってくるものがある】
デュラハンとして、蘇った身のためか、生前の記憶はない。
けれども時折、その時の感覚が一部呼び覚まされるのか、感じ取る時がある。
今だってそうだ。この国の騎士団の教え込めばその分しっかりと学び、反省し、そして次に備えて高めてくる感じが心地いい。
生前でも同じようなことがあったはずだが…あの時は、返ってこないほうが多かったというべきか。
話を聞く限り、どうやら我のかつていた場所は、悪魔に滅ぼされた国の騎士団らしい。
聖女の護衛をするような、素晴らしい騎士団であったが…悪魔を呼び出すような輩がいる時点で、アンデッド系に負けず劣らずの魂が腐ったやつもいたのだろう。
だからこそ、今、しっかりとしている者たちを見ると、あの時にこれだけのものがいたら、結果が変わっていたのかもしれないと思う部分がある。
【ふふふ、そうだな。次は死の宣告を受けてみる練習をするか?】
「いや、それは流石にヤバいでしょ!?」
「ガチで死人がでちゃうのはやめてぇぇぇ!!」
【冗談だ。我の死の宣告は、こんな時に使わぬ、効かぬ相手もいるからな】
デュラハンになって、扱えるようになった死の宣告。
対象へ死をもたらす恐ろしいものなのだが…これが、完全に効かないものがいることを知っている。
その例の一つが、主殿の番となっているらしい…あの蜘蛛女、ハクロ。
彼女とは数年ほど旅をした中でありつつも、ぶつかり合うこともあり…死の宣告を何度、飛ばしたことがあっただろうか。
しかし、並大抵の生物であれば死をもたらすはずのものなのに、彼女に対しては衝撃を与える程度で、効果が見られない。
霧によってじわりじわりと相手の生命力を奪う方法。
見えぬ剣技で切断し、気が付く頃には手遅れになる方法。
相手の心臓へ、呪いそのものを刻み込む方法。
これらの方法は全て、ハクロには効果が無い。
生命力が溢れすぎているし、切断しようにも見た目以上に頑丈であり、心臓に関してはモンスターなので魔石が代わりとなって意味をなさない。
いや、そもそも死そのものに対して耐性があるような…そんな、何度も死に直面したことがあるような人でさえも持つことがほぼ無いような物なのに、何故かあるように思えてしまう。
ああ見えて、想像以上に死にかける目に遭いまくっていたのか、それとも何らかの理由で生と死を栗化したことがったのか…その真偽は定かではない。
【まぁ、良かったのは主の敵にはならぬことか…】
同じ慕う相手がいる同士、ぶつかり合う機会も減る。
一緒に生活することで喧嘩することもあるだろうが、本気でのぶつかり合いとなれば、正直苦労する者はあるだろう。
だからこそ、避けられるのであれば問題は無いが…彼女自身が主に牙をむいた時に備えて、力を蓄えるのも間違っていないはずである。
【そんなこと、無いだろうが…いや、主殿の貞操の危機的なことならば、あり得るか】
その場合は、主を守るべきなのか。
それとも、身を任せてもらってそのまま男になってもらうべきか…何とも言えない。
まだまだ自身は甘いところがあるなと、思わず苦笑するのである…
――――
side:???
「…以上が、休日時に各自の行動に関して調査していたことですが…過ごした方が思った以上に普通なものになりました」
「ふむ…強大な力を持つとはいえ、振るい過ぎることもないか。暴れまくるわけでもなく、その少年を純粋にしたい、集っているとなると…下手に敵対した時が、一番恐ろしいか」
…グラビティ王国ではない、どこかの国。
そこで今、ある報告がなされていた。
「しかし…厄災種に加え、他2体も予備軍、もしくはなっている可能性を考えると、何を考えているのだとあの王国に問い詰めたい」
「国内に大きすぎる爆弾を、抱え込んでいるようなものだからな。よっぽど信頼しているのか、剛胆なのか、単なる阿呆なのか…判断に苦しむ」
「しかし、戦争を吹っ掛けるような真似も下手にしづらくなることを考えると、自国の防衛手段としては中々優秀と言うべきか」
彼らが受けていた報告は、グラビティ王国の近況に関して。
様々な話が出てくるのだが…どうもその中で、あるモンスターたちに関しての話題が上りやすいらしい。
「下手なちょっかいは避けるように通達されているようで、それでいてあの国は我が国よりもまともな貴族が多い…一部がちょっとアレなのが混ざっているが、それでも統制できているところは見習うべきか」
「優秀な当主がいる国と言うのは、羨ましいものだが…それでも、零れ落ちる者はいるだろう」
「だからこそ、我が国は手を汚すことなく…少しだけ、欲望を手助けすれば良いはずだ」
…不穏な会話になりつつ、彼らは当面の方針を固める。
己の手を汚さずに、いかにしてやり遂げるか議論も白熱するだろう。
「それにしても、そんなことはさておき…各々が見麗しい美女が多いとは、これはこれで羨ましいことだ」
「その分、創作意欲が捗るらしい。ほれ、つい先日発売された彼女たちをモデルにしたらしい小説が、また出たぞ」
「おお、ぜひとも取り寄せねばな。我々が事を起こすようなことがあっても、守るべきものは守るようにしっかりと伝えておこう」
「…なんか既に、我々の方にも影響が出ていないか?」
ぼそっと、その議会で一番の権力を持つものが放った発言。
それを聞き、一瞬びしっと自覚して硬直する者たち。
…それでも、それはそれでこれはこれである、と結論付けてうやむやにごまかすのであった。
「そういう貴方様は、読まないのでしょうか?」
「何を言うか。既に、保管用、使用用、布教用として揃えておる。幸い、馬鹿でもわかりやすいように作られているため、不穏な者共をまとめ上げるのにかなり都合が良いのだ」
「欲望は厄介だが、利用できればこれほど頼もしいものも無いか…」
こうして休日は過ごされ、各々は満足する
その一方で、何やら怪しい影も
不穏さは緩やかに加速して…
次回に続く!!
…一番怖いのは、自分でも気が付かないものに染まっていることだね